恋愛感情を抱いても色々ありまして③

「龍王陛下、頭をお上げください」

『無理だ、次代アガリアレプト殿。我らドラゴンが罪な気人々に暴虐を振るうなど、あってはならんのだ……』

「……ヴォルケニオンは人間に恨みを抱いていたようだ。その人間について、何か知っていることは無いか?」

『人間に恨み……か。仲間を殺された恨みを燻らせていたか、ヴォルケニオンよ』


 仲間を殺された恨み、それは言葉の通りだろう。つまり、


「ドラゴンを殺している人間たちがいるんだな?」

「旦那様……龍王様、その人間はこの辺りにいるの?」

『アガリアレプト殿の言う通り、この辺りにいるようだ。だが、どうにも人間の匂いを掻き消しているようなのだ……』

「だから探せない、と。ドラゴンの嗅覚は鋭いのですか?」

「旦那様よ、ドラゴンはめっちゃ鼻が良いぜ? 旦那様の言う10キロメートルくらいなら余裕で嗅いでくるし」


 思わず自分の体臭を気にしてしまった。が、少し汗をかいた程度だ。大丈夫、だよな?


*****


「龍王陛下、その人間が現われるまで、俺たちはここに駐在してもよろしいでしょうか」

『構わんよ……が、悪魔を理由に絡んでくる者もおるかもしれん。それには気をつけておけ』

「心しておきます」


 そんな会話を経て、俺とクロは一軒の人間用の家を借りた。ドラゴンの皆さんは俺たちを歓迎してくれ、最近は物騒だから気をつけるんだよ、と言ってくれた。人間よりも優しいな、と微妙に感動した。


「クロ」

「なんだい、旦那様」

「結婚するのってどうやるんだ?」

「ぶぼっ」


 思わず噴き出したクロ、虚偉はその頭を撫でて


「あ、あの、旦那様? そんないきなり積極的に来られると緊張するって言うか……恥ずかしいよ」

「別に良いだろ。お前曰く夫婦らしいからな」

「旦那様の平然とした態度が憎たらしい!」


 クロはさめざめと泣きながら、俺の体にもたれかかった。現在は二人で借りた家に書庫から歴史を何冊か持ち込んでいる。それを読んでいると


「旦那様よ」

「なんだ?」

「セックスしようぜ」

「……やだ」

「お!?」


 顔を赤くしている虚偉を初めて見たクロは、思わずその顔をじっと見つめてしまった。永遠に記録に残したい、そんな可愛い顔を眺めていると、思わず


「ちゅー」

「おい……」

「嫌?」

「……」


 なんだろう、初恋だと実感した瞬間から、クロとの距離感が分からなくなってしまった。好きなんだ、それに間違いは無い。だからこそ、困っているんだ。


「クロ」

「なんだい?」

「ちゅー」

「っ!? え!? 旦那様!?」


 コレが普通の反応か、と思いながら虚偉はクロの体を抱き寄せた。もぞもぞ、と動いてクロが位置調整をしているのを眺めていると、愛おしい。愛おしくて、可愛らしくて……愛したい。


「……クロ」

「……なんだい、旦那様」

「キスしようぜ」

「ぅ……良いよ」


 そう言い、クロは目を閉じて唇を突き出した。んー、と言っている様子を可愛い、と思った瞬間、虚偉は気付いた。


(まさか……俺からだと!?)


 今までは完全に受けに回っていたからこそ、動揺だけで済んでいたが……先に受けに回られた。コレはつまり、虚偉がキスしないといけないのだ。


(……良いだろう)


