9話 逸していた現実

「さて、どうするか」

「三重に向かおうよ。鈴鹿サーキット見たい!」

「おっ、それいいな! 賛成!」


 兵太と美理が盛り上がる。

 鈴鹿サーキットは地上のレースなため毛色が違う。それでもやはりレースであり、心躍るものだ。

 特に両者ともカート出身だから興味がないわけがない。


「あなたたちね……。まあいいわ。かなり遠回りだけど海へ出るのに大阪を通るわけにはいかないし」


 大きい都市の上空は特に『虫』が多く飛び回っている。それに墜落する可能性があるなら人の多いところは避けたい。となると琵琶湖から土佐清水までとは反対方向になるが、三重から海へ出るのが最も安全である。


「奧分さーん」

「なにかしら」

「えーっと、そっちのチームはどういうルートから行くのかなって」

「私たちは三重から海に出るわ。安全を考慮して……」


 莉瑠は地図を開き、ルートを説明し始めた。それを書き留めている他のチームの娘たち。



「なんか奧分、少し丸くなったか?」

「よくそんな失礼なこと言えるね、兵太君は」

「えっ? ……あっ、いや性格的なものだよ! なんか当たりが柔らかくなったっていうか……」

「あはは、わかってるって」


 他のチームの少女へ丁寧にルートを説明している莉瑠を見て、兵太は少し変わったことを感じた。

 突然というわけではないが、佐渡での一件以来必死さがなくなったというか、いい具合に皆と打ち解けようとしているようだ。


「あんときなにかあったのか?」

「んー?」

「いや、やっぱいいや」


 聞いたところでどうなるわけでも、なにかできるわけでもない。今いい状態なのだからそれでいい。


「待たせたわね。さ、行くわよ。今日から町の上空を飛ぶことが増えるかもしれないから、本当に気をつけないと」

「わかってる。初日に決めたフォーメーション通りで行こう」

「とかいってヘータ、飛び出しチャウんじゃないノー?」

「やらねぇよ。人の上を飛ぶことになるんだ。俺らが落ちて終わりじゃ済まされない」


 兵太もちゃんと区別くらいはつく。それを聞いた4人も気を引き締め、それぞれの機体に乗り込んだ。






「うーん、なんだろうな」


 土佐清水に着いた兵太たちが見たものは、泣いている数人の少女たちだった。

 ただ泣いているというより、泣き崩れているという表現のほうが正しいだろう。


 それに一体どのルートを通ったかわからぬが、明らかに人数がおかしい。兵太たちは遠回りをしているのだから、恐らく最後に着いているはずだ。なのにかなり少ない。


「なにがあったの?」


 莉瑠が聞いても答えない。無視しているというよりも、聞こえていない感じだ。よほどのことがあったのだろう。



「一体どうしたのさ」


 美理が比較的マシな状態と思われる少女に訊ねた。すると少女は涙を拭いつつも嗚咽をこらえ、ぼそぼそと話しだした。


「…………みんな……死んじゃった……」

「えっ……」


 聞けば、彼女らは近いという理由で大阪上空を通ったらしい。

 上空を通っても速度的には虫よりも上なため、引き離せばいいと短絡的に考えていたのだろう。しかしそれはあまりにも無謀だった。


 大阪上空の『虫』の数は100万ほど。しかも常に飛んでいるわけではなく、ビルなどに隠れているのも多い。

 そのせいで彼女らは見誤ったのだろう。言われるほど数はいないと。


 確かに後ろから来られれば引き離すことはできる。しかし敵は追うばかりではない。正面からも襲ってくる。

 慌てて逃げようにも、更に上空へ逃げるのは最悪だ。安全地帯である地上20メートル以下へ向かうにも、速度を落とせば捕まるため大阪のビル群で時速400キロ以上のまま突っ込むことになる。減速が苦手なフェルミオンでそんなことをやったら壁か地面に激突してしまう。

