悪魔になっても色々ありまして③

 虚偉たちが起こしてしまった山火事から3日が過ぎていた。そろそろ地面も冷めただろう、という虚偉の判断で書庫を出て転移魔法を使うと、今まさに剣が振り下ろされそうになっていた。だから咄嗟に、


「護りよ《シールド》」


 剣を受け止めた。


*****


「何だお前……奇妙な魔法を使いやがる」

「ふん。彼の物の深淵を読み解き、示せ《視状》」

「テメェ!」


 ステータスを覗こうとする虚偉、それを止めようとするグランエル。だが


「生憎と、さらばだ」

「なっ!?」


 剣が触れる寸前、その姿が掻き消えた。そして、


「《ライトニングボルト》」

「っ!?」


 背後からの一撃、威力は低いものの、神経へと直接叩き込まれる不快な痺れ。それに身動きが止まりそうになりながらも、必死に振り返ると


「いやはや、おにーさんも卑怯な手を使うよねぇ」

「テメェっ!?」

「テメェってさ、語源は手前、つまり自分のことなんだぜおっちゃん」

「黙れ!」


 上手く動かない体を無理矢理意思の力で動かして


「《セブンスラッシュ》!」

「護り閉ざし封じ硬めよ《四重結界》!」


 瞬間、結界の中で放たれた7つの剣先が結界に激突した。壱枚目の結界が割られ、見舞い目の結界が斬り裂かれ、三枚目が拮抗して……砕け散った。そして最後の一枚が

反射して……


「っぷ」

「おにーさん、我慢しないで吐いて良いよ。死骸はきちんと処理しておくから」

「ぷぅぇっ」

「ほら、吐いちゃった方が楽だよ」


 その後、げーげー、と吐く音が無音の周囲で響き渡った。それほどまでに、切り離された腕の断面というのは、見るのが辛かったのだ。

 そして二人は、結界を破ろうと藻掻いているグランエルに、慎重に止めを刺した。その時にも虚偉は吐きながら、だがしっかりと初めて手に掛けた人の死に様を目にしていた。


*****


「ケインさん、俺たちは助かったんですか?」

「……分からん。俺も意識が回復したらここにいたからな」

「ケインさんでも手も足も出なかったんですよね?」

「ああ」


 男三人がため息を吐いている中、真心は少し考えていた。あの瞬間、斬られる直前に割り込まれた時、


「不思議な雰囲気の人だったなぁ」


 そしてその後、助けてくれた少女も。そう思っていると


「いやー、まだここにいてくれて助かったよ」

「「「「っ!?」」」」

「そんなに驚くことはないと思うよ? あれだぜ? 曲がりなりにも命の恩人って奴だぜ?」

「それはそうだけど……」

「いきなりどこから現われたんだ?」

「ん? そりゃ書庫の外からだよ。おにーさんおねーさんのいる場所の外って言った方が分かりやすい?」

「……つまり、ここは書庫だと?」

「そう」


 確かに本棚が並んでいて、たくさんの本があった。そして少女はにやり、と笑って


「ケインのおっちゃん、何も言うなよ、ってさ」

「どういう意味だ? あいつからか?」

「そそ、おにーさんから」

「……分かった。助けてもらって感謝するぜ、嬢ちゃん」


 ケインはそう言いながらソファーに深く腰掛けて


「それで俺らはこれからどうしたら良いんだ? ここで本でも読めば良いのか?」

「そりゃお勧めしないね。死ぬぜ、ケインのおっちゃん」

「おっちゃんじゃねぇよ。俺はまだ20代だ」

「わっけぇ!? 私んいくつ下だよおっちゃん!」


 爆笑しだした少女はしばらく床で笑い転げて


「そんで、他の三人は何の問題も無いかね? 無いんなら良いんだけどよ」

「怪我とかはありません」

「同じく無し」

「俺も」

「なら良かった。そんでおにーさんおねーさんの自己紹介が聞きたかったり?」

「あ、そうだね。えっと、私は真心、よろしくね」

「隆人だ、よろしく」

「武人、よろしく」


 ふーん、と少女は頷いて


「しっかしまぁ、アレだねぇ。ケインのおっちゃんがいなけりゃ死んでいたねぇ。いても死にかけていたけどさ」

「それに関しちゃなんとも言えないな」

「ま、勇者グランエルに対して良く戦えたって褒めておくよ」

