悪魔になっても色々ありまして⑨

創世記ジェネシス648~1084 アガリアレプト』


「悪魔になったのか、元々悪魔だったのか……どっちでも良いか」


 そう思いながら表紙を捲る。寿命が長い種族がどれだけいるのか分からないが、アガリアレプトの名前を継いでいるからこそ、悪魔なのだろう。


「……」


 アガリアレプトという歴史の管理者は、長く生きているのだろう。少なくともこのアガリアレプトすら、初代アガリアレプトでは無いようだ。死因は何の変哲も無い寿命だそうだ。

 アガリアレプトから聞いたが、悪魔になったものは寿命が純粋な悪魔の半分にも満たないそうだ。純粋な悪魔なら1000年は生きられるそうだから、このアガリアレプトは悪魔になったのだろう。


「……アガリアレプトの、歴史の管理者としての始まりはいつなんだ? 一体いつから、どうして始めたんだ?」


 その記述は原初のアガリアレプトだけが知るだろう。そう思い、数えるのすら億劫になるほどの本棚を眺めてため息が出た。


*****


「さてと、《軍隊熊アーミーベアー》の群れを狩ったからお金ならなんとかなるねぇ」

「リアちゃん、私たち、何も出来ていないんだけど」

「良いさ良いさ、これからのんびりやっていけば良いんだよ」


 アガリアレプトはMPの大半を使ったせいで疲れており、現在はケインに背負われていた。そのまま疲れたような表情で、指示を出している。


「とりあえずアレだ、森から離れて《バッファロー》を狩って……アレでお肉賄えるから……眠ぅ」


 小さな欠伸に4人がほっこりしていると、突如、ケインが目を見開いて


「マゴコロ、少し気をつけろ」

「え?」

「何か、来るぞ……!」


 ケインの背中から剣が抜き放たれた。そしてそれを両手で構えて


「何だ……こいつは!?」

「っ!?」

「デカい!?」

「マジかよ……」

「ん……ヤバげ、だねぇ」


 アガリアレプトはそれを眺め、小さく息を吐く。それは黄色の瞳で5人を見下ろしていた。それが開いた口から、尖った牙が見えた。長い舌が見えた。それは大きな声で吠えた。


「「「ドラゴン……」」」

「ケインのおっちゃん! さっさと逃げ込め!」

「え、だが!?」

「私が残るからさっさと行け! 闇よ、我が影となりて欺け《ダークシャドウ》!」


 アガリアレプトはケインの背中を蹴って跳び上がった。それをドラゴンは噛み砕くが、それは幻影。本体はドラゴンの影に、死角に隠れていた。


(MPの残り的に一発撃って逃げ込むしか無いかねぇ)


「暗黒よ、光りさえも飲み込むその顎で、我が敵を貪り食らえ《ダークネスファング》!」

『ギャオォォォォ!?』


 腹部に噛みつかれたドラゴンが痛みの余り、空中で悶絶する。そのまま姿勢制御を失い、落下してくる。だがドラゴンにアガリアレプトが潰される、そんな姿をたまたま振り返った真心は見てしまった。


*****


「リアちゃん!?」

「「「え!?」」」

「っ!」

「真心!?」

「おい!?」

「何しているんだ!」


 ケインが咄嗟に伸ばした手、それをすり抜けて真心は走る。そのままリアちゃんを探すが、地面に落ちたドラゴンがいるせいで探せない。それに舌打ちをしたくなりながら


「癒やしの光りよ、我が周囲に降り注ぎ、万物を癒やせ《ヒールレイン》!」


 見えないのならば周囲一帯丸ごと癒やしてしまえば良い。そんな真心の単純な発想により、痛みが治まったドラゴンは鎌首を擡げた。そして、真心を見つめて口を開き、


『炎よ、我、龍の息吹となりて薙ぎ払え《フレアドラゴンブレス》!』

「っ、光りよ、我が盾となって《シャインシールド》!」


 死んだ。間違いない。そう錯覚するほどに、全身が激痛に苛まれている。肉を焦がす嫌な匂いがする。それなのに何故生きているのか、それは《ヒールレイン》の残滓、それで濡れた地面に倒れているからこそ、癒やされ続けているのだ。だが、


