第5話 壊れる世界

 プチラブリーとしての活動が開始されてから十ヶ月が経過し、ユメと愛菜は中学に進級した。

ユメと愛菜は同じクラスになり、そこには秋乃もいた。

秋乃はあれから誰にもプチラブリーの秘密を話してはいなかった。

歌声について言及される事も無く、時間はすぎて行く。


夏になり、テレビの仕事も増え始めた頃、仕事の時以外、愛菜が全く笑顔を見せなくなった。

 リオがどうしてかと聞いても、ユメが聞いても、奈子が聞いても、愛菜は理由を話す事は無かった。

「夏だから、夏バテ気味かもしれない」

 そう言って、愛菜は口の端だけで笑って見せた。

「んじゃ、対策ねらないとね」

 そう言って、アイスノンを奈子は愛菜に渡した。

 夏休みは仕事の予定がいっぱい入ってるから倒れないようにしないとと言われ、愛菜は力無く返事をする。

 この時、もっと詳しく愛菜の話を聞いていたら、これから先起こる事に対処できたのかどうか。

 プチラブリーのリーダーである奈子も、何かできたのか。

 それは分からない事だった。

 だって、それは急な事だったから。

 皆、十代で若かった。

 誰でも、どうにかできたかなんてわからないのだ。

 過去を思い出して、あの時こうしたら良かったなんて思う事は簡単で、当時に思い浮かばなければ意味が無い事なのだから。


 そして、プチラブリーの未来を変える夏休みを迎える事となる。

 その日は、暑い日だった。

 野外ライブで、八百人が集まる会場。

 そこには、五つのアイドルグループが呼ばれていた。

 先輩アイドルグループ・ラブリッシュも呼ばれていて、歌う順番は、グループの代表がくじを引いて決める決まりで、前日にネットでくじ引きの様子を公開し、トリがプチラブリーに決まったのだ。

