AIRS 02



遊び疲れた二人が、彼女のひざの上で寝息を立てている。

彼女は二人が起きないように、その髪をそっと撫でる。


「さすがに、疲れてしまったようだね」


「もう、あなたも子どもみたいにはしゃぎすぎよ。いい歳なんだから」


「いや、まだまだ……と言いたいところだが、さすがに腰が痛い。あと腹も痛い。」


「すっかり糖分もカロリーもオーバーね。一日分の許容量をはるかに超えてるわ」


「ああ、さすがに食べ過ぎた。あの子達が喜んでる顔を見てるとな、満腹中枢がおかしくなってしまうよ」


「私も明日からは少しダイエットね…。あなたに体重だけは負けないようにしなきゃ」


「体重だけって…そのお腹じゃしばらくは勝っていられそうだ」


「そうね…この子がいる間は、私は永遠に勝てないかも」


「どう、聞こえる?」


「うん、聞こえる」


「動いてる?」


「ええ、動いてる」


「蹴ってる?」


「アハハちょっと何よ、気になるなら触ってみればいいじゃない」


我慢していた彼女が耐え切れず笑って、

彼がすこしむっとした顔をするが、彼女は全く気にしない。


「…わかった」


彼の大きな手が、彼女のお腹にそっと触れる。

いくつもの命を支えてきたその手が、新しい命に触れようとしている。


「どう…?」


「うん、聞こえる」


「もう触ってるのに?」


「それに、動いてる」


「うんうん」


「蹴ってる」


「アハハ!」


「な、なんだ、何がおかしい」


「いやアハハ、だ、だってあなた、私の言ったこと、アハ、繰り返してるだけじゃない」


「しょうがないだろ、だってその通りなんだから」


「アハハ、ハ、ふ、ふう…ごめんね、笑いすぎてびっくりさせちゃったかしら」


彼が優しく触れているお腹が上下して、

触っている彼の手も一緒に上下する。


「笑って生まれた子だから、スマイル、なんて名前はどうだ?」


「なあに、名前の話?というか何なのそのネーミングセンスは」


「一応、考えておいた方がいいだろう?」


「そうね……でも、もう決めてあるの」


「え、本当かい!?」


「本当よ。ていうかあなたにもこの前話したじゃない」


「あ、ああ…そうだったっけ」


彼が頭を掻いて、忘れていたことを誤魔化す。

でも彼女はそんなことはすぐに見破って、笑って答える。


「そうよ、話した」


「ええっと、確か、君の好きなとある国の花で…」


「そう、ちゃんと覚えてるじゃない」


「一応ね。でも本当にそれにするの?」


「そうよ、なにか不満?」


「……いいや、とても良い名前だよ」


「良かった」


彼女が、お腹の上に添えられた大きい手に自分の手を重ねる。

確かにそこには、これから生まれてくるはずの新しい命がある。


「そう。男の子でも、女の子でも。

きっと元気に生まれてきてくれる、


この子の名前は―





―桜(さくら)、よ。

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