恋愛感情を抱いても色々ありまして②
「ウツロイ……ウツロイ……うーむ」
「どうした?」
「なんだか慣れないねぇ。いっそのこと、あだ名でも付けてみるかい?」
「ん、構わないが」
「んー、うっちゃん、つっちゃん、ろっちゃん、いっちゃん。どれが良い?」
アガリアレプトの提案に虚偉は小さく息を吐く。そして
「アガリアレプト。お前はどんな風に呼ばれたい?」
「ん……あのね、おにーさん」
「なんだ?」
「本名で呼んでって言ったらどうする?」
「本名……? 別に構わないが。なんて言う名前だったんだ?」
「……クロ」
「クロ?」
「そう、クロ。呼んでくれる、かな?」
柄にもなく不安そうな顔、俺はアガリアレプトの、クロのそんな表情を見ていたくなかった。だから
「クロ」
「ウツロイ……うーん、なんか、呼ばれたい名前とかある?」
「……無いな。ウツロイで良いんだぞ?」
「うーん……旦那様?」
「へ?」
思わず変な声が出た。それほどまでにクロの言葉は場違いなような気がしたのだ。
「え、旦那様? え、誰が? 誰の?」
「ウツロイが、私の。素敵でしょ?」
「……そうか?」
「初恋のわりには色々おかしいねぇ!?」
*****
「旦那様よぉ、龍の領域に行くのかい?」
「いや、まだだ。転移魔法がそろそろ完成しそうなんだ」
「ほぉーう。ちなみに今、どんな感じ?」
「無機物の転移に成功した。後は生物で実験して、調整するだけだな」
調整するだけ、そうは言ったけど旦那様はそういったところで凝り性だ。だからクロは思う。きっと、1日や2日じゃ終わらない、と。そう思っていると
「クロ、転移魔法の実験を手伝ってもらっても……いや、良い」
「え? 実験台にならなってやれるぜ?」
「なんかそれは嫌だった……なんでだろう」
「そりゃ初恋相手だからじゃないの? それか単純に、命を奪う事への忌避感?」
「っ」
ドラゴンを殺した際にもあった、忌避感。それはいまだに失われることの無い、俺の心の何かだろう。だがそれを失ってしまったら……きっと、俺は人間ではいられなくなる。肉体の話ではなく、心が、だ。
「……旦那様のそれは美徳だと、私は思うよ。優しさも、心地よさも旦那様の素敵な部分。
旦那様以外の誰にも存在しない旦那様らしさがある、だったら殺すことに忌避感があっても良いんじゃないかなって私は思うよ。まぁ、旦那様が殺人とかに快楽を覚えちゃったらその時は色々困るんだけどね。まぁ、結局は許してしまいそうになっちゃう、そんな私だけどさ」
「……クロ」
「なんだい?」
「ありがとう」
「お? 旦那様のデレ? キスしようぜ!」
「はぁ?」
「本気で怒った目を向けないで!?」
怒っていない、機嫌が悪くなっただけだ。そんな風に思いながら、クロの頭を撫でる。何故だか最近、毎日のようにコレをしている気がする。不思議と嫌じゃない。
*****
「クロ、そろそろ準備は良いか?」
「うん、まぁ、問題ないと思うよ。でもさ、旦那様よ」
「なんだ?」
「徒歩で、まぁ、馬車とか使って移動するってなんでか聞いても良い?」
「……お前は俺以上に強いからな。転移魔法を使わせるわけにはいかない」
一度行ったところにしか飛べない、転移魔法はそんな結果で終わってしまった。だが、それもそうだろう。どこに行きたいかを詳しく指定しないで、どこに行くというのだ。
「旦那様よ」
「なんだ?」
「馬車の呼び方とか知っている?」
「いや……だが、街に行けばなんとかなるんじゃないのか?」
「「……」」
「やっぱり徒歩で行かないかい、旦那様」
「そうだな……これなら創造魔法や契約魔法、召喚魔法について色々と読んでおくべきだったぜ」
虚偉が嘆息していると、クロは小さく笑って
「そんな短時間でどうにかなる物が魔法って言われるわけ無いじゃん。魔法の深淵を開かすのは、本当に極めないと」
「……?」
