11話 囮

「上空の『虫』の数、やばいな……」


 宮崎へ到達して間もなく、上空が『虫』に支配されていることがわかった。

 今までも見かける程度のことはあった。しかしそれもかなり離れた位置から数匹見える程度のことだった。だが今空にいるのは数えるのもうんざりするくらいの数だ。


 距離にすると1キロも離れていない。なにかあったらいつでも襲ってこられるだろう。皆は体の震えを堪えながら慎重に進む。


『みんな、もっと固まって』

「いや駄目だ! もっと距離を離せ!」


 集まってしまうと、それは動く大きな塊に見えてしまう。 魚の群れのようなものだ。

 それで慌ててばらけようとする。しかしこれが最悪だった。


 平面、同じ高度でバラけていたのなら問題はなかった。しかし上下にまでばらけた結果、上から見ると重なり大きくなったようにも見えたのだ。

 ほんの数秒の出来ごとだった。それなのに目ざとく見つけた『虫』を皮切りに、蛇口をひねったかのように『虫』の大群が連なって降り注いできた。



「くっそ!」

『ご、ごめんなさい!』


 バラけた際、上下に重なってしまった少女が泣き出しそうな声で叫ぶ。しかしもう遅い。非情な攻撃が16機のマシンへ襲いかかろうとしている。


「おい奥分、指示を!」

『えっ、あっ……』

「なんでもねえ! 全員散れ! 全力で逃げろ!」


 どうしたらいいのかわからず固まってしまった莉瑠の代わりに兵太が指示をし、単独で上空へ飛び出す。

 その動きに惑わされたか、『虫』たちは兵太についていこうとする。


「いまのうちに逃げろ! 気を付けてな!」

『わ、私も行くわ!』

「また同じ状況になったらな! 今ここで2人になったところで意味はない!」


 莉瑠を断り、兵太は上空で『虫』を引き付けるため、曲芸のように派手なパフォーマンスを繰り広げる。

 それを追う『虫』の群れは長く続き、それはまるで龍が舞っているかのようだった。


 優雅そうに見える反面、兵太は必死であった。立ち乗りスタンドならばコーナリングGは足で吸収できるが、着座式では荷重が逃げ場なく首に来る。

 だからといって速度を落とせば『虫』の餌食だ。更に加速しなくてはならない。


「こりゃきついな……つっ」


 通常のマシンよりも速い機体で、今までよりも速い旋回を行う。かかる加重は5Gを越え、一瞬目の前が暗くなる。

 それでもまだ直進して引き離すわけにはいかない。せめて10分は時間稼ぎをしたいところだ。


 一旦また上昇をし、降りだしそうな厚い雲の中へ突入する。その兵太に『虫』たちも追随する。

 この中で方向感覚を失わせ、まくことができればいい。だが兵太も中で動き回るわけにはいかない。


 フェルミオン同士であれば互いのセンサーで接近をさせないようにできる。しかし『虫』にはそんなものがないため、目視しなくてはいけない。

 兵太はバイザーに表示されるデータを注視する。高度計、水平計、速度計、様々なデータを一瞬で読み取りつつ、『虫』との距離を開けていく。


 やがて雲を抜け、高高度へたどり着く。空気が薄いせいかエアバリアが弱く、凍える空気が頬をかすめる。

 ここならある程度安全かもしれないが、兵太は再び雲の中へ突入し、『虫』のいる下空へ向かう。


 『虫』から見えない安全な場所にいては囮の意味がないし、こちらからも見えないのでは把握することもできない。兵太は雲の隙間から確認しつつ高度を下げていった。



 それから暫く上空を回ったあと外洋へ向かい、『虫』を誘導する。これだけ時間をかければ大丈夫だろう。あとはどうにか引き離して合流したいところだが、雨のせいもあって視界が悪く、先が見渡せない。これではどこにいるのかもわからないままだ。


 ここで兵太は気付いたことがある。通信電波を利用すればいい。


「おい、誰か聞こえるか! おーい!」


 兵太は叫んでみるが、誰も応答しない。ということは通信が届かない距離まで離れたと見なしていいだろう。これでもう『虫』を引き止めておく必要はなくなったと、兵太は全速力で莉瑠たちを追った。




「────あーあーあー、聞こえるかーっ」

『ぶ、無事!? 無事だったのね!?』

「そんなに叫ぶなよ。誰だ、奥分か?」


 その問いに暫し沈黙。軽く咳払いのような喉を慣らす音が聞こえる。


『……どうやら生きていたみたいね』


 なにを今更取り繕っているんだと兵太は苦笑する。さっきの慌てた口調を塗り替えられるようなものではないのに。


「なんとかな。そっちはどうだ?」

『15人、全員揃ってるわ』


 なんとか無事逃げ切れたようだ。位置を確認したいところだが、やはり雨でよく見えない。雨のことを考慮していないフェルミオンの欠点ともいえるもので、前方から空気を取り入れるエアバリアが雨水も吸い込んで、まるで目の前に蒸気機関の煙突でもついているのではないかというくらい視界を塞ぐ。


「そっちはあとどれくらいだ?」

『あと60キロ程度ね。待ったほうがいいかしら?』

「いや、そのまま行ってくれ。ぎりぎり追いつくかもしれない」

『そう、わかったわ』


 そんなことを言いつつも、兵太のいる場所からだと80キロはある。無理だろう。



 結局兵太が合流できたのは予定通り種子島に着いてからだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

フェルミ・ストライカーズ! 狐付き @kitsunetsuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