7話 チーム
Aチーム(タイムアタック順)
加瀬戸 兵太 ────小雲雀
奧分
デボラ・V・ダーウィン────ユニコーンA04
掲示板に班の振り分けが表示される。速い人と遅い人を混ぜるようなことはせず、そのまま着順で決まっている。同じくらいの実力のほうがバランスが取りやすいからだろう。
「こういう組み合わせできたか」
「まーワタシはこーなると思ってたよ」
奥分妹──莉瑠は言うだけのことはあって速かった。といっても兵太のほうが圧倒的に速かった。
レースになったらどうなるかわからないが、少なくともタイムアタックにおける勝負であれば一位二位は不動といえるほどの結果である。
「おー、栄都ー」
「やあやあ兵太君じゃないか。久しぶりー」
キョロキョロと周囲を見回していた少女、栄都美理に兵太は声をかける。
美理は小走りでやって来て、ニコニコと笑顔で顔を寄せる。同じチームになる兵太を探していたのだろう。
「各県代表のメンバーが集まってんのに上位かよ。ちょっと前までせいぜい中堅だったのに」
「へへー。これでも頑張ったからね。兵太君だってトップじゃないかぁ」
「まあ、いつも通りだろ?」
「うん、いつも通り、だねっ」
子犬のようにまとわり付き、笑顔を振りまいていた美理は挨拶を終えるとまたどこかへ行ってしまう。その様子を見ていた莉瑠が訝しそうな顔で兵太に話しかける。
「あなた、結構顔が広いのね」
「そりゃ
自動車レースなどと違い、フェルミオンは狭き門だ。認可を受けたチームでないとフェルミオンを所有できないし、チームの所属人数にも限界がある。
そして他のレーシングスポーツと異なり女性が多いからといって、それに比例して男も多いというわけではない。通常ならば9対1以上で男のほうが多いのだが、フェルミオンに限っては6対4……今となっては3対7で女性のほうが多い。
「そういや奧分、お前レースじゃ聞かない名前だな。今までなにしてたんだよ」
「……教える義理はないわ」
莉瑠はぷいと横を向く。
とはいえなにをやっていたかはここに来ているほとんどの人間が知っている。今自分たちが乗っているマシンのエンジン、オープンチャームのテストドライバーをやっていたのだ。
普通テストドライバーはそれなりに経験を積んだものがやるのだが、無名の彼女は身内だからという理由でやっていただけに過ぎない。
本来ならばそういった人物は侮られるのだが、先ほどのタイムを見ればその実力も窺える。
彼女には他になにかがあるかもしれない。兵太はふとそんなことを考えてみた。
しかしきっと彼女は答えてくれないだろう。これから数日同じチームとして動くことになる。その間になにかわかるのではと高を括る。
フェルミオンレーサーはとにかく相手のことを調べようとする癖がある。敵を知り己を知れば──というのもあるが、モータースポーツは命のやりとりに近いため、少しでも相手のことを知っておきたいのだ。
兵太の莉瑠に向けるそれもいつものことだ。自らにはそう言い聞かせている。ただ、いつもとは少し違うような気もしていたのだが、それについては深く考えないようにした。
「────って、ちょっと待ておい!」
チームは同室で過ごすことが決まった。長い付き合いではないため、お互いをより短時間でわかりあうにはそれしかない。
誰をリーダーとし、どういう編成で飛ぶか。そんな話し合いもいつでもできる。今回のように時間がない場合、多少強引でもこれが一番である。
「なんか問題でもある?」
案内した女性自衛官が、不思議そうな顔で兵太を見ている。
「そりゃあるだろ。俺だけ男なんだぞ」
「んー……大事の前の小事でしょ。それに女4人もいりゃあ下手なこともできないだろうし、逆にやられるのがオチだよ」
「ハナっからしねえよ!」
「だったらいいじゃない。なあに、同じ年代の女子4人と同室で過ごすなんて滅多に味わえない経験だぞ」
こいつにはなにを言っても無駄だ。兵太はそう思い大きなため息をつき諦める。
「そんなことで駄々こねて。子供じゃないんだから」
莉瑠がわざわざ馬鹿にするようなことを兵太に言うが、兵太は呆れたように答える。
「……だったらお前、俺に寝顔見られても平気なのかよ」
「えっ!? ……そそ、そんなの、べ、別に構わないわよ減るわけじゃないんだし」