「つまり今の旦那様は魔法が色々使えるだけで、極めてはいないんだよ。魔法使いであって、魔術師じゃないんだよ」
いきなりの新職業に戸惑っていると、クロは目を閉じて
「魔法を極めようとする人たちのことだよ。今の旦那様はまだ、魔法使いなんだよ」
「……そうか」
*****
「それでお二人さんは新婚なんですか?」
「そんなところだよ」
「……」
「実に羨ましいですねぇ……ところで、どちらに向かわれるのですか?」
「龍の領域に向かっているんだ。ちょっと調べ物をするためにね」
乗り合わせた男は少し首を傾げて
「一体どんな?」
「えっとだね「ドラゴンの使う魔法について調べようと思ってな」
「ドラゴンの使う魔法ですか……どんな魔法だと思いますか?」
「どんなって言われるとうちの旦那様の方が詳しいねぇ。そうだろう、旦那様よ」
「まぁ、一応仮説程度ならあるな」
「ならその仮説を確かめに行くんですか?」
「ああ」
嘘だ、別のことを確かめに行く。そう思っていると、クロは俺の顎をその小さな柔らかな、温かな手で撫でて
「新婚旅行も含めているからねぇ、のんびりと行こうよ、旦那様」
「まぁ、そうだな」
虚偉は無意識に新婚旅行を否定していなかった。それは彼自身が気付けば驚くであろう、事実だった。
*****
「さてと、旦那様よ」
「なんだ?」
「今晩こそ、初夜の契りを……してはいただけませんか?」
「龍の領域で休める場所があるのか?」
「あるとは思うけどねぇ……まだ、この龍の領域に来たことは無いからねぇ」
虚偉は龍の領域、その関門の前で小さく息を吐く。すると
「なんだ坊主、緊張しているのか?」
「そりゃ緊張もするさ……初めての龍の領域だぜ? 何があるかも分からない、そんな未知の世界なんだよ」
「はっはっは、気ィ張るなよ、坊主。緊張しているとドラゴンたちも緊張してしまうぜ?」
「……かもな」
関門を潜るためには龍の審査を受けなければならない。だからこそ、虚偉は自分自身が人間なのか、悪魔なのかを理解する良い機会とも思っていた。
『なんかさっきから匂い覚えのある香りがすると思ったら……ヴォルケニオン様の臭いじゃないか? お前』
「ヴォルケニオンを知っているのか?」
『ヴォルケニオン様の知り合いか……? だが、人間の知り合いがいるとは聞いたことがなかったな。それに、ヴォルケニオン様はつい先日、命を落とした……』
「……済まない。ヴォルケニオンは俺の仲間に襲いかかってきていたから……俺が、殺した」
そう言うと、関門の管理者のドラゴンは目を見開いて
『貴様がヴォルケニオン様を殺しただと……?』
「済まない」
『……お前は最後だ。連れの女も』
「ん、分かったぜ。そんじゃ旦那様よ、とりあえずどこうぜ」
「あ、ああ」
そして10分後、俺たちを除いた関門通過希望者がいなくなった。だから、俺とクロはドラゴンと話し、説明するつもりだった。だが、ドラゴンは首を横に振って
『乗れ、人間』
「え?」
『貴様らの所行を思えば殺したい。だが、ヴォルケニオン様が自我を失ったのは確かだ』
「「……?」」
アレで自我を失っていたのか? かなり絶望的だった、とクロは言っていたが……
「それで俺たちはどこに連れて行かれるんだ?」
『龍の領域の主、龍王様だ』
「龍王かぁ……まだ、私のことを覚えているかねぇ」
「『え?』」
「アガリアレプトが代替わりする時、挨拶すべき相手が何人かいるんだ。龍王、魔王、そして天使にね」
「天使? それに魔王って……」
「後で説明するよ、旦那様。今はそれよりも龍王について話しておこうか」
「……」
どんな奴だろう、と思っていると
「めっちゃ怖い」
「あ、そう」
*****
『この度の件、真に申し訳ない!』
土下座する龍王に思わず、クロと顔を見合わせてしまった。
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