「「「勇者!?」」」

「アレがグランエルだと? どうして俺たちに襲いかかってきたんだ?」

「火事の原因を探しているといたから、だってさ。別に悪意があって襲いかかってきたんじゃないぜ?」


*****


『こいつ……再生するのか?』

『どれだけやっても無駄ぁ!』

『何なんだ……これが《自動再生》の力か?』

『私も初めて見るねぇ……こんな歪な生き物、呪われてるとしか思えねぇぜ』

『俺は死ねねぇ。だからテメェらが死ぬまで終わらねぇ!』

『おにーさん、帰ろうぜ』

『ああ、そうだな』

『テメェら!?』


 初めて殺した、でも生き返った。また殺そうとした。何度も殺しても再生した。それが虚偉の心を蝕んでいた。


「……俺は、人殺しなんだな」

「殺せなかったけどねぇ」

「……」

「気にする必要は無いよ。殺そうとしないと殺されるんだからね」

「……そうかもしれない。でも、殺したんだ」


 アガリアレプトは嘆息して


「生きているのなら万事問題無し! それに山火事起こしておいて今さらだよ?」

「む」


 確かにその通りだ。詠唱を木の板に書き込もうとして、焦がして文字としようとしたら燃え上がったのを思い出す。その後、ポイントカードに上から書いた。もう使えないから、と思っても少し躊躇した。


「実際に出来たのは《ライトニングボルト》だけだよねぇ」

「ああ。相手の動きを阻害できるのなら良いんだ」

「先手を打って相手の妨害、そこに大技。常套手段だねぇ」


 アガリアレプトはけらけら、と笑う。そして


「ところでさっきの、おにーさんとどういう関係なの? ケインのおっちゃんは知っているけどさ」

「……俺と一緒に召喚された奴らだよ。アガリアレプト」

「なに?」

「俺はお前を名前で呼ばない。お前も俺を名前で呼ぶな」

「へ!? おにーさん!?」

「あいつらに悪魔だってバレたくないんだ。頼む」

「……良いよ。おにーさんが頭を下げるなんて相当のことだし」


 そんなやり取りがあった。


*****


「私はリア、よろしく頼むぜおにーさんおねーさん」

「リア……?」

「へいへい、ケインのおっちゃん。何か気になることでもあるかよ?」

「……いや、無い」


 ケインはアガ何とかと言う名前だっただろう、と言おうとした。だがここで偽名を名乗るのには何か理由があるに違いない、と思ったのだ。単純に虚偉が自分に気付かれたくないだけとは知らないのだ。


「そんでもってこっちがおにーさん。名前は無いぜ」

「……(ぽかり)」

「痛ぇ!? なんで殴るのさ!?」

「……(こくり)」

「頷いても分かんねぇよ!?」


 白い面を付けた怪しい男とリアと名乗った少女のやり取りに真心たちが目を回していると


「リアさんの耳って本物なんですか?」

「さぁて、どうだろうねぇ。知りたかったらもっと親しくなることだねぇ」

「ちょっと武人? 恩人にそんなことを聞くのはどうかと思うよ?」

「あ、悪い」

「良いさ良いさ。おにーさんなんてその辺り、何も言わないんだぜ?」

「……(無言のチョップ)」

「……あのさ、おにーさん。話したくないのは分かるけど物理は止めようぜ!? 私の素敵頭が大変なことになるよ!」

「……ふっ」

「鼻で笑った!?」


 DVか、と思っていた三人だがその親しげな様子を見て、なんとなくどんな関係かを察した。そして


「しばらく三人はもうちょい強くなってもらわないと困るねぇ。今のままじゃ下手に動くと死にかねない」

「「っ!?」」

「っ、でも私たちは人を探しているんです! 急いでいるんです!」

「ふーむふーむ、事情は分かったよ。で、名前は?」

「え?」

「探し人の名前だよ。知らないのかい?」


 真心は言われた意味を理解して


「虚偉くんです!」

「……おぅ」


 リアさんは困ったように面を付けた男を見たが、男が首を横に振ったので


「探しとくよ」


 そういうことになった。

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