空と海のパラドクス 02
要救助者No.3562
個人識別No.500625
性別:女性
予想居住区画:A−13
依頼者:母親
詳細:――――が不慮の事故で亡くなってから二日後、意識不明の状態で発見。
脳波、体内の各器官に異常等が見られないことから、
既に記憶が『蒸発』したものと思われる。
予想での『レイン』到来予想日時は、F39年8月2日頃。
今『彼女』は、幸せなのだろうか―
アレンは目立たない場所で、手元の端末に表示されたその資料を見ながらそう呟き、
ため息をつく。
重要な部分が、なぜか文字化けして読めなくなっている。
彼女は、意識が無くなる前日まで、とても幸せな様子だったという。彼女にとってもっとも親しい友人がそう語っているのだから、きっと間違いはないだろう。
何よりもその証言よりも大切なのは、たしかに今彼女はあの施設で眠っており、言葉も行動も、何も起こさない状態だということ。
それはいわば、植物状態。
しかし植物状態の人と異なっているのは、今確実に彼女は『意識がない』ということだ。
たとえば植物状態―意識がなく全く言葉も発することが出来ない人には、もしかすると眠っているように見える間であっても意識があるのではないか、という見解がある。そして、実際に過去においてそのような例が報告されている。
他の健常者のように、言葉や行動でアウトプットはできないものの、外部からのインプットは確実になされているのではないか。そして本人もそれを自覚しており、何らかの行動―いわばアウトプットを行いたい、と願っているのかもしれない。
もちろん確証はない、それらの仮定に根拠があるわけではないが、この女性のように『本人に意識がないということがはっきりしている』という人よりは、もしかすると希望があるのではないだろうか。
それらの人たちは回復する可能性があるが、彼女のようになってしまった人は、『記憶を取り戻してくれる人』がいない限り、そのままの状態で回復する見込みはほぼ0%。まさに絶望。
アレンは虚空を見上げながら、そう考える。
ではなぜ、彼女は『幸せである』希望を持てるのか。
それは結局、自分たち飛空士がなぜ存在しているか、という疑問まで遡らなければならない。
そして、その疑問に納得のいく答えを見出すのは、決して容易なことではない。
彼は過ぎていく人混みの中に身を隠し、周囲にできるだけ溶け込みながら、歩みを進めていく。
『彼女』がいるとされる、区画A-13エリアに向かって。
どこかから声がしたと思えば、それはなんてことない会話だったり。
全く意味をなしていない、それでいて意味のあるような内容だったり。
どこかから誰かの怒号が聞こえたと思えば、
またどこかから誰かの泣き声が聞こえる。
そんな気が触れそうな環境の中で、決して目的地と『自分自身』を見失わないように、足を進めていく。
非常に近くにあるようで、どこよりも遠い場所へと。
空へと突き抜けるような建造物の中をずっと歩いていた彼は、ふと途端に道端の右方向に開けた細い路地に入り、その中をゆっくりと進んでいく。
誰も通らない、そして誰も気に留めないような場所だからこそ、そこに『彼女』の痕跡を見つけることができる。
「…こっちだ」
そう呟いたのと同時に、細い路地からいきなり視界が開け、そこに1件の住居らしき建造物が出現した。
この世界において一般的とされている大きさの住居よりもやや大きく、
おそらく一人ではなく複数で―家族で暮らすことを想定して造られたのであろう、そう考えられる。
そして、その住居における、『庭』と思われる部分には色とりどりの花が咲き、それらが一定の感覚で綺麗に植えられていることから、
よく手入れがなされていること―というよりも、確実にそこに『彼女』がいる、ということを示していた。
そういえば母親の証言では、
彼女の趣味は『ガーデニング』だった…
おそらく彼女であろうその姿が、彼女の母親や友人が語ったその像と重なる。
ああ、確かに『彼女』が、『彼女』なんだ。
―
アレン・フランツは、その後ろ姿に向かって、
彼女を驚かせないようにして、ゆっくり近づいていく。
