1話 ニューエンジン
「どうじゃ? 新型マシンは」
「うーん……悪くはないけど良いってほどでもないかな」
加瀬戸兵太は眉をしかめてじっちゃん────
来季からグランプリに出場する予定の彼は現在、マシンテストのため海岸でフェルミオンを飛ばしており、実際にこれでレースへ出られるか確認していたのだ。
彼は無名のチーム……いや、チームというよりも、彼の住む工業地帯で工場を営む地域住人たちの寄せ集めで開発されたフェルミオンのドライバーだ。
小さな町工場から世界を変えるをモットーに、エンジン以外はボルトの1本からドライバーまで全て地元のもので揃えている。
フォーミュラ・フェルミオンで優勝をし、日本の町工場の技術力、底力を世界に見せつける。これがその布石になればというプロジェクトだ。
フェルミオンは日本でまだレース関係以外に認可されていないが、今後の開発次第では自動車に代わる、いわゆるエアカーのような存在になることが期待されている。将来的には誰もが所有できると見越しての先行投資のようなものだ。
大手自動車メーカーなども開発に乗り出してはいる。しかし彼らは基本的に保守的であり、本当に一般的な利用が可能になるか懐疑的なため、本腰を入れているわけではない。差をつけるには今だけだ。
「それよりじっちゃん、明日新型エンジンの発表があるんだろ?」
「ああ、そうじゃったな」
「一応抽選行ったほうがいいんじゃないか?」
「なぁに、そんな必要はない」
博士は然程興味がなさそうに、自分が手掛けたマシンを見つめる。それを兵太は腑に落ちないといった表情を向けた。
エンジン及びコントロールユニットは認可制だ。実際問題として、技術と知識さえあればエンジンを作るだけなら誰でもできる。しかしそれをレースに出せるかは別の話だ。
そして開発し認可されたエンジンは、グランプリ出場チームなどに販売供給の義務が生じる。規定額以下の金額を提示したうえで、相手に購入の意思があった場合拒否してはならない。
とはいえ、当然販売台数にも限界がある。最低基準の100基さえ販売できれば、後は予約として処理していい。
このことを踏まえ、彼らがエンジン開発に着手しない理由を述べる。
まず、開発にはとても金がかかる。それに高価なエンジンを最低100基作らねばならない。
売れれば金になるが、売れるまでは全て自腹になる。そんな金銭的余裕は全くない。そして売れなければ確実に首を絞める。
だからエンジンだけは他所のものを使わねばならない。こればかりは金銭的に体力のある企業がやるべきだから。
「だけどさぁ、もし凄いエンジンだったらどうするんだよ」
「『もし』でものを考える暇があったら、今の状態でどうすればもっと速くなるか考えろ」
「んー……。正直なところ、結構限界なんだよなぁ」
「ふむぅ」
どうしたらもっと速くなるかを考えた結果、新型エンジンに賭けるという発想に至ったのだ。
マシン自体には問題ない。反応速度やバランス、ドライバーとのデータリンクは現在存在している世のフェルミオンを上回っている。
ではドライバーに問題があるのかといえば、そうでもない。なにせ非公式ながら、このマシンを操る兵太は今年の
彼はフェルミオンの操縦に関してだけは天才だ。もはやこれだけのために生まれてきたと言ってもいいくらいに。もし数十年前に生まれていたとしたら、なんの才能もない無能と思われていたのではないだろうか。
ならばどこに問題があるかといえば、目標である。
彼らの目標はただの一位ではない。『圧倒的な一位』だ。
他の追随を許さないほどの、言い訳できないくらいの差を世界中に叩きつける。日本の中小企業はここまで凄いのかと。世の中は地味な技術の積み重ねよりもインパクトの強いもののほうが受けやすいからだ。
だから兵太は納得しないし、博士も兵太を納得させようと努力する。もちろん工場の人々も。
2人はデータを元に、どうしたらもっと速くなれるかを考え出した。
しかし翌日、その努力は泡となって消えてしまった。
「すっげぇ……」
天才姉妹と世間ではそれなりに有名な
一言で表すなら圧倒的。年々速度を増し、毎年そのときのグランプリで作られたコースレコードが最速タイムになるのだが、それを30秒近く上回ったのだ。大人と赤子くらいの差があり、全く勝負にならない。
マシン自体は昨年のモデルであるため、エンジンの能力だけでこれだけのタイムを出したという証明になる。
もちろんこの発表会で操縦したドライバーの腕もあるのだろうが、これはもうお手上げだ。
