九節:向坂まり
鳴くせみの声。
取り囲む人々が大声をあげる。
電話を掛ける人、吐く人、泣き崩れる人。
高くそびえる万能板の前には二人の少女。
一人はただを一点を見つめたまま立ち尽くし、もう一人は赤黒い鉄の棒を身体へと突き立たせていた。
まるで天へと導かれるように、足を傾け手を垂らし、空へと身体を仰ぐ。
浮いた背からは溢れ出る血が、鉄棒を伝いアスファルトを赤く染める。
叫び泣く怒声の中、少女はその光景に口元を――。
――――――――――――――――
ホテルから出た麻祁は、迷うことなく右の道を選び走った。
後から少し遅れて出る龍麻。左右へと目を向けた後、走り去る銀髪の背を見つけ、すぐに追いかける。
角を曲がるたびに麻祁が少しだけ立ち止まる。龍麻が息を切らせながらやっとその背に追いついた。
「はぁ、はぁ! ちょ、ちょっと待って! 早い!」
「早くいかないと逃げられる」
「逃げられるたって……本当に家に帰るのかよ!? 閉じこもっても仕方ないだろ!?」
「そこしか場所がないから、戻るならそこだ」
「もし居なかったら!?」
「その時はその時」
「はぁ、はぁ……んだよそれ……」
二人は暗く人気のない住宅街を抜け、点々と地面を照らす街灯に導かれるように、一直線に伸びる道を走っていた。
道路の脇に植えられた街路樹の間に見えるアーチ型の車止めが徐々に数を増す。――二人の前に公園へと続く入り口が見えた。
中へと入った瞬間、麻祁が足を止めた。
急ぎ、龍麻も動きを止め、辺りを確かめるように見渡す麻祁へと駆け寄った。
「ここを通ったのか?」
「ああ、予定ならな――葉月、聞こえるか?」
右耳に付けられたイヤホンを押え、名前を呼ぶ。
「――奥のブランコの前に居ます」
聞こえる葉月の声に、二人は目を合わせた後、走った。
虫の声だけが聴こえる狭い道を二人が走る、その中、龍麻の目に一瞬だけ公園の全体図が描かれた看板が目に入った。
過ぎ去る瞬間に、葉月が口にした『ブランコ』のある場所を探す。
――遊具は公園の北西にある。
風もない、蒸すような空気の中を二人は掻き分けるように無心で走り抜け、そしてその目に大きな広場が現れた。
広場にポツンと立つセミロングの後ろ姿。麻祁たちがその横へと並ぶ。
息を整える間もなく、三人の視線がその先の一点へと集まる。
街灯から少し奥。月明りにより微かに照らされたそこには、ぼんやりと一人の女性が浮かび上がっていた。
頭を少しだけ下へと傾け、目をこちらには合わせていない。
ブランコの鉄の擦れる音だけが、一つだけ響く。
「……動きは?」
「ありません。ずっとあの状態です」
麻祁の視線が横で一人空を切って遊ぶブランコへと向く。
「暴走か」
「……はい」
二人の間で進む会話。一人残された龍麻は、奥にいる向坂が気になりつつも、先程の言葉の意味を問いかけた。
「あ、あの暴走ってのは……?」
「自分で制御ができなくなっている。あれを見ろ」
視線のみでブランコを麻祁がさす。それに釣られるように龍麻もそれを確認した後、二人へと視線を戻した。
「ブランコ……」
「一人で動いているだろ。風もないのに動いているのは、向坂を中心に力が動いているという事だ」
「その力ってのは……その……」
「テレビを空に放ったり、冷蔵庫をぶん投げてくる能力だよ。近づくとどうなるか分からない」
「このままだと逃げられると思いゴム弾をぶつけたのですが……すみません……」
申し訳なさそうに葉月が頭を少し下げる。
「いや、むしろここで止めた方が助かる、後は私達が対処すればいい事だしな。逃げられるよりマシだ。……ナイフは?」
「あります」
葉月がズボンのポケットから小型の折り畳み式ナイフを取り出す。
