ギルドに登録しても色々ありまして①

 虚偉が去った翌日、真心は少し虚偉と話したくなって虚偉の部屋を訪ねた。いつもならノックをすれば返事がある、それなのに返事がなかった。


(まだ、眠っているのかな?)


 時刻は朝の6時半、まだ眠っていてもおかしくはない。そう思いながらドアノブを捻る。鍵がかかっているのなら、開かないはずだった。だが


「え!?」


 開いた。それが何故か、不安を掻き立てた。咄嗟に室内に飛び込むと


「……え?」


 彼の部屋にあった鞄や、色々な物が全て無くなっていた。そして――


「マゴコロ様?」

「虚偉くんはどこ!?」

「え? ウツロイ様なら昨晩、旅立たれましたが?」

「え!?」


 虚偉くんが……いない? それは……


「マゴコロ様!?」


 何かを呼びかけられていても、真心は涙を止められなかった。


*****


「さてと、街を出る前にギルドで登録しておきたいな」


 夜、城を出た虚偉はそう呟いてカッツィオに描いてもらった地図を眺める。城を中心としたアバウトな地図だが、かなりありがたい。彼にまた感謝しつつ、歩いていると


「コレか」


 夜中でも明るい建物、と聞いていたがその特徴通りだった。とりあえず扉がないので普通に足を踏み入れると


「おいおい、こんな時間のここに足を踏み入れると怪我するぜ兄ちゃん」

「……いや、大丈夫だ。それよりも登録したいのだが」

「あ?」


 話しかけてきた男は困ったような顔をした。そして


「あっちでギルド員も飲んでいるんだが……呼んでこようか?」

「頼んでも良いか?」

「構わない」


 良い奴だな、と思った。日本よりもよほど良い奴が多い。そう思っていると


「何ですかぁ~? こんな時間に仕事ですかぁ~? 良いじゃないですか飲んだって~」

「……」

「悲しい時は飲んで忘れてしまうのが一番なんですよ~ぅ」

「かもしれないな……だが」


 王からいただいた手紙を見せる。そこに描かれている紋章を見て、ギルド員と呼ばれた女性の顔は蒼くなった。そして


「王の紋章……それに魔法研究のマント? 一体何者ですか?」

「なんだって良いだろう。とりあえず登録手続きを頼む」

「……分かりました。少々お待ちください」


 実は酔っ払っていないのか、そんな風に虚偉が思ってしまうほどにギルド員の女性はハキハキと喋ってギルドの奥に入っていった。そして


「お入りください」

「あ、ああ」


 ギルド員の女性は俺を背に、ゆっくりと歩いて扉をノックした。そして


「ギルド長、失礼します」

「入れ」

「はい。連れてきました」

「ご苦労、下がって良い」

「は」


 ギルド員の女性は一礼し、扉から出て行った。それを虚偉が見送っていると


「どうぞ、おかけください」

「あ、どうも」

「それでギルドに登録に参った、と聞いているのですが……見たところ、研究者のようですが?」

「しばらく旅をする予定なんだ。王の助言でギルドに登録しておいた方が良い、と」

「なるほど。こちらの手紙にもそのように書かれていました……ですがギルドのルールを変えることは出来ません」

「ルール?」

「ご存知ないのですか?」

「コレまでは研究者だったからな」


 なるほど、とギルド長は納得したようだ。だがもちろん研究者だけだったわけじゃない、が言わない。


「では軽く説明させていただきますね。クエストを受けるためにはクラスに合った物でなければ受けることが出来ません。上下1クラスまでなら受けることが出来ます」

「クラスはクエストをこなせば上がるのか?」

「はい。試験もありますが」

「そうなのか」

「登録の際にも試験はあるのですが形骸化しているため、ウツロイ様は受けなくても構いませんよ」

「長いのか?」

「単純にどれぐらい戦えるか、を調べるためなので。ですが本来ならそこで5級までのクラスが取れます。ウツロイ様の開始地点も5級とさせていただきます」

「……」