「《ドラゴンスラッシュ》!」

『炎よ、我、龍の息吹となりて――』

「っ、まずいぞ!」

「ケインまで死ぬぞ!?」


 ケインの剣が振り下ろされようとする、その直前のドラゴンの口は大きく開いて



「だりゃぁっ!」

『開け《煉獄の門》!』



 ドラゴンの口を無理矢理閉じさせる蹴り、そしてその頭に触れて呟く男。ドラゴンが吐こうとした炎の奔流が口腔内を焦がす嫌な匂いに顔を顰めつつ、ケインは剣を振り切った。それはドラゴンの顔に大きな傷を創ったが……ドラゴンが悶え苦しんだのはそれでは無かった。


 ドラゴンの頭に触れた、その位置から溢れ出すようなマグマがドラゴンの表面を焦がす。炎に限らず、様々な属性に耐性のあるドラゴンの鱗を焦がし、その下の肉を焼く。藻掻き苦しむ重低音の鳴き声に仮面男は顔を顰め、


『やはり封印されていた魔法の威力は桁違いだな』

「おにーさんよ、そんなこと言っていないでぶっ殺しちまおうぜ」

「リアちゃん……生きていたの!?」

「いやー、結構ギリギリで逃げ込めたんだよね。後一秒遅れていたらぺちゃんこだぜ」

「そっか……無事で良かった」


 アガリアレプトはにやにや、と笑って


「ほれほれ、おにーさん方よ。もうこいつに飛べるだけの体力は残っていないしトドメ刺しちゃってくれね?」

「え?」

「いや、俺たちは……」

「良いから良いから。そもそもおにーさん方を強くするために来たんだぜ?」

「「……」」


 そう言えばそうだった、と二人は思い出した。そして


「助かったぜ、仮面男マスクマンさん」

「あ、ああ。助かったよ」

「……ありがとう、仮面男さん、リアちゃん」

『こいつが騒いでいただけだ……無事で良かった』


 そして15分後


「それでこのドラゴンって何だったんだ?」

「……リアちゃん、何か分かる?」

「んー、見た感じ、炎のドラゴンだろうねぇ……でも、本来なら自分の領域から出ないはずだよ」

『……ここは任せた。俺は書庫で調べてくる』

「おっけー」


 虚偉はその場を離れ、書庫に入った。そしてそのまま、『近代史』の書架に足を運び、『ドラゴン』の本棚を眺める。種族や地域でも分けられているからこそ、探しやすい。


「アレはきっと、長生きしているドラゴンだろうからな……これか?」


 100年以上生きているドラゴンの本があった。ちなみに名前は『ヴォルケニオン』というスゲぇかっこいい名前だった。


「……一番後ろにある記述だろうな……」


 何故あんな場所に、あんな立派なドラゴンがいたのか。それを解き明かしたいという知識欲があった。だからそれを見た瞬間、動揺した。


「ドラゴンの同胞を殺している人間がいるのか……だが、それがあの街にいるのか? そうは思えないが」


 壁に掛かっている大きな地図を眺める。そこに描いてあるドラゴンの領域とあの街は西端と南端で見事に分かれている。それはつまり、


「ドラゴンの勘違いなのか? だが……ドラゴンとは、ヴォルケニオンとは聡明だと書いてあるんだが」


 彼ではなく彼女だったのか、と言う驚きも交えつつ、読んでいるとドラゴンの生態が分かって面白かった。だが、ドラゴンの人生、ドラゴン生は複雑だったようだ。少し、話してみたいと思った程度には。


「反魂の魔法は無いのか? ガイナスの研究にあったりしないだろうか……」


 そして10分後、色々な本を取り出して椅子に座り、最初の目的を忘れて読み耽っている虚偉の姿がそこにはあった。


*****


「それじゃ、ケインのおっちゃん。まったねー」

「ああ、あいつにもよろしく言っておいてくれ」

「ほいほーい」


 そう言い、アガリアレプトたちは書庫に戻った。そしてそこで本を読み耽っている虚偉の、仮面男の姿を見て、思わず笑ってしまった。

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