もし驚かせてしまうならば、『レイン』が予定よりも早まってしまうかもしれない。
彼はゆっくりと歩をすすめ、対象との距離が約10メートルぐらいまでになったところで、
端末を操作し、特殊な音を発生させる。
「あら……?」
彼女はこちらに気づいた瞬間一瞬怪訝な表情をしたがすぐに笑顔になり、
「ああ、いらっしゃい、お待ちしてましたよ、保険屋さん」
と言った。
彼は一呼吸置いて、極めて冷静に振る舞いながら、このように答える。
「すみません、驚かせてしまいましたね。予定より速く着いてしまったものですから」
「いえいえ、わざわざありがとうございます」
このような返事が帰ってきたことを、彼は安堵する。
よし、成功した。
「上がっても?」
「ええ、どうぞ。あまり綺麗ではありませんが」
「お構いなく。では失礼いたします」
そういって通してもらった、名前の分からない白い花で飾られた玄関をくぐり抜けると、
そこには、たしかにイメージとは違わない空間が広がっていた。
もしこの空間が「綺麗ではない」のであれば、この世のほとんどの人の住居を「綺麗である」と表現することはできないだろう、そんなことを考えてしまう。
玄関を開いたすぐ右のスペースに机が取り付けらており、そこには一つの写真立てが飾ってあった。
それの額縁も、名前の分からない白い花のデザインで彩られている。
そしてそこには、少し若い頃の彼女―今とほとんど変わらない姿だが―と、その隣で一人の男性が彼女の方を抱いている。そしてその真ん中には、寄り添うようにして7、8歳くらいの男の子と、同じくらいかそれより少し下の歳であろう女の子の姿が映っている。
写真に写っている全員が笑顔で、少なくともその瞬間を収めたときには、彼女ら家族全員が幸せであったことに誰が疑問を差しはさめるのだろうか。
彼女が応接間と思われる部屋に案内し、薦められた上品な作りの椅子に腰掛ける。
少しの間、端末の電源を切っておくことを忘れない。
「それにしても驚きましたよ。とてもお庭綺麗にされていますね。趣味なのですか?」
「ええ、そうなんです。私は小さい頃から花を育てるのが、とても好きでして。
よく母親に苗を買ってもらっては、自分で世話をして育てていました」
そこで彼女は目を伏せる。
「だからこそ、花が枯れてしまうときは我が子のようにとても悲しいのですけれどね」
「分かります」
彼女が丸いテーブルの上に置いた、これもまた名前の分からない紅茶に口をつける。
そして、それが確かに彼女が淹れた紅茶であることを実感し、
だからこそなんとも言えない気分になる。
「私の妻も、花が好きでしたから」
「奥様がいらっしゃったんですね。でも『でした』とは…?」
やはりそうだ。
彼女は確かに、こういった言い回しに敏感であった。
「ええ、去年の八月頃、病気でなくなってしまいましてね。だから過去形なんです」
「そんな…そうだったのですか。すみません、こんなことをお聞きしてしまって」
彼女は、とても悲しそうにそう答える。
決して演技ではない、心からの悲しみで。
「いえいえ、かえって嬉しかったです。妻のように花が好きな人とお会い出来るなんて」
「そう…ですか…」
少し、踏み込んでみる。
「…何か、考えておられることでも?」
彼女は何かを思案しているようだったが、
やがて、向かいの椅子に座りながらこう答えた。
椅子はそのほかに、丸いテーブルを囲んで2つ用意されていた。
ちなみに今日はこの『保険屋』以外に、彼女のもとを訪れる者はいない。
「いいえ、何か…引っかかるものがありまして。でも気になさらないでください。
それよりも、本題に入りましょう」
「…分かりました」
そう言って、懐からいくつかの紙を取り出していく。
それを彼女と自分の前に不規則に並べていき、あたかも『保険屋』らしく、こう答える。
「今日ご紹介したいのは、こちらのプランでして…」
そう言いながら、彼女の前におかれたいくつもの紙と彼女の顔を交互に見ながら、
いくつもの『保険』を紹介していく。
努めて饒舌に。淀みなく。それらしく。
彼女が疑問を、質問を挟む隙もないくらいに。
手元を指さして、どのくらいその保険が魅力的なのか、ということを説明する。