 ギルド長は恐らく、王の命令を受けているのだろう。だが


「その手紙には俺を最高クラスにしろ、とでも書いてあったか?」

「はい。ですがルールを一度でも破ったのならば、前例となってしまいます。ですからルール内での最高クラスとさせていただきます」

「感謝する……」


*****


「あ、ウツロイ様! おはよう御座います!」

「おはよう……様は付けなくて良い。虚偉と呼んでくれ」

「分かりました、ウツロイさん!」


 昨晩のギルド員の女性は元気に声を掛けてきた。だが少し萎縮しているようにも見えた。


「ウツロイさんは現在5級ですね。何かクエストを受けますか?」

「……いや、今日は少しこの辺りを見回ってみるよ。研究ばかりしていたから物知らずなんだ」

「あ、分かりました! クエストを受ける際は一声掛けてくださいね!」


 その言葉に適当に返しながらギルドを出ようとすると


「よぉ、無事に登録できたか?」

「昨晩の……ああ、何事もなく無事に出来たぜ」

「へぇ。ランクは? 10級? 9級? それとももっと上か?」

「もっと上だな……コネの力だから俺自身の力じゃないぞ?」

「へ?」


 男は少し顔を顰めて


「事情を聞けば分かるけどよ、いきなり5級はかなり強くないとなれないぞ?」

「どれぐらい強くなれば良いんだ?」

「そうだな……《ミノタウロス》を6人以内で狩れたら、じゃないのか?」

「ないのか、と言われてもな。俺は研究者だったんだぞ?」

「そうなのか?」


 男はふーん、と不思議なものを見るような目で俺を見つめて


「俺はケイン、ランクは4級だ」

「俺はウツロイ、ランクは5級だ。レベルが低いから、まだまだ弱いけどな」

「自分が弱いって本当の意味で理解しているなら十分だろ。それとお前、一人なのか? 仲間はいないのか?」

「ああ。少し事情があってな……まぁ、いきなり5級になるような秘密だと思ってくれ」

「気になるじゃねぇか。今度話せよ」

「気が向いたらな……それじゃ、また今度な」

「どこに行くんだ?」

「色々と見て回るんだってば。それじゃ」


*****


「こんなに人がいるんだな」


 驚きと共に周囲を見回しながら歩く。この国は人々が多い商業地区、人々が住んでいる住居地区。そして――裏地区と呼ばれる三つの地区に別れている。

 裏地区とは王が認めているスラム街のような物らしい。それが存在していることに何の違和感もない。


「済まない、この辺りの地図が欲しいのだが」

「地図? そんな高い物この辺りじゃ売ってないよ」


 日本との差を考えながら歩き回って――色々と見るのを終える。そしてそのまま、街の外に出る。


「広いな」


 あぁ、広大な世界だ。いや、地球もきっとそうなのだろう。だが日本とは違いすぎる大自然に再び、感動を覚えながら歩いていると


「《バッファロー》の群れ……か。ちょうど良い。レベルを上げるのにも最適だ」


 使う魔法は《ファイアーボール》だ。


「炎は球となり、敵を撃つ《ファイアーボール》」


 放ったそれは俺に向かって走ってくる《バッファロー》の群れの戦闘に立つそれに当たり――しかしその《バッファロー》は倒れていない。耐えたのだ、《ファイアーボール》を。


「省略魔法は威力を削る……か。これほどまでとは思わなかったな」


 冷静に事実だけを受け止めつつ、


「炎は槍となり、敵を撃つ《ファイアーランス》」


 再び放った。だがそれはようやく先頭の一体を倒せた程度だ。つまりコレは単純な命の危機となり得る。俺はそう冷静に判断して《バッファロー》の群れに背を向けて走り出す。いや、逃げ出す。


「炎は槍となり、敵を撃つ《ファイアーランス》! 炎は槍となり、敵を撃つ《ファイアーランス》! ほひょおは!?」


 呂律が回らない。そうして俺は這々の体で、街へと逃げ込んだのだった。

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