恋愛感情を抱いても色々ありまして④

「ドラゴンを殺せばその素材で俺たちの装備も強くなる、だからドラゴンを狩りに行こう」


 そういう彼の言葉に疑問を抱く。ドラゴンとは、悪でも善でもないのだ。ただそこで暮らすだけの調和を護る者だ。だからこそ、彼らに手を出せば彼らに狙われることとなる。それはこの世界の常識というものだった。


「ドラゴンを殺すのは危険です。彼らに手を出せば、復讐されます」

「なら復讐を返り討ちにすれば良い。それとも英雄は臆したか?」


 英雄と呼ばれる青年は小さく息を吐く。この男は何も分かっていない。ドラゴンの復讐の目標は、自信に留まらないと。彼らの人生に携わった者たちを皆殺しにするまで、続くのだ。


「かつて王国を一つ滅ぼした邪悪なドラゴンを殺す、それの何が悪いんだ?」

「それはヴォルケニオンのことですか? 彼女は、息子の卵を人間に割られたから猛ったのですよ!?」

「それがどうしたのかよ? 滅ぼしたのは事実だろうがよ」


 英雄は事実を言われ、困る。すると男は小さく首を振って


「英雄様の力が無くても俺たちはドラゴンを殺せるよ。邪魔だけはすんな」

「……好きにすれば良いでしょう」


 英雄はその日のうちに、その国を旅立った。この国は滅びるだろう、と諦めて。


*****


「邪悪なドラゴンを殺せ! かつての殺戮者共を殺し尽くせ!」


 異世界から呼ばれた男は剣を抜き、街中にいるドラゴンへと斬りかかった。


『何をする!?』

「五月蠅い、黙って斬られろ!」


 その爪が剣を受け止めた。しかし、拮抗はほんの一瞬。爪が斬り裂かれ、そのまま首が切り裂かれた。


『逃げろ、人間が攻めてきた!』


 命を振り絞った最後の叫びは耳の良い、龍の領域の全てのドラゴンの耳に届いた。だが、ドラゴンは己の領域に攻め込んできた愚か者を許さない。自分たちの安寧を犯すものに容赦はしない。


『人間共を皆殺しにせよ!』


 龍王の次に偉いドラゴンの命令で、全てのドラゴンは動き出した。それを眺め、龍王はため息を吐く。そして、たまたま通りがかったドラゴンに伝言を頼んだ。


*****


「死ねぇ!」

『がぁっ!?』


 剣閃が閃く度にドラゴンの体から血が噴き出す。


(何故だ……何故我らが殺されねばならん! 我らが何をしたと言うのだ!?)


「死ね!」

「ほいさ」


 振り下ろされそうになった剣の腹が指に挟まれた。そして、砕け散った。そして高速の蹴りが男を蹴り飛ばした。


「いよーっす、ドラゴンくんよ。無事かい?」

『アガリアレプト様……なぜ、ここに?』

「旦那のウツロイが少し気にしているみたいでね、そのお手伝いで人間を殺すだけだよ」

『手を貸していただけると?』

「今は、ね。ウツロイの気分次第じゃ逃げるけど」


 アガリアレプトは、クロはそう言いながら蹴り飛ばした男を眺める。すでに立ち上がり、新たな剣を構えていた。


「お前、何者だ」

「なんだって良いじゃないか。強いて言うのなら……新妻?」

「はぁ?」


 少し照れたように頬を染め、言い放ったクロ。それに男は顔を顰め、


「邪魔をするなら、斬る!」

「うーん、ま、良いよ。かかっておいで、勇者気取りくん」

「黙れ!」


(ウツロイの言っていたことは本当みたいだねぇ……まさか、自分が凄い―なんて思い込んでいる馬鹿がいるなんてねぇ……ここで、殺してあげるのも一つの救いかもねぇ)


「本当の恐怖に相対する前に、さ」

「何を言ってやがる!」

「さぁ」


 剣を全て避け、クロは愉快そうに笑う。そのまま、全力の拳を叩き込もうとしたが、


「どけ、クロ。そいつは俺が殺す」

「……ウツロイ、大丈夫かい?」

「ああ、もう大丈夫だ……氷の槍よ《フリージングランス》」


 槍が放たれた。それが、男の方を刺し貫いた。


「っっっっっ!?」

「どうした? お前が傷つけた者の、1000分の1にも満たないはずだが?」


 あ、コレウツロイマジ切れしている。クロはそう思いながらどうしたものか、と思っていた。すると、龍王のいる方向へ、何かが高速で向かっている気配を感じた。そしてそれは彼も同じようで