それに合わせて彼女が、分かっているのか分かっていないのかわからないような、
何とも微妙な表情で、相槌を打つ。
そして、今丸いテーブルに広げられているそれらいくつもの紙には、
一枚たりとも、何も書かれていない。
「これらの保険に加入することのメリットについて、お分かりいただけたでしょうか」
「ええ…分かったような、分からないような」
彼女は笑顔を保ちながらも、確かに分かったような分からないような表情をしている。
このようにして定義付け、理由付けが行われ、
やがてゆっくりと、世界は矛盾のない状態へと再構築されていく。
そしてもちろん、広げられた紙にはどれも、何も書かれていない。
『保険屋』の話している保険の紹介は、どれ一つ的を射ていないし、ひどく抽象的だ。
「少し足早になってしまいましたが、一応このようなところかと。
つかぬことをお聞きしますが、あなたにはご主人とお子さんが二人、おられるとのことでしたね」
「ええ、おりますよ」
そして彼女は、当たり前のようにそう答える。
本当に、当たり前のように。
笑顔を保ちながら。
「今はどちらに?」
「今主人は海外出張ですし、子どもたちは学校に行っていますので、一緒にご紹介できないのが残念です」
そうやって彼女は、
今こうやって話している、ちょうどその丸いテーブルの真ん中にぽつんと置かれた、
先ほど玄関で見たのとは異なる写真立てを、その細い指でなぞる。
「お子さんたちはいくつで?」
「上の男の子が10歳、下の女の子が6歳になります」
「そ、そうですか」
「どうかしましたか?」
「いえ、何も」
一瞬言葉に詰まってしまったが、
きわめて平静を装って、先を続ける。
「今が一番大変な時期かもしれませんね」
「そうですね。でも子どもたちは本当に素直で、可愛くて。私の言うこともちゃんと聞いてくれるんです。
私の育て方が特別良かったとは思えないのですが、あんなに良い子に育ってくれて本当に嬉しく思っています」
「学校の行事とか、子どもたちの誕生日なども一緒に祝われたり?」
「そう、よく分かりましたね。つい先日、子どもたちの誕生日でして」
ああ、しまった。予想よりとても早い。
少し早く踏み込みすぎたかもしれないが、
ここまで来たからには、もう引き返すことはできない。
「お子さんたちにはプレゼントとかを渡されたり?」
「ええ、そうなんですよ。子どもたちもとっても喜んでいました」
「…」
そしてはじめて、明確に言葉に詰まってしまった。
なぜこんなにも、『同じ』なのか。
どうしてこんなにも、心を揺さぶられるのか。
本当にこれは、偶然なのだろうか。
「…プレゼント、ですか」
「ええ、実は主人が仕事で家に着くのが遅れまして」
「…」
これは試練なのか。
「子どもたちがすごく楽しみにしていたものですから、
主人が返ってくる前に寝てしまったものの、私が電話したときに起きてきたんですよ。二人とも瞼がくっついた状態で」
それとも、運命のいたずらなのか。
「もしかして」
「…もしかして?」
「いえ…その時子どもたちはご主人と会話されたり?」
「? いえ、していませんよ。子どもたちも起きてきたのは良いものの、やっぱり眠かったみたいで、
すぐに寝室に戻っていきました。そのあと本当に寝ていたかどうかは分かりませんが」
彼女は笑いながらそう言った。
ああ、良かった。
そうだ、そんなはずはない。
そんなはずは、ないのだ。
だって彼女は、『違う』のだから。
ふう、と自分を落ち着かせるようにため息をついて、
『保険屋』はこう続ける。
「それから?」
まるで、何ごともなかったかのように。
「その晩主人が返ってきてから話したんですけど、途中で事故に遭いそうになったそうで…。
主人は安全運転で走ってはいたらしいのですが、交差点でものすごいスピードで、
しかも赤信号なのに突っ込んでくる車がいたみたいで。
とっさにブレーキをかけたので何事もなかったようですが…
私はその話を聞いて怖くなったのですが、主人は笑って話していました。案外ああ見えて、肝が据わっているのかもしれませんね」
「何もなくて、良かったですね」
「…ええ、本当に」
良かった。
本当に?
