恋愛感情を抱いても色々ありまして⑤
「……ンだぁ?」
勇者はその異変に疑問を抱き、即座に納得をした。
*****
「これは一体……」
英雄はその異変に恐れ戦き、震えるしかなかった。
*****
「……魔王の発生だと?」
魔王はその異変に戸惑い、待機することを選んだ。
*****
『アガリアレプト……そうかい、やっぱり死んだんだね』
「言葉を選べよ、龍王。今の俺はお前であろうと殺してしまいそうだ」
『……アガリアレプトよ。これから、どうするんだい?』
「人間を殺す。あの襲撃を仕掛けた人間の国ごと殺す」
そしてその魂でクロを生き返らせる。彼女がいないと俺は……
『泣いているのかい?』
「……五月蠅い。あの人間共はどこから来た。どこの国の出身だ」
腕の中に物言わぬ亡骸を抱え、アガリアレプトは刺すような目で龍王を見据えた。そして、涙を拭おうともせず、
「奴らを殺す。皆殺しにする」
『……好きにしたら良い。東の王国だよ』
龍王は古き友の死を嘆き、新たな戦火も嘆く。すでにこの世界に危機が訪れ始めているのではないか、と思いながら殺戮者の背に何の言葉も投げかけない。
「……さらばだ、龍王」
『さらばだ、アガリアレプトよ。歴史の大書庫の管理者よ』
*****
その小柄な体は何の反応も返さない。触れても、冷たく、硬い感触しかなかった。
「はやく、生き返らせないと……確か1000人以上の人間の魂を生け贄にすれば、蘇生魔法が使えるんだよな……」
速く生き返らせないといけない。だから速く移動しないといけない。だったら
「空を飛ぶ魔法を作ろう……《翼よ》」
魔王化した虚偉にとって魔法を作ることは造作も無いことだった。だからこそ、すぐに背中から翼が生え、空を飛べるようになった。
「……」
生き返らせるための魔法の詠唱も分かっている。必要な条件も理解している。人の魂が1000以上、肉体を離れている空間で詠唱する。それだけだ。
クロの体に目を落とすだけで、泣きそうになる。もうぴくりとも動こうとしないその体が大人しく俺の腕の中に収まっている。
「……クロ……クロ……」
失ってようやく気付いた。俺は、クロが好きだ。心の底から好きだ。愛している。ずっと彼女と一緒にいたい。そのためなら、何だって犠牲に出来る。だから
「アレが東の王国……」
見えてきたそれに、魔法の詠唱を始めることに何の抵抗もなかった。
*****
「陛下、何故あのような者を召喚したのですか」
「くどいぞ、カレン。召喚で選ばれる者は、選べないのだ」
カレンは歯ぎしりをする。何も理解しておらず、煽動し、ドラゴンを殺しに行く。そんな者が何故、選ばれたのか。
「英雄と呼ばれた私ですら、そんなことは出来ないのにあの男が……」
「カレン。お前は間違っていない。だが……世界が、奴を選んだのだ」
カレンは舌打ちをしたい気持ちを堪え……突然、背後に殺気を感じた。
「総員、防御魔法を!」
「カレン!?」
「急いでください!」
腰の短刀を引き抜き、床に突き刺す。魔道王ガイナスの創り上げた魔道具は阿須少なくだが現存している。その一つ、《護壁の短刀》は突き刺した位置から防御のための結びを一枚、張るのだ。
結びで四方や、それ以上の方向へと壁を張ることで結界と成す。だがカレンにとって、時間を掛けて張る結界よりも、一瞬で作れる結び一枚の方が都合が良いのだ。
「結びて我が身を護れ!」
瞬間、城が崩壊した。咄嗟に落下していることを理解し、足下から短刀を引き抜く。そして、地面と激突する寸前に瓦礫の上を走り、飛び渡る。
「いきなり何があったんですか……」
気配を探るまでもない。すでにこの城にいた人間は、9割が死んでいる。そしてまた、それを成した者は次の魔法を放つ準備をしていた。
「君は……一体?」
「誰でも良い。どうせお前はすぐに死ぬ」
