空と海のパラドクス 08





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―――――――



『もう、やめて』


「そのあと母は、父を追うように、娘…僕の妹と一緒に自殺しました。

そのあとに残されたのは、僕だけでした」


『やめて』


「僕だけが、あの時死ねなかったんです。

生きるしか、なかったんです」


『お願い』


「そのあと僕は、父の知人に預けられました

その人の名前は――」


『お願いだから、もうやめて!!』






どこか遠くで、鳥が泣いている。


それはとても、悲しそうな泣き声。


今にも沈んで行ってしまう夕陽との別れを、悲しむような。



『分かった、分かったから……』



空中に浮かんでいるホログラムには、

それが、めいっぱい机に滴って、床にこぼれ落ちて、

雨水のように溜まっていく、その水溜まりだけを見下ろしている

彼の顔が、鮮明に映っている。



「ほとんど、同じだったんです」



まるでそれは、その向こう側にいる『彼女』の右手が

正確にキャンバスに描き出した絵のように。



「だから僕は、生きていてほしかったんです」



窓の向こうでは、雨が降り続いている。

その雲から滴り続ける雨は、止まらない。



「あなたに『この世界』で、生き続けてほしかったんです」



やがてその雨が乾くまで、

どれくらいの時間がかかるのだろう。



「あなたのことを愛していて、確かに【生きている】人と。

もう一度、幸せになって欲しかったんです」



それは、永遠に感じられるほどの、

長い、長い時間かもしれない。



「僕には、それができなかったから。

もう二度と、できないから」



『……』



「ごめんなさい」



『………え』



「ごめんなさい」



今度こそ、伝われ。

今度こそ、届け。



『………なんで、あなたが謝るの』



あの時、自分のせいで伝わらなかった母の言葉を。

あの時、自分だけが伝えてしまった最後の言葉を。



「助けてしまって、ごめんなさい」



その時、鮮明に向こう側の景色を映し出していたはずのホログラムが、

揺れ、歪み始める。


向こう側から、[もう…時間が…][空……通信…の…維持が……不安定…]というような

話し声が、途切れ途切れに聞こえてくる。


それに伴って、映し出されていた映像が徐々に、

いつしかはっきりと分かるほどに、鮮明さを失っていく。



「お時間を取らせてしまって、ごめんなさい」



向こう側にいるはずの、彼女の表情はぼやけてよく見えなくなる。

でも、そこに確かにいることだけは分かる。


もしかすると肝心なことを聞き忘れたかもしれない、と彼は思ったが

時間はもう、ほとんど残されていないようだった。



「本当はこれ、規則違反なんです」



『…な……ちょっ…と待っ………何……れ…!……』



「でも、安心してください。バレても怒られるのは、僕ですから」



『…ね……え…聞………こ…え……!?…ちょ………と…聞……て…ば……』



「話を聞いてくれて、ありがとう」



『…………待………… …!…… …て……… ………!……  … …!』



「さよなら」



『………………… ……… ……… …… …  ……    …    』






いつの間にか、船室の外から聞こえていた雨音は止んでいた。


聞こえてくるのは、飛空艇が風を切る音と、

機体が駆動する時に発生する、地鳴りのような音だけ。


それに彼が気付くと同時に、

ちょうど真後ろにある、船室の扉の向こうから床がかすかに踏みならされた音がする。


(―――お、おい、バカッ。気付かれたらどうすんだよっ)


(…だ、だってぇ……ルクさんが押すからっ……)


(お前ら、そこでなにしてんだ)


(げっ、ヴァレリさんだ…とりあえず退散だ)


(あ、あいあいさー!)


(……)



やがてそれらの足音は遠ざかっていき、

まわりには静寂だけが訪れる。


目の前の机に置かれており、

何かの滴によって少しだけ濡れてしまった端末は、

もう、何も映し出してはいない。



















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