悪魔になっても色々ありまして⑥

「入って良いよ-」

「おい!?」


 咄嗟に毛布を被り、顔を隠す。そのまま丸くなって


「虚なる音よ、我が声を歪ませろ《幻音マボロオト》」

「へいへいタケトのおにーさん、こんな時間にどうしたよ?」

「……あいつはいないのか?」

「んー、あいつって? おにーさんのこと?」

「虚偉のことだ」

「「っ!?」」


*****


「ウツロイってのは探している人の名前じゃなかったのかねぇ。それがここにいるって思ったの?」

「あいつが真心の名前を呼んだ時、イントネーションが自然すぎた。それに色々とあいつっぽい雰囲気も合ったし」


 虚偉は驚いていた。たったそれだけで俺のことに気付くとは、と。そして


「そこの布団の中で丸くなっているのが虚偉だろ? リアさん」

「……凄いねぇ、人間ってのは」

「え?」

「そんな僅かな可能性に賭けられる度胸、長生きし過ぎたのかどこかに置いて来ちゃったねぇ」

「リアさん!」

「あぁ、君の言う通りだよ、タケトのおにーさん。私は君を過小評価していたみたいだねぇ」


 アガリアレプトはにやり、と笑って


「ウツロイのおにーさん、これ以上隠すのは無理があるってもんだぜ」

「黙れ……はぁ」


 ため息、その声は虚偉の物だった。そして布団の裾を掴み、リアさんは一気に引っ剥がして


「じゃーん」

「じゃーん、じゃねぇよ……久しぶりだな、武人」

「久しぶり、じゃねぇだろ。お前、どうして隠していたんだ!」

「五月蠅いな……俺だって隠したくて隠していたわけじゃないんだ」

「言い出す機会が無かっただけだったりして」

「黙れ!?」


 リアさんの言葉に虚偉が叫ぶ。それは照れ隠しに似た、何かだ。


「クソ……おい、アガリアレプト」

「なんだい、おにーさん」

「お前は真心と一緒に寝てこい。慣れない場所だから眠れていないだろう」

「んー、話しても良い感じ?」

「ダメな感じだ。武人ほど気付いてはいないだろう」

「ほいほい。そんじゃタケトのおにーさんはどうするんだい? 床で眠らせるのかい?」

「どうしてベッドが二つあるか考えてみろ」


 アガリアレプトは詰まらなそうに唇を尖らせながら部屋を出て行った。そして虚偉はそれに安堵したように息を吐いて


「まったく、悩まされる」

「俺としちゃお前の行動に悩んでいるんだけど」

「かもな……で、何が聞きたい?」

「お前、どうしてこんなことを?」

「たまたまお前たちとグランエルが殺し合っているのを見つけただけだ。偶然その物だ」


 武人は小さく息を吐いて


「俺たちを助けた理由はあるのか?」

「いや、無い」

「お前……いや、らしいけどよ。らしいけど断言するなよ……思いの外がっかりするぜ?」

「戯言だな」


 小さく息を吐いて、虚偉は


「ただ運が良かった、それだけで終わらせろ。俺はもう、お前たちと関わるつもりは無かった」

「虚偉……お前、本気かよ?」

「ふん。第一俺はお前たちとは違って人間じゃないんだ……寿命も人間の10倍以上はあるらしいぞ」

「え、マジで? そんなに?」

「アガリアレプトはとりあえず300を越えている……俺も、外見を若く保ちたい物だ……いや、いっそ仙人のような外見も良いな」


 そんな風にくだらない会話が続き、眠気に負けた俺はあっさりとベッドに倒れ込んだ。


*****


「それじゃ、おにーさんおねーさん。どっからでもかかっておいでよ」

「リアさん……俺、ちょっと剣を向けるのを躊躇うんだけど」

「良いよ良いよ、弱さを孕んで強いのが人間って物だからねぇ」


 アガリアレプトは両手を広げ、どうぞどうぞ、とアピールする。だが襲いかかっては来ない。平和な国生まれの甘ちゃんだと聞いた通りだ。


「来ないからこっちから行こうか? って、うぉ!?」


 直後、アガリアレプトの脳天を叩き割ろうと振り下ろされる棍棒。それを咄嗟に避けて息を吐く。今の、確実に殺すつもりだった。


「危ねーぜ、マゴコッちゃん」

「リアちゃん、当たってくれると嬉しいなぁ?」