既に認可の下りているそのエンジンは、世界中から注文が殺到。現在用意できるエンジンは200基しかないため、グランプリ出場チームと日本の若者に優先して販売され、あとは予約となった。
若者を優先したのは、新時代応援キャンペーンという少々意味がわからない理由だが、日本国内だけで50基ほど販売されることが決まった。
それはさておき、このエンジンがなければ勝てない。兵太は焦った。しかし博士は特に興味なさそうにしている。兵太の苛立ちは募るばかり。
そんな悶々とした気持ちで数日過ぎたところ、兵太は博士に連れられ、とある倉庫へやって来た。
ここ最近出かける用事が多いと思ったていたら、こんなところでこそこそとなにかをやっていたのかと、兵太は博士に面倒な相手を見るような目を向ける。
「なんだよこんなところに連れてきて」
「お前、まだふてくされてたのか?」
「別にそんなんじゃねぇけどさ、勝てる算段ができなくなってるだけだ」
「ほう? これを見てもまだそう言えるか?」
そう言って博士は、目の前にある塊にかかっていた布を引っ張り中身を披露した。
「……じっちゃん、これは……?」
「ふん、旧型、いや、新型マシンじゃ」
そこにあったのは、以前デザイン重視で作られたのだが、空気抵抗が大きいせいで速度が伸びず放置された機体だった。
漆のように艶やかな、吸い込まれそうな黒いボディに朱の模様。その形状も相まって、黒を基調としているのに派手な印象を受けるマシンであった。
一見甲冑のようでもあるが、漆黒に朱の模様。これで金箔でも貼ってあれば漆器のようで日本らしい印象を受ける。
レースの際にはスポンサーロゴがあちこちに貼られるため、この姿を見られるのは今だけなのだが。
「なんで今更こんなものを出してきたんだ?」
「
「オープンチャーム!? じっちゃん、いつの間に仕入れてたんだよ!」
兵太は驚きを隠せないでいた。抽選販売や予約などもせず手に入れられるようなものではないからだ。
だが博士はそんな兵太の質問を無視するかのように機体とエンジンのマッチングをデータ上で確認している。
「それでな、エンジンの形状が異なるからボディも多少いじった。あとそれなりにcd値を上げている」
cd値、つまり空気抵抗を増やしているということだ。抵抗が増えれば減速はしやすくなる。フェルミオンの
そのため減速は空気抵抗で行うのだが、増やすと速度が落ちるため、これは各チームの悩みである。
「でもそれじゃあ速度が出ないだろ? 今までよりは速いかもしれないけどさ、他のマシンにも同じもん積んでんだぜ」
「なに問題ない。エンジンを2基掛けにしてある。重量は増すが今までのエンジンよりも軽いから、出力で充分補えるはずじゃ」
複数エンジンは禁止されていないが、どこのチームもやらない。揚力と可変翼が禁止されているマシンでは空気抵抗をうまく利用できないため、重量増により旋回性能が酷く低下するのだ。スラスターの出力方向を変えて強引に曲がる手もあるが、ドライバーに負担が掛かり過ぎる。
ただでさえ荷重移動のため
今の基本は細長いエンジンを跨ぐように乗るものだ。重量物は中心に置いたほうが旋回性能があがるため、どこのチームでもこのタイプを採用している。
対して兵太のマシンは両脇の辺りにエンジンがあり、挟まれるように座る。荷重移動が完全に封じられている状態だ。
「着座式だから出力変化で曲がるのか。扱いが難しそうだな」
「そこはお前さんの腕の見せどころじゃろ?」
弱気とも受け取られそうな兵太の発言とは裏腹に、彼の心は踊っていた。誰よりも速く、力強く飛べる。それだけでマシンがピーキーだろうと関係ない。
「じゃあ早速飛ばそうぜ! 色々と試さないといけないし」
「そう急かすな。明日じゃ明日」
現在フェルミオンを飛ばせるのは、日本ならば海だけだ。それも東京湾は全面的に禁止で、相模湾も駄目な個所が多いため、伊豆まで行かなくてはいけない。今あるからといってすぐ動かせるわけではない。
「じゃあせめて名前、付けさせてくれ!」
「だめじゃ。こいつにはもう小雲雀という名があるわい。機体の見た目も日本らしいし、ぴったしじゃろ?」
「ちぇー」
「わかったらとっとと帰って寝ろ。明日の朝は早いぞ」
博士は追いやるように手をしっしと振る。
機体名は登録してしまうと、所有者が変わらない限り変更はできない。
乗れもしなければ名付けもできない。兵太は少しがっかりしつつも、明日への期待を胸に家へ帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます