4話 地球を守る人々

「……見事に女ばかりだな……」


 加瀬戸兵太かせとへいたは顔をしかめつつ呟く。

 わかっていたことだが、周囲にいるのは皆、同年代くらいの女性ばかりであった。



「あら、あなたひょっとして東京代表の加瀬戸君?」

「え? ああ……」


 ひとりの少女が兵太に話しかけてきた。なんでこんなところに兵太がいるのかと興味を持ったかのようだ。場違い感が漂う。


「私は滋賀代表、降湯ふらしゆ。去年の地方戦、ネットで見たわ。なかなか腕はあるみたいね」

「ああ、どうも」


「だけどまさかその姿で女ってことはないよね?」

「れっきとした男だよ」

「男なのになんでここに? 話聞いてた?」

「新型、或いはそれに匹敵するだけのエンジンを搭載したフェルミオンと、それを操作できるドライバーが必要、だろ?」


「ふぅん。じゃあ、あるんだ?」

「ああ」


 今季から採用されたフェルミオンの新型エンジンユニットは、今のところ女性しか扱えないのが定説だ。そのせいでどこのチームも女性ドライバーばかりである。


 去年までは男の方が多かったのに、エンジンひとつで全て変わってしまった。今まで最高速度が時速380キロ程度だったフェルミオンマシンを、420キロオーバーの領域まで引き上げた新型エンジンの恩恵は大きすぎる。せめて他にひとりくらい男がいてもいいものだが、新型エンジンを手に入れられなかったチームは選抜に出るだけ無駄だとわかっており、それならば国内のレースのために調整したほうが賢明というものだ。

 そして仕入れたチームが男性ドライバーを使うわけがなく、兵太を除けば100%女性だ。


 それとは別に、周囲が女性なことに難である点が存在する。


 これから始まるのはレースではなく、宇宙人……いや、宇宙生物か宇宙虫というべき生物の攻撃をかいくぐり、『パイル』と呼ばれる巨大隕石を破壊せねばならないのだから。

 男としては、女性が死地へ赴くのは抵抗がある。これは性差別ではなく、もう既にたくさんの人が亡くなっているし、これからも亡くなっていくであろう状況で、生物としては次世代を担う意味で女性の命を守るのが最重要だからだ。


 だが今はそれができない。他国の軍も自衛隊も使えない今、なんとかできるのは彼女たちだけなのだから。



「皆さん、聞いてくださーい! これから説明を始めますー!」


 拡声器を使い、自衛官の女性が叫ぶ。すると騒いでいた少女たちの声が止まる。


「うわさには聞いていると思いますが、アメリカの『杭』を破壊することができました! それはあなた方、フェルミオンドライバーたちがもたらせてくれた勝利です!

 自衛隊が機能しない今、私たちも同じ作戦を取るしかありません! 本来守るべき民間の方々にお願いするのは真に不本意ですが、どうか宜しくお願いします! 日本を救ってください!」


 深々と頭を下げる自衛官。少女たちはガヤガヤと話し始める。

 色々と聞きたいこともあるだろう。情報があまりにも少ない。

 だがこういったものには大抵機密とかがあるため、無闇に聞けない。聞いた瞬間撃ち殺されるかもしれない。みんな恐々としている。


 トレーラーでの移動中は、大抵DVDなどを見て暇を潰している。みんな映画の見過ぎだ。実際は────特に自衛隊が銃を抜くはずがない。どこの危険な組織と勘違いしているのか。


「しつもーんっ、いいですかーっ」


 ひとりの少女ゆうしゃが手を挙げて自衛官に話しかける。それに対しどうぞと話を聞こうとする。


「ニュースとかで全然報道されてないみたいなんですけど、規制されてるんですかー?」


 核心をついてきた。殺される。巻き添えや血が付くのを嫌がるかのように周囲が距離をあける。耳を塞いでいる少女までいる。足止めされている間、みんなで同じDVDを回し見ていたのだろう。


「いえ、そのようなことはしていません。必要な情報であれば開示します」

「あっ、はい」


 皆拍子抜けてしまう。


 実際のところ、今どき報道規制なんて意味がない。ネットなどで検索すればいくらでも出てくるからだ。

 だが今報道されないのは、報道ヘリや撮影車が『バグ』によってことごとく破壊され、腰が引けている状況であるのが正しい。

 他にも日本中が同じような状況なため、よその心配をしていられないというのもある。だからここで見られるのは北海道──特に函館や札幌の情報ばかりだ。

 それに電話回線などは常にパンク状態なため、連絡も取れない。ネットもサーバやホストが落ちたまま回復されていないところも多々あり、まともに繋がらない。ここへ来ているチームはほぼ本州の人間だし、現在危険地帯となっている九州の一部が地元の人もいる。

 不安はあるのだが詳しい情報がないせいか、あまり実感できないというのが現状だ。


 今はまだどこも余裕がないため情報をやりとりできていない。テレビやラジオの局も常に電話がパンクしているし、追加でオペレーターを雇おうにも募集に応じる人がいるわけない。


「じゃあえっと、うちが博多なんだけど、無事なの?」

「博多は大きな被害を受けていないと聞いています。ただ熊本と長崎の都市部は……」

「長崎が!?」


 話を聞いていたうちの少女がひとり、大声を上げた。長崎代表なのだろう。酷く狼狽している。


「あの、落ち着いて……」

「これが落ち着いていられますかっての! ……ここから2000キロくらいだから、5時間あれば着くわね……」

「駄目です、危険です! 空には『バグ』がたくさん飛んでいるんですよ!」

「フェルミオンならなんとかなるんでしょ! 私は行くわ!」

「せめて話を聞くため、一緒に移動を……」


 少女は制止を聞かず、行ってしまった。


 フェルミオンはとてもバランスが取りづらい機体だ。玉乗りや綱渡りよりはマシだが、何時間も連続飛行できるようなものではない。5時間なんて飛んだら途中で気を失ってしまうだろう。

 それでも自分の地元が大変だとわかり、居ても立ってもいられない気持ちはわかる。止めて説得することが他人にできるだろうか。


 だけど急いでいるのは彼女だけではない。ガタガタと震え座り込んでしまったくまもん代表もいつ飛び出すかわからないし、このまま物資の輸送ができないと日本は確実に終わる。

 ここで余計な時間を割きたくない。自衛官は気持ちを切り替え話を進める。


「それでは参加してくださる方は、トレーラーごと移動をお願いします。場所は────」


「移動可能なんですか? 『バグ』は動くものに襲い掛かるって聞いたんですけど」

「ええ、目的地までの安全は確認されています」



 場所は稚内ここから南へ約200キロ、名寄基地だ。

 そこまでは『バグ』が来ないから、ここを出発地点とするらしい。フェルミオンに少しでも乗っている時間を短くするため、ぎりぎりの場所まで運搬するわけだ。

 あとはここで様々な情報を得られる予定だ。『杭』を破壊するために必要なことを。

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