恋愛感情を抱いても色々ありまして⑦

 魔王アガリアレプト、その名は人間たちに知れ渡るのに、そうかからなかった。何故なら、王国を一つ陥落させ、占領しているからだ。

 そして、その情報に動揺をしている三人がいた。


「アガリアレプトってあの子だよな……」

「どうして魔王に……?」

「虚偉くんはどうしたの……?」


 アガリアレプトの代替わりを知らない三人は動揺しながら、速く旅立った。それは王が軍を出すと決めるよりも二日、速かった。


*****


「クロ、朝ご飯出来たよ……」


 なんの反応もない。なんの返事もない。ただただ、椅子に座ったまま、何もしない。何も目に映さず、何をしようともしない。ただただ、そこにいるだけの空っぽ。


「……」


 泣きそうな気持ちなどとうに消し飛んだ。今の俺にあるのは、彼女と共にいたい、それだけだ。例え彼女が、もう何も残っていないとしても。


「クロ、今日はどうしようか? どこか、二人で旅してみる?」

「……」

「……」


 胸がずきずきと痛む。無視する。頭がずきずきと痛む。無視する。脳が、心臓が痛い。無視する。


「クロ」


 手を繋ぐ。死人のように冷たい手を握り、なんの反応も返ってこないのを改めて実感しながら無視して


「行こう」

「……」


 抱き寄せ、抱き抱える。お姫様抱っこの体勢になろうと、何も無い。それを寂しく思いつつ、その想いを無視する。


 そうしてアガリアレプトは狂人と成り果てていた。


*****


 アガリアレプトに創り出された悪魔が彼らと出会ったのは偶然の産物としか言いようが無かった。


「っ、なんだお前!?」

「……人間じゃないみたいだね」

「とりあえず、警戒しないとな」

「……あなた方は一体、何者ですか?」


 悪魔はその三人組に戸惑う。その三人から感じる何かは、彼の創造主にも存在していた。


「どうもあなた方は私に理解できる範疇を超えているようですね」


 悪魔はそう思い、地面を蹴って姿を消そうとした。その瞬間、剣が振るわれた。


「――何の真似だ、少年」

「生憎と、そっちの方面から来ているんなら、聞きたいことがあるんでね」

「だからと言っていきなり斬りかかるかお前……」

「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけどここまでとは……」

「聞きたいこと。少年、それは命を捨ててまですることなのか?」

「……お前、虚偉……あー、いや。アガリアレプトって知っているか?」


 武人の問いに、悪魔は首を傾げる。それは創造主の名前だったからだ。それはつまり、彼ら三人組は創造主の関係者、ということだ。


「……着いて来てください」

「「「え?」」」


 悪魔は何も言わず、三人を案内すると決めた。剣を持った青年と、籠手を付けている青年と、一冊の本を持った女性を引き連れ、少し前に自分が離れた国の残骸に、足を踏み入れた。


*****


「それでさ、こんなことがあったんだよ。掃除していると、ネズミが出てきて……驚いて、尻餅をついちゃったよ」

「……」


 無反応のクロに、アガリアレプトは何も言わない。こうして自分から話しかけているだけで、充分に満たされている。


 自分を騙すことに、なんの抵抗もない。虚偉は順調に自分の歯車が狂い続けているのを実感していた。だがその事実から顔を逸らしていた。そして――崩壊した城の扉が、開かれた。