「おーぅそうか。じゃあだったら俺も同室で問題ないよ」
「か、勝手にすれば!」
莉瑠は顔を真っ赤にさせてそっぽを向く。クールを気取ろうとしているのだろうが、顔に全部現れている。
面倒くさいやつだなと思いつつ部屋に入ると、兵太は莉瑠に突き飛ばされて隅に追いやられた。
「ってえな、なにしやがんだ!」
「あなたの居場所はそこだけ。少しでも出たら痴漢で訴えるから」
「はぁ? ふざけんじゃねえぞ! こんなところでどうしろってんだ!」
「女4人に男1人。だからあなたの居場所はこの部屋の5分の1。公平じゃない」
全然公平ではないことに兵太は苦情を申し立てる。10畳ほどの部屋だから、居場所は2畳くらいだろう。トイレよりはマシだが、これはさすがにあんまりだ。
「ワタシは別にヘータだったら構わないヨ」
「えっ」
デボラが別に大したことじゃないように言うと、信じられないような眼を莉瑠は向ける。
「ルーもいいよー」
「ええっ」
「まあまあ兵太君だし、私もいいんじゃないかなっと」
「えええっ!?」
これで完全に形勢は逆転。部屋の80%を兵太は好きに動き回れる。
「子供じゃねえんだから駄々こねんなよ」
「ぐっ……。わかったわよ、勝手にすればいいじゃない!」
さっき自分が言ったことをそのまま返され、莉瑠は悔しそうな眼で兵太を睨む。これにはさすがに兵太も苦笑いで返すしかない。
「……あなた、意外に信頼度高いじゃないの」
「まぁ、日ごろの行いじゃね?」
くやしそうな顔で話す莉瑠に、へらっと笑いながら兵太は答える。
そうは言ってみるものの、兵太は別にこれといったことをしているわけではない。むしろ彼女たちに対してはなにもしていない。
逆になにもしていないからこそ無害な人物だと思われている可能性が高い。彼にはまだそういうのは早いのだろう。
「じゃあフォーメーションを決めよっか」
「そうだなぁ。俺が先頭で、上後方に奧分、その下がルーリィ。デボラと栄都は左右でいいんじゃないか?」
「何故あなたが先頭なのよ」
「そりゃあ俺が一番速いからだよ」
タイムアタックの結果、兵太が一番速いことは証明されている。自分が前に出たいという理由としては尤もなものだ。
「これは個人の速さを求めるわけじゃない。チームワークなのよ。それにあなたのマシン、空気抵抗が大きいせいで周りに変な風発生させるのよね」
「あー、それルーも思ってたー」
制動性を高めるため、空気抵抗を大きくしたせいで乱気流が起こっているのだ。これによる兵太のマシンへの影響はないのだが、周囲にいるマシンにとってはかなり嫌なものだ。
カルマン渦によって橋が壊れたという事例もある。不安要素は少ないほうがいいだろう。
「でも速い俺が後ろってのもなぁ」
「だからチームワークを考えなさい。先頭だろうと後方だろうと、みんなと同じペースで飛ばないといけないのよ」
情報によると数千万もの『虫』がいる。できるだけ遭遇しないよう、もし発見されたら攪乱させつつ進み、凡そ2000キロ先の『杭』へ到達しなくてはならないのだ。ひとりでどうにかできるわけがない。
「……あなたはひとりで突っ込みそうだから一番後方。先頭は私と──デボラ、お願い。それで左右後方に栄都さんとルーリィ。これでいいわね」
「別にいいけどよぉ」
「なにか不満でも?」
「いや、そんなに仕切るんだったらこの際リーダーもやってくんねえかなって」
「別に構わないわ。でもあなただってやりたいんじゃないの?」
「わりぃけど俺、人に指図すんのとかめんどくさいんだ」
兵太は目立つことや前に出ることを好むが、リーダーなどは好まない。彼が言う通り面倒だからだ。
頭を悩ませてみんなのことを考えるくらいなら、誰かの指示に従っているほうがずっと楽だ。
だからといって先導するものが誰であってもいいわけではない。なにも考えない相手に従うのは大変では済まないものだ。
それを踏まえての莉瑠だ。色々と偏っていそうだが、根は真面目そうなため問題ないと判断している。
対『杭』で考えればデボラが適任だが、彼女が雑な性格なのは兵太もよく知っているため除外していた。
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