5話 アメリカのライバル
「てことでじっちゃん、移動だ」
「あん? トレーラーは動かせんじゃろ」
「一応大丈夫らしいよ。ナヨリ? とかいうところまでは」
「
虫の行動可能距離は杭から大体2000キロらしい。今いるところから少しでも接近したいし、自衛隊基地があるという理由で選ばれた。
自衛隊の名寄部隊は精鋭揃いだし、信頼もあるのだろう。
自衛隊員たちは道案内や移動のため、それぞれのトレーラーへ同乗していくことになった。
兵太たちと同行するのは、細身で色白の若い男だった。
「やあ、よろしく頼むよ。僕は薄日」
「よろしく。俺は兵太。運転してんのはじっちゃんだ」
「おい、もちっとマシな説明せい」
雑な紹介が終わり、兵太たちのトレーラーは名寄へ向け40号を走っていった。
「フェルミオンってどう?」
「どうと言われても……」
薄日の振りに、兵太は言葉に困った。この質問だと大抵のひとがこうなるだろう。
「僕も興味あるんだけどさ、普通に買えるわけじゃないし、レースを見ている分には面白いとは思うんだけど、実際のところどうなのかなって」
「あー。他のモータースポーツと比べてもけっこうきついと思うよ。基本的に立ち乗りだし、常にバランスを保っていないといけないし……」
「バランスかぁ。じゃあフェルミオンに武器を積むのは難しいかな」
「それができないから軍事利用されてないんだよなぁ」
フェルミオンはとても小型であり、空気抵抗も小さい。つまり非常に不安定な機体だ。22M口径ならまだしも、ライフル弾のフルオートなんて撃ったら反動で機体のバランスを崩してしまう。
それに体重移動で方向転換できるように設計されているため、重心がとてもシビアだ。重量物を積んでしまうとまともに操作できなくなってしまう。つまり今ある状態から追加するわけにはいかない。
大体、そもそもフェルミオン協会が軍事利用を認めていなかったし、ヘリや戦闘機のほうが圧倒的に戦闘力や運搬能力がある。わざわざ戦闘用に作る必要性がなかったという経緯もある。
それでも昔、米軍がフェルミオン協会に黙ってこっそりとテストをしたことがあった。だけどやはり一番問題になるバランスで、それをなんとかするために水平翼を広くするなどやってみたが、敵からしたら的がでかくなって当てやすくなり、操縦者は速度も旋回性能も落ち身動きができなくなるという悲惨なことになり、軍事用機開発から手を引いた。
そしてフェルミオン協会にばれて数年の間、アメリカがフェルミオンに関してつまはじきになり、ようやく遅れを取り戻したという思い出がある。
そんな理由で、軍人や自衛隊員はフェルミオンを扱えない。どんなに練習したところでまともに乗れるまで半年は要すだろう。物流が麻痺した日本は数ヶ月もたないため、そんな時間をかけるわけにはいかない。
だからフェルミオンドライバーとはいえ民間人に助力を得なくてはならないのは仕方のないことだった。
「そっかぁ、残念だな。ちょっと乗ってみたいんだよね」
「だったら昔からあるチームに行ってみるといいよ。型落ちでエンジンが生きてれば乗せてくれると思うから」
「マジで? ちょっと詳しく聞かせてよ」
フェルミオンのエンジンは、イコール燃料であり、固形燃料が残っていれば動かすことはできる。それらは練習生に使わせるか、金を払えば一般人でも乗ることができる。
それなりに高額であるが、意外と人気はあり、特に人気のある女性ドライバーが乗っていたマシンは数ヶ月待ちの予約がある。スポンサーとは別の大切な資金源だ。
こんな感じで走行中、兵太は質問責めにあい、気付いたら美深を抜け名寄駐屯地までやって来ていた。
「へー、ここが自衛隊基地かぁ……」
自衛隊基地へ降り立った兵太は辺りを見渡す。
だが名寄駐屯地は特にこれといったものがあるわけでもない。一瞬にして飽きると、兵太は皆が集まっている場所へ向かった。
「はい注目してください!」
女性自衛官が手をパンパンと叩き、注目を集めさせる。ここにいるのは皆民間人であり自衛隊員などではないため、整列などはさせない。
あくまでも協力者なのだ。偉そうにするわけにはいかない。地球の危機だろうとそこらへんは線引きをしている。
「先ほども申し上げた通り、アメリカの『杭』は破壊されました。それに多大な貢献をしたのがフェルミオンだと聞いています」
その話の最中、一台のトラックがやってきた。アルミパネルの中型トラックで、フェルミオン関係の人間ならすぐわかる、
追加で誰か来たということは、皆すぐ理解できた。問題は誰かである。日本代表を決めるレース不出場で、役立つ人物がいるかどうか。
そんな憶測を打ち破るように車から降りてきたのは、金髪白人の少女。つまり日本人ではなかった。
「というわけで、アメリカから助っ人を招きました。あちらでフェルミオンによる『杭』破壊部隊にいた、デボラ・V・ダーウィンさんです」
「で、デボラぁ!?」
「アォ、ヘータ。お久しぶリ!」
アメリカでの『杭』破壊作戦に参加していた助っ人は、以前兵太と何度かレースで勝負したことのある少女だった。
もちろん兵太だけではない。ここにいるドライバー数人も見知った相手である。
アメリカは遅れたフェルミオン開発を取り戻したく、ワールドグランプリの他、積極的に親善試合などを行った。そのため日本でも彼女を知るものは少なくない。
そして今や『杭』を破壊した唯一の国の立役者だ。これ以上ないほどの助っ人である。
「おっと知り合いですか」
「そりゃあワタシ、二ホンで何度もレース出てるからトモダチくらいいるネ。ニホン語も覚えたノー」
アメリカのフェルミオンレーサーは世界各国を回ることが多い。しかしデボラは日本が気に入ったらしく他国へはあまり行かず、日本だけで10戦以上出場しており固定ファンまでついている。
「デボラ、遊んでないでこっち来なさい」
「ハァイ」
デボラは兵太にウインクをし、米軍の指揮官らしき人のもとへ向かった。
デボラと共に来た米軍が、様々な情報をもたらしてくれた。
『虫』の活動範囲は、『杭』から大体2000キロまで。それ上離れていれば襲われない。
2000キロ以内でも、『虫』よりも小さいサイズなら動いていても襲われない。『虫』の全長は約5メートル、横幅約3メートルなため、小型自動車くらいならば問題ない。
しかし自分より小さくても空を飛ぶものには襲い掛かる。鳥程度ならば大丈夫だが、フェルミオンには攻撃する。ただし地上20m以下の低空ならば襲われないようだ。
そして『虫』の飛行速度は凡そ時速400キロ。旧型のエンジンでは無理でもオープンチャーム01であれば振り切れる。
『杭』には『虫』が出入りする直径10メートルほどの穴が無数に空いており、そこから中へ入ることができる。
内部構造は不明だが、核となるものは脆いらしい。
実際にアメリカで核になる部分を破壊したのは、暴徒鎮圧用のゴム弾だった。死ぬことはないが、死んだほうがマシなくらい痛いと言われるやつだ。
以上の条件から考えると、フェルミオン以外に適しているものがない。
ちなみに内部構造が不明なのは、内部へ突入したドライバーが亡くなっているからだ。内部の核となっている部分を破壊したとき、喜びのあまりその場で叫び続けていたらしい。『杭』が崩壊するとわかっていたらきっとすぐに逃げていただろうに……。
「以上、武器となるゴム弾は後で支給します。この情報だけでも行っていいという方、どうかよろしくお願いします!」
日本は銃社会でないため、そういったものでも民間へ渡すことに抵抗がある。装備類は最前線基地での手渡しとなっている。
「ヘータヘータ」
「うん?」
一通り説明が終わったタイミングで、デボラが話しかけてきた。
「どうした? 俺のニューマシンでも見たいとか?」
「ヘータのマシンにも興味あるけど、どっちかと言えばワタシはあっちかナ」
「ん? あ、ああ」