 コレは一種の挑戦だ。俺がクロと愛し合えるかの、試練なのだろう。だったら、良いさ。


「クロ」

「ン……」


 クロの唇に、自分の唇を重ねる。それだけで、温かく、柔らかい感触が伝わってきた。甘い香り、優しい感覚……他にも色々と伝わってきた。


 誰にも渡したくない。俺だけの――


「クロ」

「ぁ……どう、したの?」

「愛している」

「……私も、です」


 緊張したような返事を聞くと同時に、俺はクロを押し倒した。


*****


「虚偉の奴、どうして隠していたんだろうな」

「そりゃ人間を辞めたから、ってあいつは言っていたぞ」

「そっか……どうして、虚偉くんは私たちを助けてくれたんだろうね?」


 真心は小さく息を吐いて、お酒を飲んだ。未成年だから、という鎖はあの日、虚偉と分かれた日に砕け散っていた。


「……真心、飲み過ぎじゃないか?」

「五月蠅いわよ……飲んでも良いでしょ」

「武人も何か言ってやってくれよ」

「……無理だろう。俺じゃ、俺たちじゃ落ち着かせられねぇよ」


 二人はノンアルコールの飲料を飲んで、晩飯を食べる。城のと比べると粗雑な味だが、コレはコレで美味しい。


「虚偉の奴、今頃何しているのかね」

「魔法の研究じゃないのか? ……そう言えば、あの時の研究発表会に虚偉がいたのも、仮面男がいなかったのもそういうことだったんだな」

「……確かに、そうだな。つぅかあいつ、隠し切れてないよな……とことん」

「お前に正体ばれるぐらいだしな」

「ああ」


 二人揃ってため息を吐く。真心は酒をまだ飲んでいる。すでに3杯目だ。


「そろそろ帰るか?」

「……ああ。真心、帰るぞ」

「はぁぁ?」

「「……」」


 酔っ払い面倒臭ぇ、二人は心の底からそう思った。


*****


 虚偉が龍の領域で迎えた朝は、かなりの憂鬱な気分、しかし何故か清々しい気分だった。そして


「旦那様は男の子が良い? 女の子が良い?」

「どっちでも良い……まだ、そんなことを考えられねぇよ」


 嬉しそうな笑顔でクロはベッドの上で転がる。昨日の汗とか色々な液体が染み込んでいる、と考えると洗わずには眠れないな。


「クロ」

「ん?」

「風呂入るぞ。ついでに布団も洗う」

「はいよー。いやー、旦那様の赤ちゃんってどんな子になるだろうねぇ」

「お前に似ているだろうな」

「そうかねぇ。旦那様に似ていると思うよ?」


 クロは本当に嬉しそうに笑った。その笑顔を見ていると、不思議と動悸が激しくなるような気がした。だが


「クロ」

「なんだい、旦那様」

「名前で呼んでくれ……いや、旦那様って呼ぶのは辞めてくれないか?」

「ん? なんでだい?」

「その呼び方、距離感を感じて嫌だ」

「……それってもしかして、私と距離を詰めたいって意思の表れかねぇ!?」

「ああ」


 クロが諸手を挙げ、歓声を上げる。だから、何も言えなかった。すると、扉が叩かれた。とりあえず開けてみると、そこにはドラゴンが立っていた。


『アガリアレプト様、並びに次代アガリアレプト様。龍王様がお呼びで御座います』

「うん? 一体何事なんだろうねぇ……君、何か聞いていたりしない?」

『……至急、だそうです』

「のんびり話している場合じゃなさそうだな。クロ!」

「あいよ」


 クロの伸ばした手をがっしりと掴んで


「飛べ《空間転移テレポート》!」

『転移魔法だと!?』


 驚いているドラゴンに申し訳なく思いつつ、龍王の間に転移すると、焦ったような表情の彼、もしくは彼女がいた。


「呼ばれたと聞いていたんだけどねぇ……何事なんだい、龍王」

『アガリアレプト……転移魔法を復活させたのかい? 英雄に消されたと思っていたんだけどねぇ』

「それはそれで気になる情報だけどさ、我が旦那様のウツロイが創り上げたんだよ」

「クロ、余計なことは言わないで良い。それで、何があった」

『人間の侵攻さ……どうも、邪悪なるドラゴンとか言っているねぇ』

「……邪悪なる、ドラゴンだと?」


 その言い方、何故だろう。心当たりがある。


「そいつらは、素材とか材料とか口走っていなかったか?」

『なんで知っているんだい? アンタの知り合いかい?』

「……いや、知らない。だが……同じ世界か、似たような世界から来た奴だろうな」

「ウツロイ……大丈夫かい? 人間相手に戦えるかい?」

「ああ、戦うさ。戦わないと、いけないんだ」

『事情はつかめないが……じきにここも戦火に包まれる。逃げなさい』

「いや、戦うよ。そうだろう、ウツロイ?」

「ああ」


 ヴォルケニオンの悲しみを晴らすためにも、知らないといけないことがある。だから俺は、戦う覚悟を決めた。

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