ギルドに登録しても色々ありまして③

「……さてと、この辺りで良いかな?」

「何々、おにーさん。こんな路地裏でこんな女の子に手を出しちゃうわけ? すっげー性癖」


 ケラケラと軽薄に笑う少女を、虚偉は冷たい瞳で見据えて


「アガリアレプト、知識の悪魔……だったかな?」

「……えーっと、名乗った記憶が無かったり?」

「名乗らなくてもお前のステータスは見た。隠蔽していたな」

「……さっきのが聞き間違えだったら良かったなーって思っていたんだけどねぇ。おにーさん、何者?」

「名乗りが欲しいわけじゃないんだろう? 俺はただの魔法研究家だよ」

「信じらんねー」


 ケラケラと笑い続けている少女。その髪は仄暗い紅。その瞳は金色に輝いている。そして頭頂部には兎のような耳が生えていた。尻尾が生えているのかは、ズボンに隠れて見えない。さっき、檻の中にいた少女とは似ても似つかない。


「お前、檻の中で姿も隠蔽していたのか?」

「おにーさんそこまで分かるの?」

「いや、なんとなくそう思った」


 だがステータスと外見を偽るのは別の隠蔽なのか、と理解した。だが


「おにーさんの名前を聞いても良い?」

「本読虚偉だ」

「ほーん。貴族?」

「一般人だ……虚偉が名前だからな」

「ほーう。ウツロイのおにーさん」

「……」


 舌打ちをしそうになりながらもぐっと堪えて


「それでお前はどうして名前や、身分を偽って奴隷になっていた?」

「おにーさん」

「なんだ?」

「ちゅー」


 殴った。


「痛ぇ!? 遜色抜きで痛ぇよおにーさん!? 女に手を上げるとか男の風上にも置けねーよ!?」

「知るか。キスして誤魔化そうとしてんじゃねぇよ」

「ひょっとしてぶち切れ中?」

「分かっているのか。意外だな」

「いやー、そんな拳握りしめて言うことじゃないなーって思っていたり?」


 アガリアレプトは耳をピコピコさせながら一歩下がった。それは臨戦態勢にも見て取れるが


「うっげ、人間の隷属魔法ってこんなに縛りきついの? 反撃も出来ないし」

「なんだ、悪魔の隷属魔法は緩いのか?」

「ここまで非道な事はしないなー、やっぱ人間って怖いねぇ」

「それには同感だな」

「お?」


 アガリアレプトは少し仲良くなれるかも、と思っていた。すると


「いつだって怖いのは人間だ。他の何でも無い」

「あのー、人間に嫌な目にでも遭わされたり?」

「さて」


 アガリアレプトは少し警戒するような眼をしていた。まぁ、別に構わないのだが。


「とりあえずお前、戦えるのか?」

「隠蔽見透かしているなら分かるでしょ?」

「ああ。ギルドに登録はしているのか?」

「んー、奴隷になった時点で剥奪されていると思うよ。そんな上のランクじゃなかったからね」

「そうなのか」


 アガリアレプトの服は薄いシャツと短いズボンだ。それらから伸びる健康的そうな足に興奮していると


「あれれ? おにーさんってばやっぱしそういうこともしたいわけ?」

「あ?」

「すっげー分かりやすいんだけど」

「……黙れ」

「わっかりましたよご主人様」


 にやにや笑いのアガリアレプトは俺の股間を見つめている。無性に腹が立ったので無視して


「さっさと街の外に行くぞ」


*****


「五元素が一つ、万物を凍てつかせる氷よ。矢となりて我が敵を撃て《フリージングアロー》」

「炎よ、槍となり敵を撃て《ファイアランス》」

「え!?」


 アガリアレプトから驚きの声が上がった。それを無視して《ウルフ》に手を向けて


「炎よ、球となり敵を撃て《ファイアードール》」

「詠唱を省略しているの!? すっげー!」

「無駄口を叩く暇があるのなら働け。サボらせるために買ったんじゃないぞ」


 いや待て、そもそも肉壁を買うはずだったんだ。何故魔法向けのようなアガリアレプトを買ったんだろう……いや、分かりきっているか。悪魔だから、隠蔽していたからだな。


「アガリアレプト」

「なんだい、ウツロイのおにーさん」

「前に出て戦え。魔法は使うな」

「あいよー。それよかパーティは組まないの?」

「……」


 忘れていた。カッツィオから一通りの説明は受けていたが、魔法について考えていたため重要視していなかった。

 それを軽く後悔しつつ、手を伸ばす。アガリアレプトはにやにやと笑っていた。パーティを組むための魔法を使うには相手の体に触れる必要がある。だからこそ、どこに触れるのか、と思っているのだろう。