「死ぬよ!? 当たったら骨がボキグシャァなるよ!?」

「仕方ない事って、あるよね」


 真心の棍棒が高速で振るわれる。だがアガリアレプトからしてみれば、その程度なら避けるのは容易かった。


「隆人! 武人! 手伝って!」

「分かった!」

「あ、うん」


 アガリアレプト、それが彼女の本名だったらしい。ケインが言っていた、アガ何とかは彼女のことなのだろう。道理で反応がおかしいわけだ。


「《スラッシュ》!」

「闇の帳が我が身を隠す《シャドウヴェール》」

「へ!?」


 振り下ろされた剣が影を斬り裂き、アガリアレプトの体を斬れない。さらにアガリアレプトは隆人の背後に立っていて


「どこを斬っているのかなぁ」

「っ!? 後ろか!」

「きひひ、正解」


 アガリアレプトの指が剣を挟んで止めていた。それに驚いている隆人に微笑みかけて


「おにーさんよ、驚くようなことじゃないぜ? おにーさんは中々強くなっているつもりかもしんないけどさ、まったくもってその上を行く人間だっているし、人間以外ならもっといる。天と地ほどの差、おにーさん曰く月とすっぽん程度の差を自覚しておけ、だとさ」

「え、ちょっと待って!? それじゃあ武人が言っていた、日本人って本当だったのね!」

「え、俺それ知らない。いつの話?」

「昨日の晩の風呂?」

「俺それいない。何お前ら、二人で仲良く入ったのか!?」


 隆人が驚きの形相だった。それに真心は苦笑して


「私がリアちゃんと一緒に入って、武人が仮面男マスクマンさんと一緒に入っただけよ」

「あ、そうなのか……武人? どうしたんだ?」

「いや……改めてネーミングセンスがスゲぇなって思っただけだ」


 虚偉のネーミングセンスが凄まじい、色々な意味で凄まじいのを再認識しつつ、武人は拳を構えた。だが手は護りだけで、攻めるのは蹴りだ。しかしそれもサッカー部として、人を蹴るのには抵抗がある。

 そう言えばどうしてあいつは蹴鞠部に拘っていたんだ? そんな風に思いながら地面を蹴った。木とも土とも違う不思議な堅さを感じつつ、蹴りを放ったが


「おにーさん直伝、合気道」

「はぁ!?」


 俺が知っている合気道じゃねぇ、と思いながらぶん投げられる。


「まぁ、相手の力を利用してどうにかするのが合気道らしいし? 柔よく剛を制するって言うらしいよ」

「そりゃ知っているけどよ」


 蹴りが受け流され、拳が払われる。剣が受け止められ、床に倒される。棍棒を避け、足が払われて床に倒される。


「いやはや、随分と面白いことになっているねぇ」

「どういう意味?」

「訳が分からん」

「どういうことなのか聞いても良い?」

「力を持て余しているねぇ。短期間に強くなった弊害かねぇ」


 どういうことだろう、と思っているとアガリアレプトはにしし、と笑って


「おにーさん、お帰り。どうだった?」

『どうにもならん。本番は明日だぞ』

「ほっほーう」


 どうやら仮面男さんは何かの準備で忙しいらしい。それについて言及はしない。だが


『明日、お前たちの探し人が出るかもしれない研究発表会を見に行く。お前たちはどうする?』

「「行く!」」

「……俺も、行くかな」


 武人は白々しい、と思いながら頷いた。そしてその日の晩、問い詰めると


「俺と仮面男は別人って思わせる必要が出てきたからな」

「へぇ、俺のせいか?」

「自覚があるようで何よりだ」


 虚偉はそう言いながらコップに注いである紫色のそれを飲んで


「っぷぇ」

「うぇ!? どうしたお前!?」

「っくそ、コレ酒じゃねぇか!?」


 口の中に残る気持ち悪い味に虚偉は心底吐きそうな表情で、息を吐いて


「ごめん、キツい。寝る」

「あ、お休み」

「その酒、飲みたけりゃ飲んで良い……処分してくれ」


 この後、帰ってきたアガリアレプトに笑われるとは露知らず、虚偉は布団にくるまった。

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