「どうするんだよそれ……」
「私が近づいて彼女を止めます」
「止める? 止めるってまさかそれで――!?」
「これはあくまでも最悪の状況の時です。わざわざ刺すぐらいなら最初からやっています」
「強い衝撃を与えればいいだけだ。やつを支えているのはわずかな精神と無意識での防衛本能のみ、容易に崩せる」
「操り人形を想像すればいいんですよ。支えているものは蜘蛛の糸のように細いものです」
葉月が刃の出ていないナイフをぐっと握りしめ、体を構えた。
「行きます」
声と共に葉月が踏み出す。
麻祁はその後姿を見つめるだけだった。
「俺達はいかなくていいのかよ!?」
「行くだけ無駄だ。邪魔になる、一人でいい」
「そんな……」
素っ気なく捨てるような麻祁の言い方に、龍麻の不安がより強さを増すも――暗闇へと消えていくその後姿を見守りことしかできなかった。
ブランコが一人でにギーギーと音を上げて揺れる。葉月が近づくたび、次第にその振りは大きくなり、もはや緩やかな弧を描くことはなかった。
葉月がただ一点、月明りに浮かぶ向坂の姿に集中する。
向坂は顔を下に向けたまま、腕をたらし、肩すら動かさない。
一歩、また一歩、ゆっくりと足元を踏みしめて確かめるように進めていく。
ブランコの振りが激しくなる。向坂まで数メ――。
葉月が飛ぶ――刹那、吹き飛ぶ木片。
激しい衝撃音、葉月の背中を木製のゴミ箱が過ぎ去り、地面へと全てをぶちまけた。
両足が地面に着いた瞬間、葉月が一気に走り出す。
前のめりのまま向坂を突き倒す勢いで突っ込む。
距離にして数十センチ。右手に持っていたナイフを器用に左手へと飛び移らせる。
振り下げる左腕――鉄の弾ける音が左側から響いた。
鎖を引きずる座板が葉月のを顔を目指し吹き飛んでくる。
葉月は刃先の閉じたナイフを握った左腕で宙を裂き、向坂の胸倉をつかんだ。――同時、迫る座板にゴミ箱がぶつかり、音と共に二人の横を瞬時に抜けた。
大きく振りあがる右手。迷いもなく向坂の頬を打つ。
皮膚の弾ける音に合わせ、二人の後ろでスチールと木の地面に伏せる音が鳴り響いた。
静まる場。
葉月は胸元と重ねて掴んでいたナイフだけを落とし、右手でそれを受け取り、表情を変えず、向坂の顔を見る。
衝撃で僅かに右へと向いた向坂はそのまま力なく、葉月の胸元へと顔を伏せた。
ふっ、と息を吐き、葉月はナイフをズボンへとしまった。
後ろから麻祁達が駆け寄って来る。
葉月は力の抜けきった向坂の身体に左手を回し、顔を合わせることなく龍麻に言葉を掛けた。
「見てないで手伝ってください。結構重たいんですよ」
その言葉に、龍麻は、ああ、と小さく答え、すぐに向坂の後ろへと回った。
二人が向坂の身体をゆっくりと地面に倒す。
麻祁はその光景を横目で見ながら、電話で話をしていた。
「……公園でいま確保した。そっちは……そう、なら待つ」
電話を切った後、麻祁は何も言わず、二人の方へと体勢を戻した。
「どこに電話してたんだよ?」
近寄って来る龍麻に麻祁は『警察』と一言告げ、葉月の元へと歩いた。
ぐっすりと眠るように地面に倒れている向坂を見下ろし、葉月に言葉をかける。
「ごくろうさま」
葉月は小さく、はい、と言葉を返し、二人の視線が向坂へと向けられた。
――――――――――――――――
『……次のニュースです。六月末、豊中市の公園で起きた女子生徒の事件に関わるとして、今朝、同じ高校に通う女子生徒が緊急逮捕されました。現在、警察が取り調べを……』
葉月が手に持っていたリモコンを押し、チャンネルを切り替えた。
しかし、耳にする声はどれも同じ言葉ばかりだった。
葉月は飽きたようにチャンネルを机へと置いた。
「どこも同じような内容ばかりですね」
