10話 雨
「なっ、ななななんてこと言ってるのよ、こんなときに!」
「こんなとき、だからじゃないかな」
顔を真っ赤にし、慌てふためくように文句を言う莉瑠に、やっと言えたことで気が楽になった美理は、しれっと言い返す。
「チーム内の恋愛とか、ダメ! 禁止、禁止ーっ」
熟れたトマトほど赤くなった顔のまま、莉瑠は手を交差させバツを作り訴える。
「なんで?」
「なんでってその……、風紀的な意味で!」
これで兵太がOKをし、晴れてふたりが付き合うことになったら同室としては気まずいだろう。他の3人を尻目にイチャイチャされていたらたまったものではない。
「これから死地へ赴くっていうのに風紀もなにもないでしょ」
それも否定できない。生きていられるとは限らないのだったら、言いたいことがあるなら言ってしまえばいい。その後悔を残すかどうかは自分次第。
「ちょっと待ってヨ! ヘータに目をつけてたのはワタシのほうが先なんだかラ!」
ここでデボラが割り込んでくる。
兵太との出会いの順で言えば、デボラのほうが先だ。だが告白などしていたわけでもないし、ただ単に他のドライバーと比べると極端にベタベタしていただけだ。
「あーっ。じゃあルーも兵太が好きね!」
ここで何故かルーリィまで加わってくる。それに対して兵太がギョッとした。
「ち、ちょ、あの、あのさ、ちょっと俺、話が全く見えないんだけど」
「よく見なさいよ! あなたのことでしょ!」
「いやむしろ見たくない……」
兵太は顔をそむけてしまった。とことん奥手な少年である。
彼はフェルミオンに夢中なため、今まで他に目を向けることがなかった。もちろん恋愛に対しても。
特にレースとなれば女子供だろうと容赦しない。全員がライバルなのだ。
といっても寝られるわけでもなく、突然の告白に心臓が暴れっぱなしだ。
「それで、ミリはヘータのどこが好きなノ?」
どうやら話は終わっていなかったようだ。
「えっ!? ……えーっと、いつも一途に頑張っているところとか、かな?」
「あっ、ワタシもヘータのそういうとこ好キー」
「じゃールーリィは?」
「ノリがいいとこね。あと日本国籍欲しいね!」
動機はかなり不純であるが、結婚まで視野に入れていることに美理たちは戦慄する。もちろんいつの間にか輪に加わっていた莉瑠も。
「あ、あなた中国が好きなんじゃなかったの?」
「好きねー。だけど歳をとったら日本のほうが暮らしやすそうね!」
どうやら彼女は好みよりも実を取るタイプらしい。
あまりにも不純な動機であるが、危険な相手には変わりない。あっけらかんとしているルーリィを苦々しい顔で美理とデボラは見る。
それにしても一番気まずいのは兵太だ。せめて本人のいないところでやってもらいたいものだ。彼女らは彼がいるということを忘れているのではなかろうか。
今日、たくさんの仲間が死んでいる。しかしそれは口伝いに聞いただけでいまいち実感を持てなかった彼らは、別の理由で眠れずにいた。
むしろ恋愛話などをすることで、仲間の死から逃れようとしているのかもしれない。こうした余計な話で現実から目を背けている。そんな感じも受けられる。
だがそれも悪いわけではない。この戦いが終わってからもまた、同じ会話をできるとは限らないのだから。
翌日の朝、脱退者が続出。結局残ったのは、兵太たちAチームと、それに別ルートへ向かった2チーム。あとは昨日の生き残りからひとりだけの計16人だけだった。
「きみは……
「あっ、はい! 桜
ひとりだけ残った少女に兵太が話しかける。知り合いというわけではないが、見た目と名前、そして戦歴くらいは知っている。レースで勝つためには情報も重要なことだ。
「昨日あんなことがあったのに、よく行く気になったね。別に責めてるわけじゃないんだけど……」
「わかってます。だけど私は先頭を飛んでいたし、とにかく全速力で駆け抜けたから……」
仲間が死んでいく様を目の当たりにしていたわけではなかったため、精神的ダメージが他のみんなより軽微だったということだろう。その点に関しては兵太たちも同様である。
ショックがないわけではない。ただ単に実感が沸かないだけなのだ。人の死に対する経験がないし、実際に死体を見たわけでもない。ひょっとしたらまだ生きているかもしれないという淡い期待で正気を保っているのかもしれない。
彼らにも余裕があるわけではない。だからこれから先のことを考えるという、ある意味逃げのような形で目を背けているという可能性もある。
どちらにせよ、彼らがやらねばならないのだからそれでいいのかもしれない。酷であっても、やってもらうためにはどんな形にせよ正気でいてもらいたいのだ。
「────少し、波が荒いわね」
「天気も崩れてきたな。どうする? 高めに飛ぶか?」
準備が終わり、これから飛ぶときに海を見た莉瑠が顔をしかめた。
「いいえ、高さは10メートルから15メートルを維持。高い波が来たらそのとき臨機応変に。但しすぐ20メートル以下まで降りること」
莉瑠の指示に兵太たち以外の2班も頷く。
もうすぐ柱の傍なのと、人数が減ったため、今までのように班ごとでバラバラに飛んでいたのをやめ、話し合うことにした。
最短コースを全員で飛ぶというのも手であるが、もしなにかしらの原因により『虫』が襲ってきたら全滅する可能性が出る。
そのためそれぞれの班で3つのコースを飛ぶことになった。
タイムの遅かった班が、最短の直進コースを。その次が一度外洋へ向かう遠回りコース。そしてもうひとつが宮崎へ向かい海岸を沿うように飛ぶコース。
『虫』は陸から離れるほど数が減る。つまり海岸沿いが最も危険なコースとなるのだが、それはもちろんA班の役目だ。
自惚れや見下しではない。これが最善……一番犠牲を減らせるからだ。これ以上誰にも死んで欲しくない。仲間の死に実感できなくとも、そのことについて考えてしまう。
「……少し、降ってきたわね」
莉瑠が忌々しそうに空を見上げる。微かだがバイザーゴーグルにも水滴がぽつぽつと付いていた。
フェルミオンは雨天を想定して作られていない。レースでは雨が降ると海が荒れて危険なため延期になるからだ。
それに、エアスクリーンによりドライバーが雨に濡れることはないが、機体にどのような影響が表れるかは不明である。
「安全を考慮するなら止むまで待ちたいところなんだけど……」
「種子島まで1時間半と見積もって……大丈夫。この雲の動きなら少なくとも宮崎までは行ける」
「なら全員で海岸ルートね。海を渡るよりも安心だから。ただ……」
危惧しているのは、知らない別の『虫』がいる可能性だ。今助けられている虫のルール────サイズのことや高さが通用しないものがいるかもしれない。
今までそういった特殊なものと遭遇しなかったのは、『杭』から遠くへ離れられないからという理由であれば納得がいく。
「デボラ、もっと『虫』に関しての情報が欲しいわ」
「ワタシも前に言ったこと以外は知らないノ」
「ということは、『虫』に別種は恐らくいないということね。だったらみんなで宮崎まで行きましょう」
臨機応変に安全策を取るのも重要だ。世の中段取りどおりにいかないことのほうが多いのだから。
ただ今回の場合、最も怖いのは他人を巻き込む或いは他人から巻き込まれることだ。自分さえよければいいは通用しない。
しかしそんなことで疑心暗鬼になっていては一向に進まない。今まで散々レースをやってきた彼らができるのは互いを信頼することだけ。
そして16機のフェルミオンはゆっくりと宙を舞っていった。
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