星降り 03




「ちょっとアンタ」


頭上から声が聞こえて、彼は体をびくっと震わせる。

なんだ、敵襲か?妹は無事か!?


「こんなところに座って、なにしてんだい」


顔をおそるおそるあげてみると、

そこには先程カウンターにいた、老婆が仏頂面で立っていた。

もしかしなくても怒っているかもしれない。


「ひっ、いや、なんでもないッス。アハハ」


顔は、もう濡れていないだろうか。


「なんで泣いてんだい」


「いや、ちょっと目にゴミが」


「言い訳が古臭すぎやしないかい。

それよりも掃除の邪魔ったらありゃしない。おどき」


「うぃーす」


掃除というわりには掃除用具を持っていない気もするが…

そのままどこかフラッと出かけてこようかな、と思っていると


「どこ行くんだい、こっちだよ」


と手招きしながら言った。


「へ?いや、邪魔なんで散歩にでも…」


「今の時間は外出禁止だ。アタシがそう決めてるんだから従ってもらわないとね」


「は、はあ…」


あれ、そんなルールどこかに書いてあったか?

というか今さっき来たばかりなんだけど…

まあでも、ここで反発しても仕方がないので、


「じゃあ、行きます」


と言った。

離したドアノブの向こうからは、いまだ了承のお言葉は聞こえてこない。

あ、外出禁止ってこういうことか。いや違うか。



――



そのまま先を行く老婆に連れられて、部屋が左右にいくつもある廊下を歩く。

意外と装飾が凝っており、それらは簡素ではあるがきちんと清掃が行き届いているように見える。


もしかして、この流れはマズいのではないか、と彼は思った。

やがて老婆に連れられてたどり着いた部屋には、旅人を拷問して今までの悪事を吐かせる拷問部屋があったりしませんでしたすみません。


やがて先を行く老婆に連れてこられたのは、

他の旅室よりも少しだけ広そうな、それでいてやはりここも清掃の行き届いた部屋だった。

中の装飾品を見るに、もしかするとこれは老婆自身の部屋なのだろうか。


「えっと、ここって…」


「そこに座んな」


老婆はぶっきらぼうにそういうと、床に一枚の、

布と綿で作ったような正方形の柔らかいものをこちらに投げてよこした。

これに座れってことだろうか。


そのようにすると、背の低いテーブルに真正面に老婆も同じように座った。

ああ…やはり『あの事』がバレていたのかもしれない。


よく見るとこの床は……なんだ、これ。細くてしなやかな素材のようなものが、交互に丁寧に織られている。

どこかで見たことがある気もするが、よく思い出せない。


「あのー…、俺は、どうすれば?」


沈黙に耐えられずそう言うと、老婆は少しも声色を変えずに言った。


「アンタ、飛空士だろ」








………


………………


………………………………は?



彼は、彼女の言った言葉に、文字通りその耳を疑った。

いや、確かに彼女が言うことを多少予想はしていた。


しかしその角度が、自分が思っている角度とは、全く違う角度だった。

頭を殴られたような衝撃。軽く、眩暈がする。

さらに彼女が、立て続けにこう言う。


「正確には、、かい」


あれ、おかしいな。

今日は妹の隣でよく寝たはずだが。


あの『声』のせいで、本当は寝つけなくて、

実はまだ頭がボーっとしているのだろうか。


さらに鈍器で殴るように、老婆は言葉を続けるのを止めない。


「今、なんだい」


「……は?」


今度こそ、その言葉が口からついて出た。

おかしいな、やっぱり寝足りないみたいだ。


今日の夜空は晴れているから、よく眠れるように、

寝る前は眠くなるまで少しだけ散歩にでも行ってこようか。


「アンタはんだい」


そうだ、今日はシアも散歩に連れて行こう。

あいつにもたまには運動らしい運動が必要だ。


帰りは二人で星を見て、

他愛もない話をしながら帰るんだ。


「アンタは」


ねえ、あの星はなんて名前。

ああ、あれか。あの星はな


プロキシマって言うんだ。

太陽に最も近いところにいるとされている恒星で―


んだい?』


































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