6話 タイムアタック

「は? レース? 俺は望むところだけど、また呑気な……」

「これは遊びではなく、チーム分けのためです。これからは5人ひと組で行動してもらいます」


 レーシングドライバー諸君が集まっていた理由がこれであった。


 理由はともあれ、レースだ。兵太は少しうれしそうに着替える。


 フェルミオン用レーシングスーツは色々と変わっている。空を飛ぶといっても海上であるため、ウェットスーツや水着に近い。

 男子の主流はウェットスーツ型で、女子は競泳水着型で腰にパニエのようなフリルを巻くのが主流になっている。共通しているのは薄いハードシェルバックパックとライフジャケットが一体になったベストを着ていることくらいだろうか。

 あとはグリップサポート用のグローブと、スキー板のように機体へ足を固定するブーツもあるが、着座式である兵太はどちらも着けていない。


 その他に視界を遮ることなく情報データを視界へ表示させる、ヘッドフォン一体型のバイザーゴーグルを着ければフェルミオンドライバーの完成だ。




 兵太が着替え終わり、外へ出ると女子たちもほとんどが着替え終わり外へ出ていた。その光景を見て思わず視線をそむけてしまう。

 圧倒的女子率を目の当たりにしたというのもあるが、女子のフェルミオン用スーツは少々扇情的でもある。

 セクシーというよりも可愛らしい感じなのだが、それ故にいやらしく感じるという部分も存在するのだ。全てスカートのようなフリルが悪い。

 

 だがレースが始まってしまえばそんなものは関係ない。兵太にとって目の前にあるのは他のマシン動く障害物でしかないのだから。


 マシンを準備していると、山からいくつかのレーザーラインが上がった。通過するのは3か所で、九度山から朱屋朗山、ピヤシリ山。スタートとゴールはこの基地だ。そこを3周し、一番速いタイムで競う。



「レースっつーから少し期待したけど、ただのタイムアタックじゃねえか」

「陸上だから少しでも危険を減らしたいんでしょ」


 兵太の独りごとを拾うかのように近くの少女が答える。


 フェルミオンのレースは普通海上で行われる。平面ではないため接触することはロードレースとは比較にならないほどない。それでもなにかしらのトラブルが起こり墜落はするものだ。

 だからドライバーがすぐに機体から体を離せるようにする意味も含めての立ち乗り型スタンドタイプであり、背中の薄型ハードシェルバックパックはただの飾りではなく、グラフェンを用いた超薄型パラシュートが搭載されている。

 更に通常のレーシングスーツのようなものではなく、競泳水着ワンピース調のスーツも水中で身動きが取れるようにであり、全て意味がある。決してスポンサー獲得しやすいからという理由だけで着ているわけではない。