「クロ、任せても良いか?」

「もっと素直に任せて欲しいもんだねぇ、こういう時くらいさ!」

「なら任せた」


 クロは嬉しい気持ちを押し殺し、地面を蹴った。これがウツロイとの今生の別れになるとも知らずに。


*****


「何なんだよテメェは!」

「お前のような外様の人間に問いたいことがある。答えるのならば、怪我を治そう」

「あ……? なんだよ、言ってみろよ」

「どうしてお前たちは、そうまでして傲慢なんだ?」


 歴史に残っている異世界からの来訪者もそうだった。俺たち4人は違うが。


 他人を下に見て、自分が絶対な存在だと過信している。そんな人間がまともな人間だとは思えない。


「だからこそ、俺はお前を処分するわけだが」

「何を訳の分からねぇことをごちゃごちゃと……殺すぞ!」

「そうか、だったらもう、話すことはないな」

「ああ、さっさと俺の怪我を治せ!」

「ん、そうだな。癒やしを《ヒール》」


 傷口から抜けた氷の槍が消えるのを眺めながら、傷口がじくじくと塞がっていくのを眺める。それににやり、と顔に気持ち悪い笑みを浮かべる男。


「死ね!」

「そう来ると思っていた。閉ざせ《結界》」


 グランエルなら一撃で斬り裂くだろう一枚の結界、それに男は包み込まれ、結界を壊せないようだ。


「なんだ!? 何をしやがった!?」

「……傲慢、か」


 呆れと共に、結界を圧縮して――真っ赤に染まったそれを、淡々と眺めていた。だが、いつまでもそうしてはいられない。だから虚偉は次の獲物を探して、吐き気を堪えながら周囲を睥睨した。そして、ドラゴンへと襲いかかっている者を見つけ、


「氷の槍よ《フリージングランス》!」

『む、助太刀感謝いたす!』

「何しやがる!?」


 剣を持っているドラゴンが礼を言いながら、氷の槍で刺され体勢を崩した者を斬り殺した。吹き出る血や、生々しい臓物、肉に吐き気がして頭の中がごちゃごちゃして


「っぷうぇ」


 吐いた。げーげー、と音を立てて吐いた。剣を持ったドラゴンがどこかに行ったのにも気づけないほどに吐いていた。


 そして吐き過ぎて、意識を失った彼は、次に目を覚ました時に絶望すると、まだ知らなかった。


*****


『アガリアレプト様! アガリアレプト様!』


 何だよ、五月蠅いな。


『起きてください! 至急!』

「……なんで」

『アガリアレプト様!』


 ……あれ、なんでこいつ、俺のことをアガリアレプトだって呼んでいるんだろう。ついさっきまで、次代アガリアレプトだって呼んでいたじゃないか。

 ひょっとして、俺をアガリアレプトだって認めたのかな? だとしたら、嬉しい反面複雑だな。


 現実逃避だ。こんなもの、ただの現実逃避だ……っっっ!!!


「………………なんで俺のことを、アガリアレプトだって呼ぶんだっっっ!?」

『……先代アガリアレプト様は








亡くなられました









 なくなられました? 無くなられました? 泣くなられました? 鳴くなられました?



 現実から目を逸らすなよ。俺の中の冷静な部分がそう呟く。



 亡くなったんだよ。冷静な部分がそう呟く。だが俺は信じ切れない。だから、つんのめりながらドラゴンに示された方に走って……血の泉に沈んでいる少女を見つけた。紅い髪にピコピコと揺れていた耳。その背中には剣が突き刺さり、地面に縫い付けられていた。


「――――――っ!?」


 なんでなんでなんでなんで……俺はなんで、生きているんだ……なんで、彼女を追わないんだ。



「……あぁ、そうだ。逆だ」



 彼女を蘇らせよう。例えそのためなら、どれだけの犠牲を払っても!








 そうして青年は悪魔となり、そして魔王となった。

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