「っ、クロ……俺の後ろに」


 手を引いて、動いてもらう。そのまま、視線を扉に向けると……そこには、見覚えのある悪魔が立っていた。


「何故、戻ってきた?」

「アガリアレプト様。この者たちはアガリアレプト様の知り合いでしょうか?」

「あ?」


 どいつらだよ、殺意を込めた視線で悪魔を睨んでいると、その背後から三人が姿を現した。

 その三人は見覚えのある人間だった。


「虚偉……ようやく、見つけたぜ」

「虚偉くん……」

「よぉ、虚偉」

「……なんだ、お前ら」


 地の底から響くかのような、酷く重い声に二人が動揺していると、武人が前に出た。そして


「虚偉、お前、何してんだよ」

「……何、とは?」

「どうして人々を殺したんだ……っ!」

「クロをこの世に蘇らせるために。それ以外に理由が必要か?」

「……その、クロって誰だよ。虚偉とどういう関係なんだよ」

「俺の妻だ」

「「「妻ァ!?」」」


 動揺している三人を眺め、虚偉は嘆息する。そのまま手を突き出して


「虚偉!?」

「俺の名はアガリアレプトだ……その名前は捨てた」


 そう言い、同時に召喚された4人は激突した。


*****


「……グランエル、どうしますか?」

「どうもこうもねぇよ……あいつらが独断専行したってどうにもなんねぇしな」


 グランエルの言葉にカレンはため息を吐き、三人の身を案じた。


*****


「はぁっ!」

「《闇よ》」


 省略詠唱どころではない、高速詠唱。それは隆人が反応するよりも速く、闇の壁を生み出した。

 剣が闇の壁にずぶずぶ、と沈んでいくのを驚きの眼差しで隆人は眺めていた。


「剣が!?」

「……」

「光よ、目映き光で闇を払え《シャイン》!」


 光が闇の壁を融かした。そしてそこに、蹴りが叩き込まれた。


「っつ!?」

「何を護っているのか知らねぇけどよ、動かねぇならどうなっても知らねぇぞ!」

「……黙れ。お前たちに、クロを傷つけさせて堪るものか!」


 憤怒の表情で、虚偉は叫んだ。そして


「闇よ、眼前全てを喰らい尽くせ《ダークヴェルズビュート》!」

「光よ、私たちを包み込んで闇から身を護って《シャイニングバリアー》!」


 闇の津波が、光の半球とせめぎ合う。どちらが押し勝つか分からない。そう思った瞬間、さらに詠唱が続けられた。


「光の護りよ、今一度闇を、災禍を払う光輝となれ《セイントシャイン》! 目を覚まして、虚偉くん!」

「黙れェッ! 《暗黒よ》!」


 高速詠唱。それと同時に虚偉の背後に漆黒の巨大な剣が現出した。そしてそれを握る、巨大な何かが現われた。


「――殺せ、《暗黒の巨人》」


 剣を握りしめ、それが振るわれた。咄嗟に護ろうとした隆人の体が吹き飛ばされ、呆然としていた武人も吹き飛ばされた。

 壁際まで転がされた二人を眺め、虚偉は何も言わない。何も思わない。そのまま、手をこちらに向けて


「やれ」

「っ、光の槍よ、あの者を刺し貫け《シャイニングランス》!」


 躊躇いのない指示に、動揺する暇はない。まだ使いこなせていない省略詠唱を使い、反撃を仕掛けようとした。したのだ。だが、光の槍は巨人に当たることなく、消し飛んだ。


「省略詠唱は威力を損なう。その程度の理解もせずに、高度な制御が必要なランス系統を使ったか」

「……高度な、制御?」

「形状指定、それにジャベリン系統にせずに飛ばす。その程度の理解もないのなら、殺すぞ」

「――虚偉くん! どうして、どうして!?」

「何についてのどうしてだ? 随分と考えの纏まらないようだな」

「どうしてそんな人形を大事そうに護っているの!?」

「っ、黙れ!」


 虚偉くんの雰囲気がさらに、深くなった。気のせいか、その体からは闇が迸っているようにも見えた。


「殺してやる……っ! お前の何もかもを消し飛ばして、殺してやる!」

「虚偉くん……」

「その名前で、呼ぶなァッ!」


 闇の巨人の剣が、頭に向けて振り下ろされた。それを何とか避けたはずが、襲撃で吹き飛ばされる。


「癒やしの光よ、降り注いで《ヒールレイン》!」

「闇の光よ、降り注ぎて世界を呪え《ダークレイン》!」


 レイン系は相殺する。魔法の研究をしている者たちの残した歴史にあった。だが


「っ!?」

「……死ね」


 闇に犯され、床に倒れている女をアガリアレプトは見下ろす。そのまま、首を掴み、持ち上げて





――床に一冊の本が、落ちた。

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