「本当に、良かったです」
彼女が、それまで軽く握っていた手に力を込める。
「こういう時のために、保険に入っておかなければなりませんね」
冗談みたいにそういう彼女の声は、少しだけ震えている。
「ええ、そうですね」
彼女が、笑う。
「固いお話は今日はここまでにして、少しお庭の方を拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」
「庭ですか?もちろん、どうぞ」
彼女は進んで了解してくれた。
その声は、もう震えてはいない。
―
「おお、これはすごい」
一面に、色とりどりの花が咲いている。
赤、青、黄色、紫…
それら地面を彩っている一つ一つの植物たちは、彼女の手によってよりいっそう輝いている。
空に向かって、それらは何一つ迷いなく空へと伸びている。
住居の敷地の、半分以上を占めているのではないかとも思われる、
ちょうど開けたテラスから望むことのできるその庭は、
誰かさんの広大で、包み込むような優しい心そのものを体現している。
まるでそれは、永遠に枯れることを知らないような。
いつの日か、雲まで到達してしまいそうなほどに。
「これ、全部をあなたが?」
「ええ、そうです。一日の半分くらいこれに費やしているような気もしますけれど、
好きなことなのでまったく苦にならないんです」
「花たちもこれだけ愛されて育てられたなら、幸せでしょう」
「ありがとうございます、本当に、そうだと良いです」
テラスに立った彼女が、空中を舞っている花びらに向かって手を伸ばす。
やがてそれら命の断片は、育て主である彼女の指先に、吸い寄せられていく。
その姿が、やがて沈んでいく陽と、
それを飲み込もうとしている、はるか彼方の地平に重なる。
まるで花のように色づいたその姿は、
そのまま絵画に残しても全く遜色がないほどに、
ここから見下ろす花達と対になって、空に映えている。
「本当に、綺麗だ」
「…え?」
「花が、です」
嘘だ。
「…ときに、保健屋さん」
「はい、何でしょう?」
「あなたの…その…亡くなられた、奥様も、私ほど花が好きでしたか?」
その、質問とも確認ともとれるような問いかけに、
ちょうど良い回答など見つからない。
「いえ、さすがにここまでは(笑)」
これは、本当だ。
「そうですよね(笑)」
ああ、心地良い。
「ぜひ、一緒に話をしてみたかったものです」
「ええ、もし叶うなら。きっと妻も喜んだことでしょう」
だからこそ。
「もし生きていたら、まっさきにここへ連れてきます」
「ええ、もしそうだったら、その時までに花壇をもっと…あと四つは増やしておきます」
この心地よさが。
「今もこれだけあるのに、もっとですか」
「ええ、ええ。そして、二人で…あ、三人で花の話に花を咲かせるんです」
この優しい時間が。
「誰がうまいこと言えと」
「ふふ」
終わってしまうその瞬間が。
「私も、もし―」
「はい?」
死ぬほど、怖くて。
「もし、生きていたら、会いたかった」
「ええ。…そうでしょう」
死ぬほど、悲しくて。
「もし、あなたのご主人と、お子さん達がー」
「主人と子どもたちですか?きっともうすぐ帰ってきますよ、
あっそうだ、帰ってきたらご挨拶―
死ぬほど、残酷で。
「 ―生きて、いたなら 」
その瞬間、時が止まる音がした。
それは、文字通り時計の針が止まるような音で。
横に立っていた彼女の心音が止まるような、微かな音で。
今まで終始笑顔だった彼女の表情が、一瞬にして凍る。
敢えて口を開かないでいると、彼女がその表情のまま、
ゆっくりと口を開く。
「…………ええと、今 何と…?」
「あなたのご主人と お子さんたちが」
丁寧に、そして故意に一つひとつの文節を区切るようにして言う。
「生きて いたなら 会いたかった」
ただ、事実だけを伝えるように。
できるだけ、何の感情も込めずに。
「………………………………は?」
