ギルドに登録しても色々ありまして⑨
「おにーさん!? え、ちょ、は!? え!? なんで腕が!?」
「……」
「意識も無い……!? えっと、ええっと……癒やしの光よ、我が手に宿りて触れし者を癒やせ《ヒーリングタッチ》!」
傷口に触れる。手が血に塗れるが、そんなことを気にしている場合ではない。虚偉の傷口から流れ出る血が、その勢いを弱め……そして、傷口の肉が少し盛り上がった。血は止まった。
「……おにーさん……」
胸に耳を当てる。とくんとくん、と鼓動が聞こえる。だが、それは徐々に小さくなっていっている。それはつまり、死に近づいているということだ。
「……おにーさん……ごめん、目を覚ましたら、目一杯謝るよ」
とある決意をし、アガリアレプトは服を脱ぎ、全裸になった。そして、虚偉の服を脱がせた。
*****
体が冷たい。いつからか、ずっとそんな気がする。最後に何をしたのか、思い出せない。ついでにこの漆黒の空間にいる理由も分からない。だが
「何か護ろうとした気がするんだよな……」
一体何を護ろうとしたのだろうか。だが、失敗したような感じは一切無い。俺はきっと、護れたのだろう。護られたような気がするから、護ったような気がする。
「……?」
なんだろう、急に体が温かい何かに抱きしめられているような気がしてきた。温かい何かに包み込まれているような気分に浸っていると……不思議と、安心できた。だから
「……アガリアレプト……なのか?」
俺を温めてくれているのは、お前なのか? そう問いかける。すると、暗闇の中から、一筋の光が差し込んできて――
『おにーさん』
彼女の声が聞こえた、気がした。だから目を覚まして――ここは、
「書庫か? いつの間に……」
そう言えば、意識を失う前に書庫に逃げ込もうと思った記憶があった。無事に逃げ込めた、ということはきっとアガリアレプトも無事なのだろう。そんな風に思っていると、体が重いことに気付いた。それは
「……なんで服を着ていないんだ?」
俺の上で丸くなり、眠っているアガリアレプトに呆れしかなかった。……ん!?
(なんで俺も全裸なんだ!?)
思わずアガリアレプトを体の上から落ちそうになる、そんな勢いで体を起こす。気のせいか、背中が痛い。それもそのはず、床で直接眠っていたからだ。調度品以前の問題だ、家具が無いのは。
「……あ?」
床に血が垂れている。それは乾いているようだ。随分と前に垂れた血のようだ、と思い触れてみようと思ったが体が思い通りに動かない。右腕の筋肉が落ちているのか、それほど長く眠っていたのか、と思いながら腕に目を降ろすと……
「…………無い!?」
「わぴょっ!?」
思わず叫んでしまった。すると、アガリアレプトが奇妙な悲鳴を上げ、跳び上がった。そしてきょろきょり、と辺りを見回して――視線を落とした。
「あ、おにーさん……良かった、目覚めたんだね」
「アガリアレプト……お前、無事だよな?」
「うん、おにーさんのおかげでなんとかね。それよりもおにーさん……その腕」
「あぁ、無いんだ。どこで落としたか、知らないか?」
「……おにーさん? 腕は落とす物じゃないよ……いや、言葉の綾じゃ落ちるけどさ」
確かに腕が落ちる、とは言うけどさ……と、虚偉が思いながら自分の腕を見下ろす。そこは、皮が張っているだけで、薄らと骨が見えた。
「……」
「おにーさんの腕は……ぐちゃって、殴り飛ばされちゃったんだ」
「……熊にか? それは……凄いな」
「へ?」
「良く生き残れたな……」
自分に感心していると、アガリアレプトが小さく息を吐いて
「おにーさん、ごめんね」
「は?」
「おにーさんを森の奥まで連れて行ったのは私だし……私を護ろうとして、腕が無くなっちゃったし」
「そもそも俺のスキルのために薬草を摘んでいて、俺もノリノリで探していたのが悪いだろうが」