 とにかく、フェルミオンのドライバーが今の姿になっているのは、全て海上飛行であることが前提となっているためなのだ。陸の上空ではできる限り危険を避けるべきである。

 ちなみに兵太のマシンの場合は脱出装置が備わっており、モノコックごと射出される。



「ま、いいか。じゃあ俺が一番最初に行くとすっかな」

「おっ、いいねえ男の子。さすがだねっ」


 誰が先頭を切るか牽制しあっている中、兵太は軽く柔軟体操をしながら前へ出る。そして女性自衛官に向かい振り返り、にやりと笑う。


「どうせ俺が一番速いんだしな。追い付いて後ろからせっついたらかわいそうだろ?」


 兵太の言葉が皆の闘志に火をつけた。彼女らもレーシングドライバーであり、負けず嫌いなのだ。

 いくつかのレースで勝負したことがあり、兵太の速さを知るものもそれなりにいる。だがこう言われてしまったら是が非でも勝ちたくなるものである。

 特に今はオープンチャーム01のおかげで女子のほうが速い。兵太のニューマシンは未知数だが、勝てる可能性はあるだろう。


「……じゃあ次は私が行くわ。追いかけまわして泣かせてしまうかもしれないから先に謝っておこうか?」

「上等だ奧分妹。永久に追いつけないほど引っ剥がしてやる」

「ルーも行くねー!」

「ヘータ、ワタシとも勝負ヨ!」


 大人気である。皆が皆、兵太を追いかけまわそうとしている。モテモテだ。

 ただし彼女らの目に光るものは、恋する乙女的なものではなく、隙あらばぶっ潰すくらいギラギラしたものであるのだが。



 兵太に続き、続々とマシンへ乗る少女たち。兵太のマシンの発射台ローンチパッドが上空へ向けられ、一気に射出された。


「えっ!?」


 奥分末妹他、驚く女性陣。今のフェルミオンの主流は立ち乗り型スタンドタイプだ。カタパルト射出なんてしたらドライバーを置き去りにし、マシンだけ吹っ飛んでしまう。

 だが兵太のマシンは着座式である。背中に体重を預けられるため、急加速でも問題ない。


 面を食らったのはその一瞬。奥分末妹を始め、デボラたちは急いで上昇させ、兵太を追うため加速していった。




『あら、口先だけは速そうだったのに、がっかりだわ』


 奧分から通信が入る。レーダーマップを確認すると、兵太と重なった位置にポインターが表示される。彼女は今、兵太に追いつき真下を飛んでいた。


「加減してんだよ。圧倒的過ぎたらやる気なくすんじゃないかなと思って」

『今から言い訳? みっともない男ね』


 兵太は少し顔をしかめた。確かに言い訳のようなものだからだ。手加減というよりも、全開で動かせていないのは間違いない。着座式のコーナリングにまだ不安があるのだ。

 こればかりは場数を踏んで慣れるしかないのだが、今はそうも言っていられないようだ。


「わかったわかった。んじゃ次曲がったら全開出してやるよ」

『期待しているわ』


 兵太は少し加速させ、レーザーラインへ向かう。やや大回り気味の進路を取り、操舵ステアリングバーを傾ける。

 機体のサイドにあるスラスターから微小放出が行われ機体が傾き、大きな円を描くように曲がっていく。

 奥分はその下から内側のコース取りをし、コンパクトに曲がろうとしている。


 先にレーザーラインを通過したのは奥分。だがまだ曲がりきれていない。兵太は曲がりきった地点からレーザーラインを狙う。

 ふたりのラインが交差する。


『ちょ、はうぅ!』


 突然のことに奥分は声を出してしまう。

 レーザーラインを通過し、加速勝負を始めるところで兵太のマシンから受ける質が変わった。

 空気抵抗の大きいマシンが空気を切り裂く……というよりも、空気を叩き切っているといったほうがいいかもしれない。剃刀ではなく、鉈のような荒々しい切り口だ。

 周囲に激しい空気振動を起こしつつ兵太のマシンは奇妙とも言えるほどの加速をしていく。突然のことに一瞬戸惑った奧分はすぐ我に返り追随しようとする。しかし全く近付ける気がしない。まるで自分が止まっているのではないかと錯覚するほど、兵太のマシンは離れていく。

 加速の際もたついたというせいもあるが、これだけの差が出ると例え同時にスタートしたところで勝てる見込みはない。


 後を追っていた他のドライバーたちも、その姿を唖然と見ていることしかできなかった。




「……思ったよりもきつかったな」


 兵太はバイザーを外しながら、発射台ローンチパッドに戻したマシンから降りつつ呟いた。そして空を仰げばまだ全員飛んでいるのが確認できる。


 速い。それも圧倒的に。

 だがそれはただ単に速いだけでは済まなかった。


 加速はいいのだが、その速度を活かしたコーナリングに問題がある。慣性と遠心力に逆らい曲がっていくのはかなりの負担だ。機体が耐えられ、エンジンもそれに見合うことができようともドライバーだけはどうにもならない。

 4Gを越えると血液が重力負けを起こし脳へ届かなくなり、いわゆるブラックアウトに陥る。

 ならば速度を落とせばいいかと言えば、そうもいかない。

 得出博士が兵太に望むのは圧倒的勝利だ。そのためにはこの速度を維持できなくてはならない。


 まだまだ課題が山積みである。兵太は少し恨めしそうにマシンを睨んだ。

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