 この時、最後を選んでしまったのが運命だったのではないか。


 当日、愛菜の表情はいつもより暗かった。

「私はできる…できる…大丈夫」

 冷房のきいた控え室のすみに座った愛菜はぶつぶつと同じ事をつぶやいていた。

「愛菜大丈夫なのかなぁ」

 リオとユメは心配するが、奈子は特に気にしていなかった。

「トリを飾るから緊張してるんでしょう?」

 この日はなぜか、いつもならもっと心配するはずなのに、気にならなかった。

 どうして気にならなかったのかは、夏の暑さにやられたせいかもしれない。

 すごく、暑い日だったから。

 この日のステージは、自分の出番じゃないアイドルがMCをする形で進んでいた。

 愛菜が喋る予定の時間もあったのだが、ずっと部屋のすみで動かなかったので、リオが代わりにMCをつとめていた。

 観客席にいるファンは、愛菜がどうして出てこないのかと言っていたが、リオが上手く喋り、どうにかやりすごし、とうとうプチラブリーの出番がきた。

「愛菜ちゃん、立てる?」

 ユメの言葉に、愛菜は反応した。

「ユメちゃん…できるよ、言える」

 この時、言えるとは何だろうかとユメは思ったが、深く聞かないでステージへと向かう。

 なんとなく、聞いてはいけないような気がしたのだ。

 それくらい、愛菜の目は怖かったのだ。

 彼女の目の奥の色が、恐怖を感じる色になっていた。

「愛菜、大丈夫な…」

 ユメが感じたのと同じ事を感じたらしい奈子は、最後まで言葉が言えなかった。

 リオは、声をかける事ができなかった。

 それほど、この日の愛菜の気迫はすさまじいものがあったのだ。


「トリを飾るのはぁ!私たちの妹分のぉ!プチラブリーでぇす!」

 先輩グループのラブリッシュの紹介によって、プチラブリーの四人はステージの真ん中へと進み、立ち止まる。

「みなさんこんにちはぁ!プチラブリーのリオです」

「愛菜です!そして、奈子とユメです」

 ステージに立てばいつも通り愛菜の笑顔で、三人は安心した。

 先ほどの怖すぎる気迫はどこにもなかったのだ。

 プチラブリーの太野愛菜になっていた。

 今回のステージでは一つのグループごとに二曲歌う決まりになっていた。

 一曲目の曲はデビュー曲。

 愛菜もいつも通り踊り、マイクを片手にパフォーマンスをしたので、奈子もリオもユメも大丈夫だと安心した。

 さっき感じた何かしらの不安は気のせいだと思ったのだ。

 思いたかったのだが、人生は思う通りには中々いかない。

 この日、プリラブリーのメンバーだったユメと奈子とリオは思い知る事になる。

 二曲目がはじまって、愛菜だけが、ダンスも一切せず、口も動かさないのを見て、思い知る。

 現実は、そう上手い事いくものではないと。

 愛菜の口は動いてないのに、曲が流れ、歌声は聞こえる。

 観客席からはざわめきが聞こえる。

 プチラブリーはもしかして口パクだったのかと、ざわめかれていた。

「愛菜、なんで歌わないの?」

 ユメもダンスをやめて、つい声を出してしまった。

 本当は喋ってはいけないキャラだったのだが、そんな事を気にしている場合ではなく、なぜ愛菜が動かなくなったのかについてユメはどうにかしたかったのだ。

 あの時の事をユメは思い出したのだ。

 デビューライブの翌日、秋乃に歌声がユメの物だとバレた後、愛菜は何かを言おうとした。


『ユメちゃん…いつか…いや、やめとく』


 いつか…いつかとは何か?

