第2話 little friend

エッフェル塔の入場チケットは、上に登る時に左上をちぎり、下りで右上をちぎる。塔の形が出来上がるようになっているのだ。でも、僕が持っているチケットは、残念ながら右上だけ切り取られたものである。

そのチケットを眺めるたび、僕は少年を思い出す。


「フランス語は勉強したし、喋れるか実験してみよう」という偉大な蛮勇で、僕は2月のフランスにやってきた。実際結構通じたのだが、ラッキーだったのだろうと思う。

 友人達との旅行だったが、僕達の旅は、最終日はみんなバラバラに、好きなものを見に行くことにしている。それぞれ見たいものが違うし、さすがに最終日であれば、「言葉が通じない」という恐怖も多少は薄れているからだ。僕に至っては、最初から武者修行のつもりで来ているから、多少通じない方が良いのだけれど。

 僕は、友人みんなが興味ないと一刀両断した、エッフェル塔に来ていた。フランスといえばエッフェル塔。凱旋門。モンサンミッシェル。凱旋門もモンサンミッシェルも行ったのに、エッフェル塔だけ残して帰るのは……と思い、一人でやってきた。

 観光客一人。日本人が、一人で。むなしい気持ちも少しあったが、僕はあえて気にせず、国際学生証を見せてチケットを割引してもらい、エレベーターに向かって歩き出した。よし、一気に最上階……と思った時だ。

「Hey! Are you alone?」

 流暢な英語が聞こえてきて、僕は振り向いた。やけに小さい位置から見上げてくるのは、小学生くらいの少年だった。フランス語ばかり使っていたから、英語をとっさに飲み込むのに苦労したが、要するに「一人?」と聞いているのだろう。そうだよ、と答えたところ、

『僕は家族と一緒に来ているんだ。自分の足で上まで上がろうと思ってるんだけど、一緒に来ない?』

 妙なお誘いをいただいた。チケット……買っちゃったんだけどなぁ……と思いながらも、僕はこの面白い申し出を受けることにした。ご両親に軽く挨拶をして、ご一緒させてもらうのだ。

 ……ひたすら歩く。横には、イギリスから来たという少年がいる。「高いねぇ」「トーキョーにもタワーはあるの?」「ニッポンにニンジャはいるの?」などなど、少年の興味は尽きることがない。

 小雨が降っている2月のフランス、たぶんパリ市の中で最も高いところを、日本人の僕とイギリス人の少年が歩く。話題はニンジャやサムライだ。こっけいな気がするが、僕も少年にイギリスのさまざまなことを聞いた。

 展望台に到着し、ガラスが張ってあるのぞき窓を2人で見下ろし、さんざん騒いだ。僕はいい年をした大人なのだが、友達もいないと、もう気にせず少年の気持ちである。日本人同士のへんな気遣いもなく、心洗われる……いや、むき出しの時間だった。

 友人達との待ちあわせ時間が近づいてきたので、僕は丁重に、保護者の方と少年に別れを告げた。いつか日本に行ったときに、東京タワーを案内すると約束し、三人と別れる。


 登り切ってからふと思ったが――

 一緒にエレベーターに乗ればよかったのではないだろうか。


 しかし、いい思い出である。

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