(舐められたものだな)


 俺は迷わずにアガリアレプトの尻を触った。


「ひぇっ!?」

「我が運命はこの者と共に《仲間》」


 魔法の名前が《仲間》とはどんな皮肉だろう。そんな風に思いつつ、アガリアレプトのすべすべのお尻を撫でていると


「おにーさんってばやっぱりエッチぃ?」

「男だからな。尻が好きでも良いだろう」

「良いよー、ターンとお触り」

「ああ」


 丹念に、円を描くように撫で回す。少し上気した表情のアガリアレプトは妖しく微笑んで


「おにーさん、童貞?」

「ああ」

「仕方が無いなー。こんな草原でセックスしちゃいたい感じかい?」

「はぁ? お前正気で言っているのか?」

「こんなエッチぃおにーさんに正気を疑われた!? 酷ぇ!?」


 アガリアレプトの球のような尻は撫でるだけに留める。それ以上をしようとすると、おそらく性欲が抑えられなくなる。もしもそうなってしまった場合、こんな街の知覚の草原で青姦をしてしまうことになるだろう。それは避けたい。だから


「おにーさんって昂ぶらせて終わる系の焦らしプレイが好きなの?」

「いや、単純に屋外でするのが嫌だっただけだ。それにお前とセックスしたいわけじゃない」

「え? あんなに執拗に私のお尻を撫で回しておいて?」

「ああ。俺はお前の尻に魅力を感じてはいるがそれ以外には別段、何も感じていない」


 文句を騒ぎ立てるアガリアレプトから顔を逸らして


「氷よ、槍となりて撃て《フリージングランス》」

「……外様に在りし、闇よ。我が右腕に都度いて万物を蝕め《ダークネスアーム》」

「ん、それが闇の魔法なのか? 興味深いな、後で教えてくれ」

「昂ぶらせて終わるエッチぃおにーさんには教えませーん」

「俺より歳上のくせに何言ってやがる」

「え!? そこまでバレてんの!?」


*****


「いやー、人間も美味しい物を作るんだねぇ。正直人間って凄いと思うよ」

「無駄口叩かずにさっさと食え。俺よりもかなり歳上なのにどうしてそうマナーが出来ていないんだ」

「そりゃー、教えてくれる相手もいなかったしね。って言うかウツロイのおにーさんは歳上歳上言わないでよ」


 なら何と言えば良いんだ、と虚偉は素で思った。するとアガリアレプトは豊満、とは言えないが無いわけでも無いそれを突き出し、胸を張り


「私にはアガリアレプトって言う立派な名前があるんだからね」

「知るか。って言うか悪魔も名前を付けて貰う文化があるんだな」

「そりゃーあるよ。個体管理のためにも、記録のためにも」

「記録?」


 虚偉は少し、気になって反応してしまった。するとアガリアレプトは少し頭を掻いて


「あー、まぁ、私の場合は例外中の例外なんだけどね」

「そうなのか?」

「うん。私たちの名前、アガリアレプトは襲名制だからさ」

「だからさ、と言われても知るはずが無いだろう……待て、襲名制だと? だとすれば毎回知識の悪魔であるアガリアレプトは……」

「うん、そうだよ。アガリアレプトは代を重ねて、ずっと、ずぅっと大書庫の管理者をしてきたんだ」


 ふーん、と流しそうになるのを堪えて


「大書庫だと? それは一体どんなものなんだ?」

「そりゃー名前の通り、でっかい書庫よ書庫。ま、収められている本は歴史だけどね」

「歴史?」


 さっきから新出の情報が多くて困っているのだが、アガリアレプトは自慢げに説明を続けようとしていた。

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