 ユメは、嫌な予感しかしなかった。

 観客のざわめきがさらに大きくなった頃、曲も止められた。

 愛菜はマイクを使って喋ろうとしたが、マイクの音源も切られていた。

 すると、愛菜はステージの前まで進んだのだ。

 愛菜の行動に驚いた観客はいっせいに会話するのを止めた。

 会場じゅう、音一つ聞こえないという静かな世界になった。

 観客も、何か予感していたのかもしれない。

 今、気かなければ後悔するような事が起きると。

 静まり返ったのを確認した愛菜は、出せる限りの大声で叫んだのだ。


「みなさん聞いてください!この歌声は、私の声じゃないんですっ!後ろで踊ってるユメちゃんの歌声なんです!私はもうたえられません…人の歌を奪って生きるのは!」

 最後まで言い切った愛菜の瞳には大粒の涙があふれ出ていた。


 終わったと思った。

 それはプチラブリーのメンバーのユメ、奈子、リオだけでは無く、会場にいた観客、他のアイドルグループ、事務所の関係者全員が、終わったと思ったのだ。


 すると、観客席から誰かが立ち上がった。

 二十代くらいの男性だった。

「知ってるよ!」

 その男性は知ってると声をはりあげた。

 ユメの目は大きく見開く。

 知ってるというのは、もしかしてと思ったのだ。

 あの、六歳の頃に出ていたドラマを覚えている人がここにもいたのだ。

「ずっと黙ってたけど、その歌声、昔やってたドラマで聞いた事あったからさぁ!気のせいかと思ってたけど、やっぱそうなんだな!」

 その男性の言葉をきっかけに、静まり返っていた観客席のざわめきが怒号へと変化した。

「どういうことだ?」

「俺たちは愛菜の歌声だと思ってたんだぞ?」

「本当なのか?」

「嘘言うなよ!何かの演出だろ?」

 動揺が隠せないのも仕方無いだろう。

 今まで、愛菜が歌っていると思っていたのが全く喋らないキャラで通していたユメの歌声だと言われたのだから。

 ざわめきが激しくなったので、野外ステージのライブは中止するしかない状況で、ステージにいたアイドルは会場裏へと避難する必要があった。

 最前列に立っていた警備員がなんとか抑えているが、観客の動揺はどんどん激しくなっていく。

 もうこの混乱は抑えようがない。

 中にはスマホをいじる人もいた。

 この混乱をリアルタイムで伝えているのだ。

 スタッフがその人のところまで駆け寄ってやめるように言ったが、もうSNSに投稿された後だったらしい。

 どうにもする事ができない状況で、他のメンバーがステージ裏へと避難する中、ユメはその場に立ち尽くしていた。

 たくさんの人がいる。

 この状況は、あの頃に似ているかもしれない。

 あの頃は、観客は騒がしくはなかったが、ユメは、これが、最後だと思ったのだ。

 プチラブリーとして活動できる最後。

 そう思うと、気がつけば歌っていた。

 自分の歌声として、プチラブリーの歌を、赤ペラで歌ってしまっている。

 こんな混乱の中、歌を歌うなんて、何を考えているんだろうと思われるかもしれない。

 けれど、自分の歌を歌えるステージは、これで最後かもしれないのだ。

 最後くらい、思い切って歌いたい。

 上野ユメとして。

 ファンの人にといっても、プチラブリーのファンはほとんど愛菜とリオのファンしかいなかったが、ファンの人の前で、上野ユメとしての歌を聞かせたかったのだ。

 歌は、プチラブリーの曲の中で唯一バラードで出した曲を歌った。

 ゆったりと、気持ちが落ち着く曲だと評価が高い曲。

 愛菜は歌声の引き出しがたくさんあるのだなとファンが評価していた曲である。

 アルバムで出した時に収録された歌で、本当は、愛菜の歌声では無いのだから。ユメのソロの曲。

 唯一のソロの曲。

 きっちりと、これで最後だと思い、ユメは歌詞の内容の意味をとらえ、しっかりと歌った。

 歌詞は、一人でずっと頑張っていた少女が、たった一つの自分の大切な居場所をやっと見つけ、心が落ち着いたという内容だった。

 これをはじめて歌った時は、プチラブリーというアイドルグループに入れて良かったと心から思えて歌っていた。

 今日は、違う。

 自分の居場所が、無くなる日。

 もうユメはプチラブリーにはいられないと理解していた。

 彼女の居場所は無くなった。

 けれど、歌詞には居場所を見つけて嬉しいという気持ちも書かれている。

 今の気持ちの反対の気持ちを最後に歌うだなんて、なんて滑稽なのだろうと思う。

 けれど、これが、この曲が一番大好きな曲だったから。

 精一杯、自分の力の出せる限りの、今、上野ユメの歌唱力を全て使って表現したかった。

 最後の歌になるのだから。

 後悔の無いようにする為に。

 頑張って歌う。

 今は、それしかできない。


 二分程度の短い曲だが、歌いきった後、観客席は静かになっていた。