「っ!? 光よ、我が身を纏いて衣と化せ《シャイニングアーマー》!」
「完全詠唱か……だが、遅い。闇よ、喰らい尽くせ《ダークヴェルズビュート》」
空に浮かんでいる漆黒の翼の青年は、詰まらなそうに突き出した片手、そのもう片方の腕で少女を抱き抱えていた。それはまるで死んでいるかのように、身動き一つなかった。
「詠唱省略だと!? っ!?」
身を包んでいる光の鎧が、瀑龍のように迫る闇に抗う。しかし、余りにも規模が違いすぎる。だから
「っああぁぁぁ!?」
「まだだ、この程度の痛みじゃ、あいつの死に比べればなんてことはない」
「何を……言っている!?」
「さてと、1000人ぐらいの魂は集まったようだな。そこで眺めていると良い」
「何だと!?」
そう言い、青年は詠唱を始めようとして――何かに気付いたかのように、背後を振り向いた。そして
「何故、お前が?」
「あぁ? 異変が起きているから来てみただけだろうがよぉ……まぁ、そこの英雄呼ばわりされている奴が床に倒れているとは思わなかったけどなぁ」
「英雄だと……? ふん、それは随分とご大層な名前だな」
青年と話しているのは、聞き覚えのある声だった。それは
「グランエル……どうして君がここに!? 西の方にいたんじゃなかったの!?」
「だぁから言ってんだろうがよぉ。つぅかそこの馬鹿に俺ァ世界の危機に備えて放浪していろって言われてんだよ……ここで相見えるとは思わなかったけどなぁ」
「ふん……だが、ちょうど良い。お前も殺そう」
「はっ、やれるもんならやってみろ。あのガキいないテメェに俺が負けると思うか?」
「っ!?」
憤怒が彼の顔に浮かんでいた。それは愛おしい者を失った者の嘆きや、愛おしい者を奪われた激情。そんな、言葉にし辛い様々な物が浮かんでいた。
「んだよ、あのガキ。ひょっとして死んだか?」
「黙れ! 必ず、必ず俺が――!」
「はっ、だったら好きにしやがれよ。俺はテメェを斬るけどな」
「グランエル……」
「カレン、邪魔したらテメェを殺す。だが手ぇ貸せ」
「何を言って……いえ、それよりも彼は一体? 何故この城を襲ったのですか?」
冷静に事態を理解しているカレン、そこに城の人々が死んだ悲しみはない。抗えない現実という者は多々あるのだ。そしてそれを成した青年が、高位の魔法実力者だと。
「あいつの名前はウツロイとか言ったか? 俺と同じ元異世界人の悪魔だよ」
「異世界人だと!?」
「生憎と、今の俺はウツロイという名前を捨てた。俺の名前は、アガリアレプトだ」
「あ? 知らねぇなぁ」
「アガリアレプト……歴史の管理者!? 何故アガリアレプトがこんな真似を!?」
「妻を蘇らせる、それ以上の理由が必要か?」
そう言った青年、アガリアレプトの目に光は見えなかった。何もかもを飲み込んでしまいそうな漆黒の瞳だった。
その瞳に映っているのは純粋なまでの狂愛と、狂気だった。彼にはもう、心の支えがないというのだろうか。
「アガリアレプト……どうして、こんなことをするのですか!?」
「言ったはずだ。妻を蘇らせる」
「ならば何故、この国を襲ったのですか!? 何の罪も無い人々を巻き込んで!」
「人の妻を殺した人間がここから来たらしい。だったら皆殺しにでもしないと釣り合わない」
そう言い、彼は詠唱を始めた。それは僕が知っている詠唱よりも高速の、詠唱省略だった。
「させるかよぉ!」
「闇の波よ、《ダークウェーブ》!」
「《シャープネススラッシュ》!」
鋭い剣戟が、闇の波を切り開いた。だが、闇の波は地面を侵食し、ぼろぼろに崩壊させる。
「――グランエル、僕も加勢します!」
「早くしやがれ!」
そうして英雄と勇者は魔王と相対した。
*****
「うーん、困ったねぇ」
一つの声が、誰もいない書庫に響いた。
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