星降り 04






「帰ります」


座っていた布の塊らしきものを横へ放り、

何ごともなかったかのように立ち、扉へ向かう。


「…待ちな」


その声は聞こえない。

扉を開けて部屋から出て、妹が待つ部屋へ戻ろうとする。

少しだけ長く感じた廊下も、今は少しも長いとは思わない。


「シア」


何の躊躇もなく、妹が待つ部屋の扉を勢い良く開ける。

そこでは彼女が、四つん這いになって何かをしていた。


「…!ちょ……っ、お兄ちゃん、まだ入って良いって言ってな」


「行くぞ」


彼女がその体勢のまま、目を丸くして応える。

それを気にせずに、そそくさと幾つか出していた荷物を鞄に入れる。


「え……」


「聞こえなったのか。行くぞ。荷物をまとめろ」


やはり彼女は動かない。

突然のことに動揺しているらしく、身を強張らせている。


「でもお兄ちゃん、今日はここに泊まるって」


「早くしろ。もたもたするな」


彼女は明らかに先ほどとは違う気配に押され、

やがて顔を強張らせたまま、震える手で帰り支度を始める。


そしてシアの支度ができたことを確認すると、

そそくさと玄関に向かい、

いつの間にかカウンターに立っていた老婆には目もくれず、

彼は出ていこうとする。


「待ちなって言っただろ」


「うるさい」


きっと、ただのイレギュラーだ。


「話を聞きなさい」


「黙れ」


「アンタは、それで良いのかい」


どこかから、鳥の鳴く声が聞こえる。

その鳥が目指すのは、太陽が沈む地平線か、月が昇る水平線か。


「本当に、それで良いのかい」


「……シア、先に歩いていろ。後で追いつく」


兄の二歩先を歩いていた彼女は、

その言葉に困惑する。


「お兄ちゃん、でも―」


「早くしろって言ってるだろ!!!!!!」


ああ、ごめんな。

本当に、ごめん。


「……わか………った…」


後ろを歩いていたはずのシアは、

やはり少しだけこちらを振り返りながら、歩いていく。


今にも、泣きそうな顔で。

月の光だけが照らす、夜の、向こう側へと。


「バアさん、あんたが何者なんだかは知らないが」


ごめんな、シア。

おにいちゃんは、


たしかに、しぬから。

ちゃんと、しぬからな。


「俺はまだ、


そう言い残して、彼は先に歩いて行った妹の後を追う。

ついさっきまで、泣いていたはずの顔で。

月の光だけが照らす、夜の、向こう側へと。


老婆は横目でそれを見届けてから、

カウンターの端に置いてあった、自分の端末を操作する。

そして、カウンターの上に、とある情報が掲載されたホログラムが表示される。


   

   抜粋リスト① 『AIRS』正規飛空士候補者 

   

   世代:第23世代  

   No.1155:シア・ヴァレリ 

   

   ステータス:生存



―なあ、きっとアンタも。

私とおんなじで 馬鹿だ。大馬鹿だ。


   

   抜粋リスト② 『AIRS』正規飛空士候補者 

   

   世代:第23世代  

   No.1154:ファルディナ・ヴァレリ 

   

   ステータス:死亡



決して変えられないはずの過去にしがみつく、

大馬鹿者だ。


















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