 観客席にいたファンも、警備員も、スタッフも、他のアイドルグループのメンバーも、誰も声を出せない状態でいた。


 この場にいた者は思い知ったのだ。

 プチラブリーの愛菜が言っていた事は本当だったと。

 愛菜の歌声だと皆が今まで思っていたのはユメの歌声だったと。

 上野ユメの歌声。

 今まで、黙っていたと。


 会場が静まり返ったのを見て、ユメは深々と頭を下げた。

 目には涙がにじんでいたが涙をこぼす事は無かった。

 もうわかっていたのだ。

 終わりなのだと。

 プチラブリーとしての、上野ユメの活動は終わったのだ。

 こんな事があっては、もうプチラブリーでのアイドル活動はできない。

 解散するしかない。

 そう思いながら、ゆっくりとユメはステージから去った。



 事務所に戻ってから、プロデューサーの山野から愛菜とユメはかなりの時間説教を受けた。

「もうプチラブリーは活動できないね!解散させるしかないし、愛菜くんとユメくん…君達は解雇だよ」

 あっさりと解雇を言い渡された。

 この日、愛菜とユメははじめて山野プロデューサーのサングラスを取った目を見た。

 すごく冷たい目をしていた。

 もう彼の目から、確実に二人は不用品だと見られているのが分かったのだが、愛菜とユメはそれを見て怖いと思ったり不安に思う事も無かった。

 何かふっきれたような気持ちになっていた。

「わかりました…」

「短い間でしたがありがとうございました」

 愛菜とユメは山野に深く頭を下げた。

「事務所を辞めた場合の契約、忘れてないだろうね?」

 事務所から去り際、山野は確認するかのように声をかけてきた。

 辞めた場合、ユメは三年間、自分の歌を販売できるCDやダウンロード配信などしてはいけないという条件で、愛菜は。

「覚えてます。私、太野愛菜は、三年間テレビの仕事をしない…でしたよね」

 愛菜ははっきりとした口調で山野に返事をする。

「そうだ…覚えているんならそれでいい…」

 山野は満足した様子で、寮からは一週間後出て行くようにと言い渡された。

 終わるのはあっという間だった。


 夏休みあけに学校がはじまったら、ユメがいないから秋乃はどう言うかなとかリビングでぼんやり考えていたら、愛菜が個室から出てきた。

「ユメちゃんごめん…嘘ついてるのもう無理だった…」

 愛菜の言葉に、ユメは首をふる。

 ユメも、嘘をつく生活は嫌だったのだ。

 それは奈子も同じだったらしく、ステージから去った時、愛菜にありがとうと伝えているのをユメは見た。

 みんなつらかった。

 最後まで、嘘を貫けなかった。

 それはもう、仕方が無い。

 リオも言っていた。

「愛菜が言わなければ、いつかワタシが言っていたかも」

 頭をうねらせながらリオは言っていたのだ。

 愛菜だけが悪いわけじゃない。

 遅かれ早かれ、いつか、誰かが耐え切れなくなって言っていたはずだ。

 それが、愛菜が一番早かっただけで。

 この三人の中で、愛菜を責める者は誰もいなかった。

 事務所を解雇されたのは愛菜とユメだけで、リオと奈子は残留する事になっている。

 山野プロデューサーの考えでは、ユメの歌声だったと愛菜が言ったけれども、リオもそうだとはまわりは思ってないはずなので、プチラブリーは解散し、リオと奈子はまた別の仕事で活動させるという計画があるらしい。

 愛菜も、ユメも、この事務所にいるのはもう嫌だと思っていたので、解雇になっても気にならなかった。


「愛菜はどうするの?」

 ユメは愛菜がこれからどうするのか気になっていた。

 昔、秋乃が名刺を渡してきたのを思い出した。

「うん、秋乃ちゃんから連絡あって、私は事務所に入れるみたい…元々女優志望だったし」

 そうかと、ユメは思う。

 六歳の時にユメが起こしたわけではないが、問題のドラマに出ていた。

 そして、今回も騒動の最中にいた。

 二人も引き受けられないと言った秋乃の事務所は一人だけならという条件で、愛菜の方を選んだのだ。

 ユメは当然だと思ったのだ。

 だって、愛菜の方が可愛い。

 自分は外見にこれといった特徴は無い。

 二人の内どちらを選ぶかといったら、愛菜を選ぶのは明白だった。

「ユメちゃんはどうするの?」

「一旦、実家に戻るよ…両親はもうあきれると思うけど」

 ユメの言葉に、愛菜は大粒の涙をこぼした。

 もう、チャンスが無いのだと、愛菜は気づいたのだ。

 ユメにはチャンスが。

 無い。


「ユメちゃん、いつか、歌ってるユメちゃん見せてね、教えてね?」

「うん」


 こうして、ユメのアイドルとしての短い芸能生活は終わりをつげた。

 ネット上で、あの日、野外ライブでユメが歌った映像がたくさん出回っている事を、それを見た者達の心に深くユメの歌声が刻まれた事をユメは知る事無く、東京を去るのである。