「僅かな情報しか渡してないからな。それに相手は未成年だし色々あるのさ」
「…………」
二人が話をする中、間に挟まれている龍麻はどこか浮かない顔でその画面を見ていた。
その姿に麻祁は、少し間を開けてから声をかけた。
「――気にしてるのか? 向坂のことを」
「……ん、まあそりゃ……」
ふと逸らす龍麻の視線を、涙ぼくろの瞳が声と共に捉える。
「全然接点なんてなかったのに、よく感傷的になれますね。いい宣教者になれますよ」
「せんきょう……?」
「教えを広める人だよ。向坂の殺した理由なんて考えるだけ無駄だよ、ム、ダ」
「……そりゃ、そうかもしれないけど……でもな……」
「相手にもそうするだけの理由があった。ということが引っかかってるんですよね?」
「……追い詰められたらさ、仕方ないかなって……俺は別に殺す、とかまでは思わないけど、もし逃げられなかったら……そうするしかないのかなって……」
「それじゃ、なんでお前が襲われる必要があるんだ?」
「えっ? オレ?」
「覚えてないんですか? 自分が殺されかけたのを。同級生ばかりを手に掛けるならまだしも、お金を渡す貴方まで命を狙われたんですよ? もし強制的にそういう事をさせられた為の動機となるなら、なぜ襲われたんですか?」
「そ、それは……その……ほら、イライラしてやったとか。逃げれない状況だったから、こう、それをやってくる人に対して攻撃を……」
「つまり恐怖で支配されていた為にその元凶をあえて、圧の弱い『買う側』の方へと向け、仕方がなく相手を狙ったと? それなら理由としては、まあ、分かる気はしますが、感傷的に思うならその攻撃された人ですよね。その人はただ話に乗っただけなのに、自分が逃げ出せない為に殺されるのですから。可哀想だと思いませんか? 彼にもまた自分の人生があるというのに」
「そ、そう言われればそうだけど……それ自体あまりいいことじゃないし……」
「つまり、男性側にとっては自業自得ってヤツですか」
「……まあ、元々こんな事がなかったら起きなかった事件かもしれないんだしさ」
「それなら一つ引っ掛かることがあるな」
ふと吐く麻祁のため息に、龍麻が反応する。
「一つ?」
「一番最初の被害者は高橋朱莉、同じ学校に通う先輩だ。その次の東美佳、それも同じ学校の生徒。もしその理由を通そうとするなら、なぜ向坂はその二人を最初に殺したんだ? 『解放』が目的ならその時点で達成されている。それなのに、なぜ逃げずにまた同じことを?」
「そ、それは……」
「だいたい――本当に向坂は嫌でやっていたと思うか?」
「……えっ?」
「もしかすると同意の下でやっていたかもしれないんだぞ?」
麻祁の言葉に龍麻は視線を下げ、なにかを考える。
「でも……」
「一連の流れを聞いただけで、こう思ったんだろ? 『家庭内環境での不安定が原因で仕方なくそういう事をやっている』『お金の流れから上の連中に無理矢理押し付けられて、やらされている』と、心配せずとも、それらは全て、自分の中で理屈を通すが為に、作り出した妄想みたいなものだよ」
「違うのか……?」
「それじゃ、こういったセンで考えるのはどうです? 江藤優美のやっていた臨時のアルバイトは、確かにある人に同じ学校にいる生徒を紹介するというものです。紹介を受けた生徒は、その人と食事などをしてお金をもらい、そして紹介した人がその何割かを貰うというもの。三年が紹介をし、一年か二年の生徒がそれを受ける。割合的には三対七、もしくは四対六……辺りになってます。その事が引っかかるんですよね。それじゃ、それをお金目線での欲として切り変えてください。ビジネスです。あんなに頑張ってるのに報酬の分け前が減る、つまり……」