「え、ノリノリだった? もの凄いむっとした顔だったけど?」
アガリアレプトが驚いているのを無視して、俺の体から降ろそうとする、その時だった。
ずるり、と音を立てるかのように俺のがアガリアレプトの中から出てきた。
「……ええ!? ってうお!?」
「わ!? おにーさん!?」
思わず立ち上がりそうになり、手を付こうとして、腕が無いのに気づいた。だが付こうとしていたモーションは止められず、頬から床に激突した。そしてそれにアガリアレプトは動揺していた。
「ちょ、大丈夫!? おにーさん、大丈夫!?」
「あ、あぁ……大丈夫が……ん?」
何故だろう、傷みが凄く早く引いた。一体何が、と思い、アガリアレプトを見つめるが何故か俯いており、その表情は読めない。
「……アガリアレプト」
「なに?」
「あれから、何日過ぎた?」
「……まだ、1日も過ぎていないよ」
「嘘だろ……あんな怪我が、そんな短期間で治るはずが無い。腕だってそうだ……こんな、皮がそんな一瞬で張るはずがない」
答えろよ、
「俺の体に何があった……何をした?」
「おにーさん……後悔、しない?」
「何をだ。さっさと言ってくれないと……」
「怒る?」
「怖い」
何が起きているのかを理解する、それすらも出来なさそうで怖い。そう口にすると、アガリアレプトは頬を緩めて
「おにーさんは変わらないね」
「ん?」
「変わったのに、変わらないね」
「変わった……何が? 俺の何がどうなったんだ? 怪我が治りやすくなったとでも言うのか?」
「うん」
「それだけなのか?」
「ううん」
一体何なのだろう、と思っているとアガリアレプトは目を閉じて
「おにーさん……次代のアガリアレプトに任命します」
「謹んで拝命します……なんて言うとでも思ったか」
「おにーさんだからね……でも、ごめん。おにーさんはもう、アガリアレプトになれるよ」
「なれる、だと? それはどういう意味だ? まさか俺が資格を得たとでも?」
俺の言葉に神妙な顔で頷くアガリアレプト。そして――
「アガリアレプトの大書庫に入り、出た。そして再び入った。さらにアガリアレプトの愛を受けた……もう、充分におにーさんにはアガリアレプトになる資格がある」
「……」
「それにおにーさんは悪魔だから問題無し!」
「おい待て!?」
最後の最後で引っかかる点を残しやがった。それに思わず叫ぶとアガリアレプトはやはは、と頭を掻いて
「コレに関しては本当に私のせいだよ」
「知っているから説明しろ。俺のどこが悪魔だ、そんなに性格は悪くないぞ」
「おにーさん……奇跡的に間違っているよ」
「は?」
何を言っているんだ? 思わずアガリアレプトの顔をまじまじと見つめてみると、アガリアレプトは顔を赤くして
「いやー、そんなに見つめられるとおにーさんとの交わりを思い出すなぁ」
「っい!? おま、は!? 俺がいつお前とセックスした!?」
「セックスじゃないけど……おにーさんが意識を失っている間?」
「お前……短い間だったが、楽しかったよ。さよなら」
「おにーさん!?」
本気でこいつと距離を置こうかと思ってしまった。だが何故だろう、少し離れたくないという気持ちが俺の中で芽生えていた。
「……アガリアレプト」
「は、はい。なんですか!?」
「……」
分からない。俺の心がこいつに何かを求めている気がする。だがそれを言葉にするのが難しい。だから
「ありがとう」
涙一粒。
「……ふぇ?」
「助けてくれて、ありがとう」
「え!? 危険に巻き「お前のおかげで俺は今、生きている。それで充分だ」
「……ずるいよ、おにーさん」
「ん?」
「そんな風に言われると、困っちゃうじゃん」
アガリアレプトは目元の涙を指で拭い、満面の笑みで言った。
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