 地元に戻ったユメは帰宅早々、母親のあきれた表情によって出迎えられた。

「もう、好きにしなさい」

 力無く言う母親の言葉を聞いたのは初めてで、ユメは少し動揺したが、しばらく何もしないで過ごす事に決めた。

 地元の学校へ行きたくは無いので、夏休みが明けても、ユメは学校へ行かず、家で勉強をしていた。

 そして、夏の暑さもどこかへ行き、いつのまにか秋になっていた。

 秋になってからユメは、窓から見える夕日を見るたび、自分は何をしてきたんだろうと悲しくなる事が増えた。


 プチラブリーの他のメンバーとは自分から連絡をとる気は無かったユメだが、九月半ばに入った頃、愛菜、リオ、奈子からそれぞれ手紙が届いた。

 なぜ手紙だったのかというと、ユメは事務所を辞めた時に連絡先を一切教えないで去ったからだった。

 実家の住所は知らされていたので、それで手紙をよこしたのだ。


 愛菜はあれから、秋乃の所属する事務所に入る事が決まり、演技の勉強をしているらしい。

 辞めた事務所との契約は、事務所を辞めた場合、三年はテレビに出る仕事に出ない事という条件だけで、別の事務所に入るのは駄目だと言われていなかったのでできたらしい。

 三年が過ぎるまで演技の勉強をみっちりするのだという。

 いつか、ユメもどこかで復活した時に一緒に仕事がしたいという文でしめくくられていたが、返事には「新しい事務所に入ったのはおめでとう。私の事はまだわからないから気にしないで」とだけ書いて郵送した。


 一方、奈子とリオは、プチラブリーの解散後どうなったのか。

 リオはあれから色々あって、家族にも色々言われ、事務所を辞めるかどうかの瀬戸際にいたのだが、リオのファンがまたアイドルをして欲しいと熱心に事務所に要望を出したおかげか、先輩グループのラブリッシュに電撃加入したらしい。

 今度はちゃんと自分の歌声で歌う。

 ラブリッシュは生で歌を歌うグループなのだから、当然の話なのだが。

 メンバーの中で一番の新人なのだから、下積み人生頑張ると手紙には書かれていた。


 奈子はもうアイドルとしての活動は完全に辞めて、本来したかった演技の世界へ行きたいと山野プロデューサーに懇願し、舞台のオーディションを複数受けている最中なのだという。

 舞台の仕事は一つだけもう決まっているらしい。


 他の皆は、次へと進んでいる。

 羨ましいという気持ちはユメにもある。

 なぜ、自分だけいつも道が急になくなるのだろうと思う時はある。

 毎日たくさん思い浮かんでは消えていく。

 ユメは、事務所を辞めた後、三年間は歌に関する活動ができない。

 三年ってどれほどの時間なのだろうと考えれば考えるほどわからなくなる。

 思えば、六歳の時に芸能活動した時も、今回のアイドルグループ、プチラブリーの活動も、一年以上続いた事が無かった。

 それがユメにとっては悲しかった。

 長続きしないのはなぜか分からない。

 今度は続けれると思ったのに。

 駄目になってしまった。

 自分だけが、次の道が無い。

 思い悩んでいる間に、自分は芸能界には必要無いのだなとユメは思い込むようになってしまっていた。

 

