ギルドに登録しても色々ありまして⑥

「あのさ、ウツロイのおにーさんよ」

「なんだ? 何か異変でも起きていたか?」

「そんなことじゃなくてさ……おにーさんは元の世界に帰るつもりはないんだよね?」

「今のところはそうだな。それがどうかしたのか?」


 アガリアレプトは何故か、俺の顔色を窺って


「おにーさんが求めている転移魔法、読んだ覚えがあるんだ」

「どこで!」

「ちょ、そんなに詰め寄らないで!?」


 思わず鼻と鼻が触れあってしまった。それほどまでに俺は転移魔法に期待しているようだ。


「えっとだね……おにーさん。ちょっと悪いけど、キスしても良い?」

「あ? そんなに死にたいのか? 仕方が無いな……」

「ちょ!? 違う違う違うって!」

「ならなんだ? さっさと言え」

「……おにーさん、短気って言われない?」

「話をはぐらかすな。さっさと言え」


 この目、マジだ。アガリアレプトは戦慄しながら両手で虚偉の体を押して


「おにーさん、転移魔法について目にしたのはきっと、書庫の中だよ。だから書庫におにーさんを連れて行くために、キスするの」

「……ならさっさとしろ。下を絡める必要は無いよな?」

「無いけど-、なんだかおにーさん、雰囲気ってのを理解していないよねぇ」

「黙れ」


 そう言い、ウツロイのおにーさんは私の小さい体を抱き寄せて、無造作に唇を重ねた。余りにもいきなり過ぎて驚いていると


「これで良いのか?」

「……おにーさん、大胆」

「黙れ、まだ足りないのか?」


 その後、何度もキスされ過ぎて恥ずかしくなったアガリアレプトは書庫に逃げ込み、虚偉はどうしたら良いんだ、と悩んでいた。そして――虚空に現われた波紋、そこからにょきっと生えてきた手に掴まれ、波紋の中に頭から突っ込んでしまった。