「少ないから殺す……と?」
「そうすれば辻褄は合わせやすいと思いませんか? 向坂はそういうアルバイトを受ける身として、徐々に報酬を受け取る身としての釣り合いが合わなくなったと感じ、そして……」
葉月が伸ばした右手をぐっと龍麻の胸元へと押し付けた。
「――ころした」
「――ッ!?」
龍麻の体が自然と後ろへと下がる。
「どうです、これで向坂まりという人への目線がまだ可哀想だと感じられますか? 何かあるなら聞きますけど」
「…………」
「欲のために人を殺す。これなら最初に同じ仲間である生徒が殺される理由も通ります。――筋の通る動機だと思いませんか?」
「まあ、その考えもあくまでも可能性としての一つだな」
麻祁が横から葉月の言葉を揺らがす。
「……そうじゃないっていうのか?」
「ああ、私たちが一応、こうであろうなと決めている動機はそうじゃない」
「……? それはどういうことなんだ……?」
「所詮、お前の知っている情報は、そこのテレビで喋っている情報より少し顔見知り程度でしかない。まだ向坂まりという人物を知っていない」
「まだ知らないって……そりゃ、直接話したことはないしさ……」
「多分仲良く話した所で分からないだろう。この問題は深く曇っているのさ」
「曇る?」
「このままだとその能天気さは変わりそうにないから説明してあげるよ。この事件の大まかな流れを」
「…………」
龍麻がごくりと唾を喉へと通し、麻祁の顔をじっと見る。
「まずこの事件の概要に関してからだ。最初の殺人があったのは豊中市の公園だ。被害者は?」
「三年の……」
「高橋朱莉ですね」
葉月がすかさず答える。
「名前が思い出せないなら無理に思いださなくていい。そう高橋朱莉だ。次が東美佳。この二人の共通点は同じ高校での同学年だ。次に襲われたのは誰だ?」
二人の顔がじっと一点へと向けられる。それに釣られるように龍麻が人差し指で自身をさした。
「オレ?」
「ああ、だが、実は東美佳の前にもう一人巻き込まれたやつがいた」
「へっ? それ初耳だぞ!?」
「事件性にはなってないからな。あくまでも襲われたってだけだし、そいつ自身も自分のやっていることがヤマシイ事だと分かっていたから証言での発覚が遅れたんだ。どうやら、紹介を受けた人物と一緒に部屋に入った瞬間襲われたらしい。ちょうどお前と同じ状況だ」
「俺と同じ? へぇ……」
「そこでそいつが出向いたホテルへと向かいカメラを確認した。ばっちり、姿が映っていたよ受付の所に向坂の姿がな」
「それで向坂……が犯人だと?」
「いや、まだこの時点では犯人だとは言えない。襲ったのが事実だとしても、その二つの殺人に関与したかは分からないからな。だが、その男と会った後、東美佳は死んだ。関りが全くないとは言えない状況になったわけだ」
「そこで私たちは次の段階へと移ったんですよ。向坂が犯人である証拠――裏付けと動機を」
「証拠はそいつを捕まえる為に必要なものだ。動機に関してはあくまでも理由付け。それで繋がらなかったものが繋がり始める。証拠の二つあるうちの一つ、人的――証言に関しては事前に情報として集めていたから、後は物証と動機だけになる」
「私が事前にそのグループに入っていたことが実りましたね。おかげで楽に進められました」
「向坂が直接手を出した人物だと分かれば、まずはその周囲を洗っていく」
「まず最初に行ったのは向坂の身辺調査です。ある方に協力していただいて、一年から二年までアルバムを集めました。向坂まりは二年にいましたからね」
「周りを調べてどうするんだ? そんなの調べたって……」
「最初に私たちが吉岡のグループに入ったのと同じ事だ。向坂には向坂が築いたものがある。もしかすると共犯や主犯がいるかもしれない。まずはその辺りをイチから調べなければいけない」
