第7話 再会するまでの道筋

 時間は、絵美里が七歳までに遡る。

 実の兄の素行不良が週刊誌に取りざたされ、それが原因で絵美里の仕事は無くなった。

 七歳にして、これからどんどん来る予定だった仕事を全て失い、所属していた事務所も辞めざるをえない状況になってしまった。

 自分の子供を芸能人にしたかった親は、悲しみのあまりほとんど家庭内での会話を交わす事は無くなり、ほぼ無言ですごす日々。

 さびしい食卓が続く。

 騒ぎがすごくなったせいで、学校に通えなくなった絵美里を心配した両親は、しばらく考え、相談した結果、引越しする事になる。

 都会から遠く離れた父親の祖父と祖母の生活する土地への移住。

 景色も綺麗で、のんびりとすごせそうだと絵美里は思う。

 年末年始や、お盆の時くらいしか帰省しなかったのだが、これからはここで生活する。

 あの騒ぎの後、学校へ全く行けなくなっていたのだから、引越しは仕方が無いと絵美里にも理解できていた。

 友達は、あの騒ぎの後、電話で連絡したら、素行不良の兄がいるのだから、絵美里もそうに違いないと決め付けた親がもう遊ぶなと言ったという理由でいなくなってしまった。

 だから、引越しして学校が変更になっても問題は無かったのだ。

 友達は全員失われたのだから。

 ドラマの共演で知り合った子、上野ユメと雪原勇次とは、いつかまたこの世界で出会おうと約束したので、連絡をとる気はさらさらなかった。

 ゼロからのスタート。

 まだ子供だからどうにかなると両親は言う。

 またチャンスができるから、その時に頑張りましょうと疲れた顔で言う母親に無理はしないでとは絵美里は言えなかった。


 そしてふと、絵美里は思ったのだ。

 週刊誌で騒がれた原因の実の兄について。

 引越し作業をしている時も、兄は来なかった。

 引越し先にも兄の姿は無かった。

「お母さん、お兄ちゃんには言わないの?」

 荷物の整理をしている母親に、一緒に手伝っていた時に、ふと疑問に思った事を絵美里はぽつりとこぼしたのだ。

 すると母親は、振り向かずにこう言い放ったのだ。

「あの子はお母さんの子じゃなくなったから、伝えなくていいの」

 母親の背中はとても冷たいものだった。

 あまりにも憎みすぎている。

 それほど、実の息子なのに憎く思えるのか?

 絵美里は、母親の言った意味が分からなかった。


 子供じゃなくなったというのは、どういう事だろうか。

 当時七歳の絵美里には理解できなかった。

 後に、祖父からその理由は教えられたのだ。

 全寮制の学校に入れる時に、祖父の子として手続きしていたのだと。


 絵美里の親は、最初に兄が生まれた時に、兄を芸能人にしようと幼少期から子役の芸能事務所に入れて日々レッスンを受けさせていたのだが、その努力の結果、兄はコマーシャルの仕事を二件、オーディションで勝ち取れた。

 しかし、それ以降はどこのオーディションを受けても落選続き。

 何度も落ち続ける兄を見て、落胆した親は所属していた事務所を辞めさせたのだ。

 このまま続けていても無駄だと。

 才能が無いからもう頑張らなくていいと兄に伝えたのだ。

 まだ子供だった絵美里の兄は、どんな気持ちだったのだろうか。

 悔しかったに違いない。

 期待されて、頑張っていたのに、どんなにつらくても、努力したのに、もう頑張らなくていいと、努力もしなくて良いと、はっきりと見放されたのだから。

 絵美里だったらと考えてみた。

 同じような事を言われたらどうしたのだろうかと。

 まだ頑張れると叫べただだろうか。

 オーディションに落ち続けている状態で親に辞めろと言われたら、嫌だ、まだ頑張りたいとつっぱねることができただろうか。

 

 それからしばらくして、自分の子供を芸能人にしたい夢を諦められなかった母親は絵美里を生んだのだ。

 絵美里には才能があった。

 兄が所属していた事務所とは違う事務所に入れてオーディションを数件受けさせたらすぐ合格し、コマーシャルの仕事が何件も舞い込んできたのだ。

 オーディションに出なくとも、相手の会社から依頼が来るようにまでなっていた。

 それに機嫌を良くした絵美里の親は、当時三歳の絵美里しか見なくなる。

 祖父宅に預けられていた兄の方は、そんな両親に相談せず、全寮制の学校へ入る事を決めたらしい。

 祖父はどちらの孫も可愛かったから、両親に何度も二人とも平等に愛してあげなさいと説得はしたが、芸能人になれなかった兄の事を、両親はすっぱりと愛せないと言い放ったのだ。