「っ!? なんだこれは!?」

「いらっしゃい、ウツロイのおにーさん。アガリアレプトの大書庫へ、ようこそ!」

「っ!?」


 アガリアレプトの大書庫、それはつまりここに歴史が集められていると言うことだ。

 壁が見えないほどに通路は長く、20メートルはあろうかと思えるほどに高い天井、そしてそれに接している本棚。それには一冊の隙間もなく、びっしりと本が挟まっていた。


「……凄ぇ」

「お!? ウツロイのおにーさんもそう思う!?」

「ああ、思う。で、お前はどこにいるんだ?」

「こっちこっち、人間の書架、創世歴ジェネシスの2の本棚の前」


 どこやねん、と思わず関西弁が顔を覗かせながら声の方に歩いていると天井から伸びる二本の紐と、一枚の板があり、その上にアガリアレプトが座っていた。


「こっち、上上」

「ん……スカートの中、見えているぞ」

「へ!? おにーさんってやっぱしスケベだよ……」

「黙れ」


 お前はいつの間に着替えているんだ、と虚偉は思いながらため息を吐いて


「アガリアレプト、ここがお前たちが代々引き継いで来た書庫か?」

「そーだよ。ってか今、こっち見ないで」

「何故だ? ノーパンだからか?」

「それもあるけどさ……」


 さっきスカートの中が見えた時、肌色しか見えなかったのはそういうことか。そんな風に思っていると


「あのさ……おにーさんってば……どうしてキスした相手に平然と話しかけられるのさ?」

「キス? あれは……アレだ、民族的風習と同じだ」

「おにーさん……枯れているねぇ」

「お前の尻になら欲情できるが……生憎と、無理だからな」


 アガリアレプトがブランコから落ちそうになる。そしてなんとか、と言った様子で降りて来た。


「おにーさん……さすがの私でもどうかと思うよ」

「お前の尻が魅力的なのが悪い」

「私が悪いの!? どういうこと!?」

「黙れ。それよりもさっさと転移魔法の記録を読ませろ」


 それから一日が経った。虚偉は自分のMPでは転移魔法が使えないと理解したからこそ、レベルを上げることに専念していたのだ。


「転移魔法で使うMPは2000、俺のMPが34レベでようやく1500だ……使えたとしても、まだまだかかるな」

「んー、おにーさん。確か《MP増加小》を持っていたよね?」

「ん、ああ」

「小だと5%増えるんだけどもっと育てればもっと増えるよ? それに《MP消費減小》があれば10%くらい減るし」

「なんだと?」


 2000から10%減れば1800,そしてアガリアレプトの口調からスキルは進化する、と理解した。だから


「分かったぜ、アガリアレプト。しばらくは高速魔法の研究とレベル上げ、スキル習得に付き合ってもらう」

「良いよー。でもスキル習得条件を纏めた本がこっちにあったからそれを読んでからね」


 そんな便利な本があったのか、と思いながらアガリアレプトが戻ってくるのをぼんやりと待っていると


「ん?」


 『創世記ジェネシス382年~創世記ジェネシス442 魔道王ガイナス』


「……読んでみるか?」


 時間がかかりそうだから、という理由で手に取り、開いてみた。目次には歴史に残る行為、周囲からの評価、功績などと様々な項目が書いてあった。


「アガリアレプトって悪魔はマメなんだな」


 そんな風に思い、功績のページを捲った。すると


現在では失われた技術オーパーツである魔法を物に付与する事が出来る研究をしていた。現在も残っている魔法道具はガイナスが作った物が大多数を占めている』


「魔法は道具に付与できる……だと? 魔法剣のような物か?」

「――おにーさん」

「ん?」

「書庫の本を勝手に読んじゃダメだよ」

「……?」


 真顔だった。アガリアレプトは真顔で、いつもに笑いが絶えない表情では無かった。そして、その手に握った本を振りかぶって俺の顔面を殴りつけた。


「っ!?」


 余りの痛さと衝撃に悶絶する。と、言うか10メートルは吹っ飛んだ気がする……これが、アガリアレプトのステータスの力か、と痛みに耐えながら思っていると


「歴史はそんな安全な物じゃない! ここにある本は、編書していない本は全て歴史! 勝手に読んで取り憑かれたらどうするつもりなのさ!」

「……どういう、意味だ?」

「おにーさんが今していたことはそれだけ危険なんだよ!」

「アガリアレプト……」

「分かったらその本を元の位置に収めて! 取り憑かれる前に!」

「あ、あぁ……」


 その剣幕に押されて、本を、ガイナスの歴史を本棚に収める。するとアガリアレプトは安堵したように息を吐いて


「ごめんね、ウツロイのおにーさん。でもこれは悪意があるわけじゃないんだよ?」

「ああ、分かっている。そもそもお前は俺に悪意を持って危害を加えられないはずだからな」

「あー、人間の隷属魔法のせいでね……おにーさん、聞かないの?」

「聞いても良いなら聞くが……言いたくないなら言わないで良いぞ」

「言うよ。おにーさんになら、言っても良いから」

「そうか」


 どういう判断基準なんだろう、そんな風に虚偉が思っていると


「アガリアレプトの魔法は世界を蝕んでいる。そしてそれのおかげで、世界のどこかで誰かが死ねばその歴史がこの書庫に収められるんだ」

「……魔法は、そんなに凄いものなのか?」

「うん。正直に言ってしまうとおにーさんが触れているのなんて末端程度なんだ……省略魔法を成功させたのはおにーさんぐらいだけどね」

「そうなのか?」

「うん。歴史上ではいるけど、その技術は残っていない」


 アガリアレプトはようやく、ほんのりと笑みを浮かべて


「おにーさん、それでその本が読みたいの?」

「ん、ああ」

「魔道王ガイナスの歴史書ね……おにーさんも魔法史に名を残すかもね」


 アガリアレプトはそう言いながら本棚に収めたガイナスの歴史を抜き取った。瞬間、本が淡い光に包まれて


「コレでようやく、読んでも問題ないよ」

「そうなのか?」

「書庫の主人が許可を出したからね」

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