 そしてここに勘違いがあった。一度ロックオンされたら20メートル以下だろうが追ってくる。上手いこと減速して高度を下げたのに襲われたものもいた。



 兵太たちAチームを追って来た他の2チームは全員無事。しかし最短距離を向かった5チームの犠牲者数は11人にもなった。

 5人1チームなのだから、半数近くが犠牲になってしまったわけだ。



「……もうヤダ……。帰りたい……」


 うずくまっていたひとりの少女がぽつりと呟く。それを聞いた莉瑠は、少女を睨み付けながら近寄り、掴みかかって顔を強引に上げさせた。


「こうなることくらい予想できたでしょ! なに今更になって! それに手を抜いて大阪を通過しようとした自業自得──」

「おーっとそこまでだ。少し落ち着け!」


 兵太が莉瑠を羽交い絞めにし、引き離す。


「なにするのよ! セクハラで訴えるわよ!」

「勝手にしろ。それよりも色々と言いたいことがある」

「なによ!」


「確かにあいつらにゃあ慢心があったと思う。油断もしていただろう。だからこそ余計に辛いんだ」


 状況を調べ尽くし、綿密に計画を立てたうえでの犠牲だったなら、最善を尽くした結果なのだから仕方ないと諦めもつくだろう。だがロクに考えもせず動いた場合の犠牲に対しては、あのときああしていれば、こうしていればなどといつまでも後悔がまとわりつく。

 自分のせいで死なせてしまうと、それを自分が殺したのと同意だと考えるひともいる。後悔とは文字通り後から悔やむものなのだ。それがこれから一生付きまとう。

 彼女らはこれから一生自分を責め続けるだろう。そう考えたら外野が口を出すことではない。




 その晩、兵太たちの部屋も実に静かなものであった。いつもうるさいルーリィでさえも黙ってしまっている。



「みんな、どうするのかなぁ……」


 美理がぽつりとつぶやくと、それに皆注視した。美理は気まずそうに口をつぐむ。

 兵太たちは別に責めるつもりはなく、同じことを考えていたが口に出していなかっただけで、彼女の意見を聞きたかったからだ。

 だが言葉は続かない。再び沈黙が支配する。



「俺は……最後まで行くつもりだから」


 沈黙からいち早く抜け出そうとしたのか、兵太が言葉にする。

 先ほど同様、皆そちらへ目を向ける。それを見越した兵太は言葉を続ける。


「よく、『誰かがやってくれるだろうからわざわざやる必要がない』ってことを言うやついるだろ。でもさ、結局のところ誰かがやらないといけないんだ。そしていま現状、それができるのは俺たちしかいないんだ。死ぬかもしれないし、死ぬのは嫌だけど、放っておいて生きていられるとも思えない」


 その言葉に頷いたのはデボラだ。彼女もあちらで経験してきただけに、その言葉の真意は理解できている。むしろ彼女こそがそのことを最も痛感していると言える。


「だけど、これは怖いことなんだ。だから逃げても仕方のないことだよな」


 今ならまだ引き返せるし、残るほうとしても早めに決断して欲しい。いるのなら頼りたいところであるが、いないのなら自分でどうにかしなくてはならない。その決断をぎりぎりになってさせないで欲しいのだ。

 行かないなら行かないで構わないが、それならばせめて責任として、答えだけは急いでもらいたい。


「ワタシは……もちろん行くヨ。前回はワタシの躊躇いでたくさんの犠牲を出しタ。今逃げても彼らはきっと責めないけど、それをワタシが許せなイ」

「ルーも行くね。北京も上海も、きっとあいつらにやられてるね。ルーがみんなを助けるね!」

「わ、私も当然行くわよ。きっとお姉ちゃんたちは止めるだろうけど、お姉ちゃんたちの汚名をすすぐのは私のやるべきことだから」


 莉瑠が今まで必死になっていた理由がこれだ。彼女は自分のためにがんばってくれた姉が世間から酷く扱われていることが嫌だった。だから姉の作ったもので自分が世の中の意識を変えたかったのだ。このエンジンがあったからこそ世界が救われたと。


「あはは……えっとえっと、私はー……」


 美理の目が泳いでいる。言い出し辛そうにしているのは兵太たちにもわかった。


「みんなが行くって言ってるところで自分は行きたくないって言い出せない気持ちはわかる。でもな栄都、これは言わないといけないことなんだ。大丈夫、もし栄都が行かないからって責めるやつがいたら、俺が相手になってやるから」


 真剣な顔で兵太は美理の顔を見つめる。


「あっ、いやいや、行くよ! 行くんだけど……」

「だけど、なんだ?」


 美理は顔を赤らめ兵太から視線を逸らし、暫く目を泳がすが再び顔を向ける。


「……私、これだけは残して死ねないんだよね」


 そう呟いた美理は、睨み付けるような真剣な顔で兵太を正面からじっと見る。一瞬こくりと息を飲み、小さく頷くと口を開いた。


「私、兵太君のことが好き」

「えっ」

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