 それを聞いた祖父は怒った。

 子供はおまえ達のおもちゃじゃない。

 自分の自尊心の為に利用するだなんてひどい事をするんじゃないと怒り、絵美里の兄を自分の子にすると決意し、役所へ行き手続きをしたのである。

 祖父の子になるように。


 全寮制の学校は、絵美里の祖父が兄の学費を全部出している。

 元々蓄えがあった祖父なので、兄一人くらい余裕だと兄に伝えて編入させたのだと聞く。

 兄も、両親の顔を見たくなかったので、自分で頑張れる場所でどうにかしたかったらしいのだ。

 そして、全寮制の学校へ行って、兄は変わってしまう。

 後で聞いた事によると、どこから噂を聞きつけたのか知らないが、親に捨てられた奴だとののしる者が現れたのだ。

 最初は、相手にしていなかったのだが、噂が噂を呼び、面白おかしくはやしたてたい者の人数が増えていった。

 それに対して、とうとう我慢ができなくなった絵美里の兄は怒り、いやがらせをしてきた者をみんなが見ている前で倒してしまったらしい。


 いじめをする者はいなくなった。

 これで、平和な学園生活を送れると思った絵美里の兄の前に、また声をかけてくる者が複数出てきたのだ。

 その者達は、学校内では成績が良く、教師の評価も高かかった。

 まわりも、ちゃんとした優等生の友達ができたと、絵美里の兄を微笑ましく見ていたのだ。

 だが、その者達は少し違う子達だった。

 学校での成績が良く、優等生として生活していたのには理由があった。

 彼らには秘密があったのだ。

 夜になると、彼らはこっそりと学生寮を抜け出し、変装して少しだけ大人っぽい姿になり、夜遊びをしていたのだ。

 絵美里の兄は、嫌がらせをしてきた者を倒した。

 なかなか根性があると、彼らの目に止まり、仲間にならないかと誘ってきたのだ。

 家族からも見放され、自棄を起こしていた絵美里の兄からすれば、楽しそうな誘いだったという。

 急速にその者達と兄は仲良くなってしまったらしい。

 彼らと一緒に夜になったら学生寮を抜け出して街で遊びほうけていたのだ。

 そんな生活を続けて一年が経過した頃に、あの事件は起きたのだ。

 いつも通り、夜の街で遊んで喧嘩したりしている所を、週刊誌の記者の目に止まり、記事にされてしまったらしい。


 絵美里の兄は、確かにやけになって夜遊びをしていたが、それが原因で芸能活動が順調だった妹の仕事が無くなるとは思ってもいなかったらしく、情報を知った時は落ち込んでいたと祖父から絵美里は教えられた。

 毎週見ていたのだ。

 テレビはあって、見たいものを録画できるので、録画した絵美里の出ているドラマを見ていたのだ。

 自分は無理だったけど、頑張っていると、喜んでいたらしい。

 その事を祖父から聞いた絵美里は嬉しくなった。

そして、まだ七歳だった絵美里は考えたのだ。

 年末になれば、祖父に誘われて兄は帰省してくるので、その時に、兄に声をかけよう。

 私は大丈夫だと。

 自分はいつかまた、芸能界に戻ると。

 努力して戻ってみせると、だから心配しなくていいと。

 そう言えば、兄は元気になるだろうか。

 七歳の少女の頭で必死に考えた兄を励ます言葉。

 祖父に伝えると、祖父も笑顔になった。

 ちゃんと伝えてあげなさいと言われ、年末になるのをカレンダーで確認しながら待つ日々がはじまったのである。


 そして、年末になり、兄が祖父宅へと帰省してきた。

 両親は、絵美里の仕事がなくなった原因の息子には会いたくないらしく、絵美里だけこっそりと祖父宅へと行き、出会った日に、自分の考えた事を伝えたのだ。

 一生懸命考えた内容を、笑顔で兄に伝える。

 絵美里が自己紹介した時、兄の表情はこわばり、無表情になったが、気にせず考えた事を伝えてみたのだ。

すると、無表情だった兄の目から涙が大量に溢れ出ていた。

 その涙は止まることなく、流れ続ける。

 タオルを用意しても、すぐ涙でタオルがぐしゃぐしゃになるくらいの大量の涙。

 祖父は、ずっと我慢していたのかと兄に声をかける。

「我慢していたわけじゃない…」

 嗚咽まじりの声で、兄はタオルを顔にくっつけたまま祖父に返事をしている。

 それから三十分経過してから、兄は聞こえるか聞こえないかの大きさの声でつぶやいたのだ。


「もう夜遊びはしない」と。


 それから、兄は新年をのんびり祖父宅ですごし、少しだけ絵美里の遊び相手もしてくれた。

 初めて会った時は無表情だった兄の表情に明るさが戻った頃、冬休みも終了し、兄は全寮制の学校へと戻っていった。

 それが、絵美里が兄と会えた数少ない時間だった。

 祖父からの伝え聞きによると、祖父は学校に兄の素行がどうなったのかどうか定期的に聞いていたそうで、あれ以降、絵美里の兄は夜に学生寮を抜け出す事も無く、ひたすら勉学に励んでいるとの話だった。

 兄のその姿に感化されたのか、一緒に学生寮を抜け出していた者達も、夜遊びをやめて普通の学校生活を過ごすようになったらしい。

 祖父が言うには、夜遊びしなくなった理由が、自分達が兄を遊びにさそったせいで、楽しんで見ていたドラマの配役が変更されたのがショックで、かなり後悔した結果、真面目に生きようと決意したと教師にその者達が自ら報告しに来て、実際に夜遊びをやめたのだ。