「写真を調べたところ、ある事が分かりました。向坂はどのグループにも属してはなかったのです」
「属してなかった? 一人だったのか?」
「ああ、正確には『築いてなかった』だ。向坂は転校生だ。それは先生にも確認はとってある」
「多くの写真を目に通しましたが、向坂の姿があったのは四月に行われた対面式の後からです。姉様がさっき言った通り、それ以前には向坂の存在すらなかったんです」
「転校するにはそれなりの理由がある。そこで向坂が豊中第一に転入する前を調べた。――その前にいたのは第二だった」
「第二?」
「第一から数キロ先にある場所です。同じ町にはありませんが、同じ市であり建てられた時代が違うので混同を避けるために、そういう名前になったんです」
「私たちは第二へと出向き、当時同級生だった生徒と接触をし話を聞いた。――向坂の転校の理由だ」
「そこで新たな情報を得ました。向坂はイジメにあってました」
「いじめ? それって……」
「向坂は中学の頃からイジメられていた。……と本人達は思ってないようだがな。まあ、私達も実際にその場に居なかったから知るわけもないが、複数の証言からそうであろうと決めた」
「イジメと言っても、ただのイタズラという認識だったかもしれません。話してくれた内容に関しても、どこか他人のような感じでの話し方でしたしね」
「……それで転校を?」
「いや、本人からの相談もなかったし、それが転校理由じゃない。転校した理由はある事故が原因だ」
「事故?」
「階段から落ちたんです。踊り場まで」
「落ちた……?」
「ああ、階段を外したんだ。複数の生徒もそれを目撃してる」
「……でも、それってもしかして……」
「――誰かが突き飛ばした。……と考えるが、どうやら違うようだ。その事に関しての状況を見ていた生徒の話では、ただ踏み外したらしい」
「向坂は頭を強く打ち入院。出血も酷かった為に精密検査をした所、後頭葉から頭頂葉辺りに異様な影があったので、しばらく入院という形で様子を見てたらしいです。結局数ヵ月後には退院できたみたいけですけど」
「それが高校一年の話だ」
「それで……その転校を」
「ん? なぜ転校する必要がある?」
「えっ、だって、それでそのイジメと言うのが分かったんじゃ……」
「それだけでイジメとは分からないだろ? 複数の証言者は勝手に滑り落ちたって証言してるんだ、どこをどう聞いてイコールイジメと結び付けれるんだ」
「向坂が受けていたイジメは外傷を与えるものではありません。先ほども言いましたが、イジメをしていた生徒の認識では軽いイタズラだったんです。モノを隠したり、机の向きを変えたり、精神的な苦痛の方です。すぐに分かるような大きな事はやっていないので、それは本人からの相談でないかぎりは発覚し難いモノです」
「それじゃ何が原因で転校を?」
「向坂が転校した理由として、実はもう一つ関わっている事があった。それは――同級生の事故死だ」
「同級生?」
「死んだのは、同じ豊中第二の一年生、内間美弥子。向坂が入院の時にもお見舞いに行ってます。どうやら小学校からの関係だったようです」
「当時の新聞にもそれは載っていた。死因は朝の通学中での事故。工事現場から大量の鉄の棒が流れ落ちて突き刺さったらしい」
「……それは……」
頭の中で想像したのか、龍麻の表情が歪んだ。
「当時、ビルの建設をしていたそこではクレーンにより数メートルの長さはある補強用の鉄棒を運搬していた。その時ワイヤーが切れ、側面の道路へと流れ落ちて、ちょうど突き刺さったらしい。……だが、この話にはどうも妙なところがあった」
「妙?」
