第5話 遠い異郷の異教の友よ

2019年、ふっとマレーシアに赴いた。

突然ではあるが、クアラ・ルンプールでちょっとした観光、趣味の一つであるポケモンカードを知人とするために飛んだ。

観光地の一つ、ブルー・モスクのすぐそばに、イスラム教について詳しく教えてくれるちょっとした施設がある。

今日は、そこで出会ったちょっとしたお話だ。


僕は大学でイスラム教関連の歴史を修めており、ほんの少しだが詳しい。

なんとなく入ろうか悩んでいたら、花柄のチャドル――女性がかぶるフードみたいな布だ――をまとったおばちゃんが登場した。

「アッサラーム・アライクム(こんにちは)」

突然すぎるアラビア語だったが、大学で2年間鍛えられていたので、とっさではあるが理解もできたし、

「ワ・アライクム・ムッサラーム(こんにちは)」

と返答もできた。

あからさまに東アジア系の観光客然とした僕に試しにアラビア語を使った理由は不明だけれど、とりあえず反射神経で返す。

「えっ? アラビア語わかるの!? すごい!! 入って入って!!」

と、施設に案内された。熱気あふれる外から入ると、天国のように涼しい。救われた気持ちになりつつ、ここは異国だと気を引き締める。

中には、旦那さんだという、これまたムスリムのおじさん。ふたりともマレー系で、浅黒い肌にきょろきょろくりくりした目である。そう大柄でもないのがアラブ系と全くことなるポイントだなぁ、と思いながら、差し出されたペットボトルの水をもらう。ペットボトル、未開封。オーケー、安全と言っていいだろう。

「日本から来たのか! そうかそうか、語学は? そのアラビア語は正則アラビア語(フスハー)だろう?」

いろいろ聞かれたが、難しいフレーズは僕はわからないと告げると、英語交じりで話してくれた。僕のアラビア語は正則アラビア語といって、サウジアラビアの発音だ。大学で学んだだけだからもう錆びついているし、かなり抜けているけれど、少しだけ覚えている。それが、二人にはとても嬉しかったらしい。

異国でいつも思うことだが、「外国人がその国の言葉をたどたどしく使っていると、なんとなく優しい対応をしてくれる」気がする。僕が怪しい英語や怪しいアラビア語、フランス語を使うように。ルー大柴が……うん、あれは違うか。

見ていくかと聞かれて、施設裏の、資料などが山盛りの部屋も案内してくれた。巡礼の大事さだとか、コーランがいかに生活に密着しているかとか……イメージががらっと変わるような説明も受けた。

は? 巡礼すると足腰が痛いのが治る? そんな話は聞いたことがないぞ? でも、おばちゃんいわく本当のことで、神が見守ってくれているから、らしい。おっちゃんいわく「神の試練を乗り越えたからだ」そうだ。万能すぎないか、イスラムの神よ……。

「ところで、君はムスリム?」

と最後におっちゃんに聞かれて、「いや。アッラーのことはよく知っているが、仏教徒だよ」と返答した。紛れもなく僕は仏教徒で、浄土真宗なのである。ちょっとだけ、ムスリムになろうと思ったこともあって、トルコ人の人に「どうやったらなれるのか」聞いたこともある。まあ、「心の持ちようだから、君がムスリムだと思っていればムスリムさ!」みたいな事を言われており、んじゃあムスリム……かな?なんて思ってもいるけれど。

「ブッディストなのにアラビア語を話す日本人、よかったらこれを持っていかないか」

と、コーランの一章が描かれたブックマークをくれた。きれいな緑色の台紙で、金色の泊で描いてあった。

……なんと、そこに3時間くらいいたらしい。時間も時間だ、そろそろ行かなきゃとなり、なぜか三人で写真を撮って、握手をして、

「水は美味しかったし、良い経験だったよ。ありがとう」

ポケットの小銭をちょっとだけワクフした。

ワクフってのは……そうだな、寄付だ。言葉が結びつけてきた不思議な縁へのちょっとしたお礼を兼ねて。

外国語を勉強しているというとお高く止まっているイメージもあるけれど、ちょっとずついろいろかじっていると、こういうときに、すこしだけ楽しい。

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