 元々成績は良かったので、このまま普通になってくれればと電話先で嬉しそうに話す教師の声を聞き、祖父も安心したのだ。


 それから、絵美里は普通の子供として生活した。

 幸い、引越した先に絵美里の事を知る者はいなかった。

 テレビに出る時は絵美里は芸名を使用し、さらに連続テレビドラマで絵美里が包帯で顔の半分を隠す役についていて、誰もあれを絵美里だと気づくものはいなかった。

 そのおかげで、また友達もでき、少しだけ幸せな日々が続いた。

 たまに、ユメは元気にしてるかなと思い出す事もあったが、どうにか頑張っているはずだと信じて生活していた。


 しかし、平和な時間はすぐ過ぎ去ってしまうものなのだ。


 絵美里が中学二年生の頃。

 ユメがアイドルグループ・プチラブリーでデビューした頃。

 事件は起きたのだ。


 ある日、絵美里が学校に到着すると、人だかりができていた。

 絵美里よりも先に人だかりの中にいた友人に聞くと、情報バラエティ番組の収録をしているらしい。

 どんなものなのだろうかと思って人だかりの中を確認すると、テレビカメラと、カメラに向かって笑顔を振りまいている女の子、そして、数名のスタッフの姿が見えた。

 絵美里は少しだけ背丈が他の子よりも大きくなっていたので、背伸びしなくても人だかりの中をのぞけた結果見えたのだ。

 それがいけなかったのだ。

 カメラの前で笑顔をふりまいていた子が、絵美里の方を見た。

 目があったけどそれは気のせいかなと絵美里は思ったが、どうやら気のせいではなかったらしい。

 そして、収録が終わり休憩時間に入った頃、その子は絵美里に声をかけたのだ。

「こんなところにいたんですね」

 絵美里には、一体何がおこったのか分からなかった。

 声をかけられている。

 過去に芸能活動をしていた頃の知り合いだったのかと記憶をたどっても、知らない。

 顔に見覚えが無い。

 声をかけられたのは誰かの見間違いなのではと思った頃、別の人の声が聞こえていた。

「由香さん、お知り合いですか?」

 付き人がその子、由香と呼ばれた子に声をかけた。

 由香は、綺麗にカールされた髪の毛の先を指で器用に絡めながら少しだけ笑顔を見せた。

「ええ、子役の頃、あたしとは別の事務所にいた人なんですけどぉ、覚えてますかねぇ…顔に包帯巻いてドラマに出ていた子ぉ…あの役ぅ、あたしはオーディション落選しちゃってぇ…あの人のお兄ちゃんの不祥事のせいで仕事無くなっちゃって…それからずっと心配してたんですけどぉ…元気で良かったです!あのドラマ好きだったのでぇ、気になってたんですぅ」

 由香は最後まで言い切った後、次の撮影場所へ移動だと声をかけられ、彼女は休憩して座っていた椅子から立ち上がった。

 去り際、絵美里にしかわからない角度でいやらしい笑みをこぼしながら。

「あなたが辞めたおかげでぇ、全部あたしに仕事が来たの…ありがとっ」

 と、小声で言い、その場からいなくなった。

 彼女がいなくなった後、絵美里は大変なめにあった。

 あのドラマの唯一のスキャンダルの原因が絵美里だったと学校じゅうに知られ、悪口を囁かれたのだ。

 噂が、兄の不祥事から、絵美里が不祥事を起こした事にいつのまにか摩り替わっていた。

 それによる嫌がらせも複数発生した。

 机の上に落書き。

 朝学校に来たら椅子が無い。

 上靴が隠されているなど。


 絵美里は、嫌がらせをされて大人しくしている性格ではなかったので、嫌がらせをした犯人を一人ずつ呼び出しては喧嘩をして黙らせていき、中学を卒業する頃には誰も絵美里をいじめる者はいなかった。

 それでも、一年以上も戦ったので疲れたのだという。

 これが原因で、地元の高校には行かず、自宅から少し離れて通学時間が一時間くらいの学校を選んで入学したのだ。

 遠くを選んだせいか、絵美里と同じ学校へ進学希望をした者は一人もいなかった。

 そしてまた、平和な学園生活を手に入れたのだ。

 その時に、今所属している芸能会社の社長に出会ったのだという。

 もう一度、芸能界に復帰しないかと誘われたのだ。

 背の高さを生かせるモデルとして活動するのはどうだろうと言われ、二つ返事で承諾した。

 絵美里の所属している芸能事務所は、最近できた事務所だ。

 社長が自ら選んで事務所に入らないかどうか、移籍しないかどうか誘っているらしい。

 まだタレントの数は少ないが、少しずつ集まってきている。

 そして先日、絵美里は社長に依頼されたのだ。

 上野ユメをスカウトしてくるようにと。

 そして、住所を共演していた時におぼろげに昔聞いた記憶があった絵美里はその記憶をたよりにユメの住む土地まで来て、公園で再会したのであった。

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