「クレーンで高所への運搬の際、もし吊るしていたロープが切れたとしても、道路側へと滑り落ちる事はほぼありません。必ずモノは下へと落ちます」
「ああ……なるほど」
「側面へと流れ落ちるためには、まず縛っていたワイヤーの下の部分が千切れておらず、尚且つ、鉄棒と同じく幅の広いものじゃないとダメだ。……そうだな、この机に棒を乗せて横へとずらして落とすのと、ロープのようなもので中心をぶら下げてから落とすのでは、その過程までの距離と角度が変わってくる」
「つまり、道路までには絶対に落ちるという事はないのです。例え、風が吹いたとしても鳥のように距離を飛ぶことはありません。現場検証の記録も確認しまいたが、道路からそのクレーン車まで十分な距離、幅がありました。しかし、工事をしていた作業員の話しによれば、落下した鉄棒は真下に落ちず、何故か数メートル離れた側面の道路へ流れるように落ちたんです」
「それじゃつまり……それは……」
「――向坂がやった。という可能性が出てくる」
麻祁の言葉に、龍麻の目が自然と見開いた。少しの間の後、どこか疑うように言葉を返す。
「本気でいってるのか? ……だって、その能力とかって……」
「その点に関しては、信じる信じないは自由だ。だが、お前も見ただろ? テレビや冷蔵庫、それに公園で葉月を襲ったゴミ箱と。実際に目の当たりにして、否定できるか?」
「それは……そうだけど……」
「一応の可能性は可能性だ。私達もそれをやったという確証はどこにもないから否定されても仕方ない。ただ、死に方はまともじゃなかったからな」
「死に方?」
「朝の通学路ということで、複数の証言者もいましたし、司法解剖での報告書も目に通しました。簡単に言えば、標本みたいなものですね、昆虫の」
「昆虫?」
「見たことはあるだろ? マッチ針のようなものを体に突き刺しているやつ」
「ああ、それは見たことあるけど……でも、それのようにって……」
「落ちてきた鉄の棒がまっすぐとその子の身体を貫いたんだよ、しかも仰向けの状態で」
「そもそも上から物が落ちてきた場合、最も高い場所から……つまり頭から先に直接的な衝撃を与えます。その場合、ふらついて仰向けに倒れることはありますが、今回の場合、それが大量に空から降ってきました。しかも、徒歩での通学中にです」
「……? 別にそれじゃ変わった所なんて……」
「まあ、写真を見てないから仕方ないな。実際に見れば分かるよ、その不自然さが。相手の身体は地面より少し浮いた状態で止まっていたんだ。体と棒を固定出来たのは、地面に敷かれたアスファルトのおかげ。最初の一撃が頭部を貫通し、続け様に勢いよく、身体を中を貫いた。それも瞬間的な速さでだ。だから固定されたんだよ身体が地面に落ちる前にな」
「能力に目覚めたのは多分、階段から踏み外した時に出来た頭部への損傷。気付いたのはいつだかは分かりませんが、そこからだと見ても間違いないでしょう」
「……なんだよそれ……でも、それじゃ動機は? その動機はどうなるだよ? どうしてそんな事を……小学校から一緒にいる友達なんだろ? 病院にも来てくれてたんだし」
「それが今回の事件へと繋がってくる。いいか? これはあくまでも私達が調査をして紡ぎ出した答えであり、正解などない――いいな?」
確かめるように問いかけられた言葉に、龍麻は小さく頷き、視線を逸らすことなく麻祁の目を見返した。
「私達がここまでの調査で紡ぎまとめた事件の全容はこうだ」
麻祁が話を始める。二人の視線が、言葉の一つ一つを逃さないようにその唇へと向けられていた。
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