デボラが向けた視線の先にいたのは、兵太の見知った人ではなかった。つまりレースに出場したことがない人物である。
しかし彼女の顔は知っている。新型フェルミオンエンジン発表でテストドライバーをやっていた少女だ。つまり、奧分3姉妹の末妹である。
「話してみればいいじゃないか」
「ヤァよ。なんかさ、話しかけんなーってオーラ出してるじゃなイ」
「かまやしねぇよ」
兵太は奧分末娘のいるところへつかつかと歩いて行った。
「ちょっといいか?」
「……なに?」
少女は兵太をぎろりと睨む。兵太は少し怯むが、続けて話し続ける。
「ああえっと、デボラがきみと話したいってさ」
「そう。丁度私からも話があったの。ありがとう」
淡々と機械的に答え、奧分はデボラと話をし始める。内容は詳しい戦術などらしい。兵太は『まあいいか』と、立ち去ろうとする。
「待ってよヘータ。マシン見せてもらおーヨ」
「あー、別にいいよ。どうせ俺のマシンのほうが速いだろうし」
兵太の言葉に、奧分は苛立つように睨む。しかしすぐに、こいつなにもわかっていないなと言いたげな顔をした。
「ふぅん、男なのに随分な自信ね。私のマシン、スレイプニルZ2を誰が造ったか知っていて言っているの?」
「奧分博士だろ? じゃあ俺のマシンは誰が造ったと思う?」
「知るわけないでしょ」
「だろうな。うちの近所のじっちゃんだ」
兵太の言葉を聞き、奧分は怒りを必死で堪えているように見える。実際にそうなのだろうが、なるべくポーカーフェイスを崩さぬように努めていた。
「あなた、バカにしてるの?」
「いいや別に。ただそのじっちゃんが得出博士っていうだけだ」
その名を聞いた途端、奧分妹の目尻がぴくんと動く。
奧分姉妹の末妹だ。彼女たちから得出博士の名前くらいは聞いているだろう。
いや、実のところ散々聞かされていたのだ。新型エンジンのコントロールユニット修正について丸投げしていることも知っている。
つまり得出博士は自分の姉たちよりも上の人間だと理解しているわけだ。
「……そう。それじゃあ己惚れても仕方ないわね。せいぜい足を引っ張らないで頂戴」
奧分末妹は顔をそむけ、立ち去ってしまった。
「なにあいつ。それよりヘータ、代わりにマシン見せてヨ! 凄いんでショ!」
「相変わらず切り替えはえーな。まあいいけどさ」
兵太はデボラを自分のトレーラーへ案内すると、ハッチを開いた。
「これが俺の小雲雀だ」
「コヒバリ? ふぅん、シートタイプなんだ。珍しいね。どうやって軌道変えんノ?」
「左右の出力バランスでだよ。慣れるとこっちのほうが速いらしい」
「らしいって、随分アイマイじゃないノ? らしくなイー」
「しゃーないだろ。比較対象がないんだから」
どちらが優れているなんて比べないとわからないものだ。だが今の兵太のフェルミオンは唯一無二であり、なにかと比べるなんてことができない。
単純な速さならば他のマシンと比べればいい。しかし仕様比較の場合、その他の部分が同じもので見ない限りわからない。
「俺のマシンはもういいだろ。デボラのも見せろよ」
「ワタシのマシンはヒミツだヨ」
「どうせいつもの白い機体だろ。名前は……ユニコーンA03か?」
「ノォ。ユニコーンA04でしター」
初めて兵太と勝負した機体はユニコーンA01で、昨年はA02に乗っていた。A03がないのはきっとオープンチャームに合わせて作り直したため、兵太たち同様破棄されたのだろう。
「結局あのおっかないツノ付いてんのかよ」
「アレは
揚力は使えないが、空気抵抗に関しては特に制限はない。各ドライバーが操りやすいよう抵抗を付けているのが現状だ。
ふたりがそんな話をしていると、少し離れたところで騒がしくなっていることに気付く。なにかあるのだろう。兵太たちはトレーラーから降りそちらへ向かった。
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