 ただ、歌を歌いたかっただけなのに。


 何も活動をする事も無く、ただ時間は過ぎていく。

 学校もずっと休み続けてはいけないと思いつつ、行けそうもない。

 プチラブリーだった時の事を聞かれた時に、どのような態度でいたらわからないのだ。

 実家に帰宅した後、親戚の集まりに親が行こうと言ったので連れて行かれた事がある。

 そこで、本当はどうだったのかと興味津々な親戚達の目線で息がつまりそうになったのだ。

 何か芸能界の裏話を教えてと言われた時はとても苦しかった。

 自分の事に、アイドル活動に精一杯だったのに、他の芸能人の人、ましてや、皆が聞きたいと思う裏の話なんて知れる方法なんか、当時は無かったのだ。

 それで、正直に仕事をするので精一杯だったから知らないといえば、口止めされているのかとか、自分だけ知っててせこいなどと親戚達に言われてユメは疲れきってしまった。

 親戚の集まりから帰宅後に親に言われた言葉も余計疲れる原因になったのだ。

「話せるようになったらこっそり教えてね」

 教えれる物などなにもないのに。

 本当に、目の前にある仕事が大変で、それしか見えていない状況でがむしゃらに頑張っていたから、期待するような内容など知らない。

 誰も、信じてくれないという状況にユメの疲労は増すばかり。

 親戚でこうなのだから、赤の他人が集まる学校へ行けば、何を言われるか。

 それが怖くなって、ユメは学校へ行くのを辞めた。

 学校へ行きたくないと親に言えば、自宅で勉強するのなら行かなくて言いと言われたので、自宅での勉強を毎日頑張り、中学を卒業する最後の日まで、ユメは学校へ行く事はなかった。


 そうしている間に、大好きな歌は歌えなくなっていた。

 何を歌えばいいのかユメ自身も分からなくなっていたのである。

 昔、まだ幼かった頃、何を思って歌っていたのか。

 ユメにとっての歌は何だったのか。

 思い出せないまま、気がつけば、ユメは十五歳になって、高校生になった。


 高校生になったといっても、アイドルを辞めてからずっと学校へ行ってないので、本来ならば、高校へ通う年齢になっていたと言った方が正しいのかもしれない。

 結局、高校もどこへも行かず、昼間から公園のベンチに座り、近くを歩く鳩にパンくずなどのエサをばらまいていた。

 鳩は、エサになるものがたくさんあると喜んでユメがまいたパンくずをつつきながら食べている。

「自由に羽ばたけていいなぁ」

 ユメにはもう夢も希望も何も思い浮かばなくて、ただ生きて、ご飯を食べて、夜になったら眠りについて、また朝になったら普通に起きる。

 そんな生活をずっと続けている。


 子供の頃、日本人形のように可愛らしいと言われた髪の毛は、無造作に後ろに一つにまとめているだけ。

 髪の毛の色は染めてなくて、黒色のまま。

 服装も目立たないように地味な服を着ている。

 こんな姿でいると、誰もユメを気に留めたりする事は全く無い。

 まさか、昔は芸能活動をしていた子だなんて、誰も思わない。

 実際、今まで誰も気に留める人はいなかった。

 愛菜やリオ、奈子からの手紙は、手紙の返事をこちらから出さなくなったら向こうからも手紙が全く来なくなった。


 それでいいのだ。

 愛菜は演技の勉強で、たまに所属事務所主催の舞台に出ている。

 そして期限がすぎたらテレビの仕事なども入るのだろう。

 リオは親がテレビをつけている時に知ったのだが、ラブリッシュはあれからまた人気が出て、歌番組によく出演するようになり、曲によってはリオがセンターになる時もあるようなのだ。

 奈子は、舞台の仕事を中心に、映画やテレビドラマで脇役の仕事をこなすようになっているらしい。


 一方、ずっと実家で過ごすユメには何も無い。

 皆の活動する様子を噂で知ったりして、どんどん輝きを増す皆を見て、自分とは元々違う世界の人で、皆に必要とされている人だったのだと思い知らされていた。

 誰も必要としてくれていない。

 これほどつらいものは無い。

 今日もまた、ぼんやりとベンチに座り、昼間のゆったりとした時間を過ごす。

 こうして、時間をつぶすのはいつまでもしてはいけないとは思っているが、やめられない。

 こんな生活をやめるタイミングがつかめないのだ。

 自分が何をすればいいのか、目標を失ったユメには、次どうすれば良いのか分からない。

 そんなユメの姿を、少しはなれた所で見ている人影があったのを、ユメ自身はまだ気づいていなかった。



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