「ですから」
ごめんなさい。
「あなたの ご主人と 息子さんと 娘さんが 亡くならずに 生きて いたなら 今日 会いたかった」
本当に、ごめんなさい。
「…何ですって?」
彼女の声色が、明らかに変化した。
今までの、包み込むような優しい声とは全く違う、
確実に、こちらに敵意をむき出しにしているような声。
怯んではいけない。
止めてはいけない。
「ですから」
だから、もう一度。
「こうつうじこで
ぜんいん
いっしょに
しんだはずの
あなたの
ごしゅじんと
むすこと
むすめが
もし
あのとき
しんでいなかったら
たすかって
いきていたら
きょう
これから
あって
おはなし
したかっ―
その瞬間、
顔面が吹っ飛ぶほどの衝撃が飛んできた。
彼女の右手が、彼の左頬を容赦無い勢いで打っていた。
どこかの空で、鳥の鳴く声がする。
あんなに早く沈んでいるように見えた陽も、今この瞬間だけは静止して見える。
「……談…と悪…冗…が……」
「はい」
「言っていい冗談と悪い冗談があるって言ってるのよ!!!!」
彼女の容姿からは想像もできないほどの怒号と、
やがて、二発目の衝撃音。
赤く腫れ上がったその頬に、
先ほど以上の痛みが加えられる。
ああ。
きっとこれは罪の痛みだ。
飛空士の誰もが負わなければならない、罪の痛みなんだ。
「あなた、なに。何なの。ふざけているの。なんでそんなこと言うの。
何様なの」
彼女はすでに、平静さを保っていない。
こちらは、ただ真実を伝えただけなのに。
「もしご理解いただけなかったようでしたらもう一度」
「言ったら二度とその口を開けないようにしてやるわ」
ぶたれた頬が、今だけは限りなくゆっくりと沈んでいく陽と、
陽が溶けていく空の色と見分けがつかなくなる。
「お願いです、私の話を聞いてください」
「生きている人を死んでいるなんて。よくもそんなことが言えるわね。
何も聞きたくないわ。今すぐ出ていきなさい」
後ろ手で、気付かれないように懐に入れていた端末の電源を入れる。
「だめです。あなたは聞かなければならない」
「だから!!今すぐ出ていきなさいって!!言ってるの!!!」
限りなく0に向かって静止していった時間が、
ゆっくりと1に向かって動き出す。
彼女が玄関を指さして、その勢いでまた振り上げた手を、
今度はそれが振り下ろされる前に、がっちりと掴む。
「あなたは、思い出さなければならない」
彼女が何か言葉を発する前に、
今度はこちらが立て続けにまくし立てていく。
「あなたを、待っている人がいる」
彼女が、今度は足を使って攻撃を加えようとする。
なんとかそれをかわしながら、
やはりきわめて冷静に、事実だけを伝える。
非情に残酷な、事実だけを。
「依頼主の、名前は―」
「あなた保険屋なんて言ってたけど本当は誰なのよ!今警察を―
「●●●●●●●●」
通報するためにテラスから中へ走っていった彼女の、今はもう小さく見える背中に向かって、
とある名前を叫ぶ。
その瞬間、彼女の動きが止まった。
そして、こう言うはずだ。
「知らない」
そして彼女は膝を震わせ、やがて立っていられなくなり、
その場にくずおれていく。
ああ、本当に。
本当に、ごめんなさい。
「そんな名前、知らない」
「いいえ、知っているはずです」
あれだけ荒げていた声は、
いつしか生気のない声に変わっている。
「嫌」
「知らないなんて、言わせない」
今度はこちらが、声色を変えてそう言う。
それに反応して、地面に向かって垂れていた彼女の頭が、
ゆっくりとこちらに向かって起き上がってくる。
「………あなた、誰なの」
一羽の鳥がまた、どこか遠くの空で鳴く。
「私は―」
悲しそうに。涙を流すように。
「―飛空士、アレン・フランツです。あなたを、連れ戻しに来ました」
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