第4話 始まり


 あれから時間はすぎた。

 あの日、はじめて歌を収録した日に知った事については、四人が語り合う事は一切無いままデビューの日を迎えた。

 学校は普通にすごした。

 隣のクラスの先輩グループ・ラブリッシュの最年少コンビを見かける事は無かった。

 向こうも、会いたくないらしい事は学校で出会わない事からユメと愛菜は十分理解できていた。

「その方が楽で良いんじゃない?あ、デビューライブの日、チケット入手したから見に行っちゃうからねぇ!」

 秋乃は相変わらず明るい。

 デビューするまで、自分達のする事は秘密にする事なので、秋乃は知らないのだ。

 ユメの歌声で、愛菜が口パクで歌う事を。

 知ってしまったらどうなるのだろうか。

 秋乃は、クラスで仲良くなった子達はどう反応するのだろうか。

 それが怖くて仕方が無いが、秘密にしないといけないので、ライブへ来てくれる秋乃に大しては感謝の言葉を述べるだけにユメは終わった。

 デビューライブの日は日曜。

 最初五十名くらいが入るステージを用意していたが、全て謎にして、公式サイトにはシルエットしか出ていないアイドルのデビューを見たいという者のチケット申し込みが多く、百名くらいが入る会場へ変更されていた。

 プチラブリーのメンバーであるユメ、愛菜、リオ、奈子はドキドキしている。

 ユメは子供の頃の歌のオーディションでこれよりも大きなステージで歌った記憶はあるが、それは六歳の頃で、まだ良く分かっていなかった頃の話だ。

 地方アイドルを少ししていた奈子は、ステージに立ってはいたが、せいぜい三十名が入るくらいの場所でしか歌っていないのだ。

 愛菜とリオは、ステージに立った事すらない。

 緊張して当たり前なのだ。

「どうしよう…歌と口があわなかったら」

 愛菜が言うと、リオは愛菜の背中を軽く叩いた。

「大丈夫だよぉ!どうにかなるからぁ」

「わたしの歌声、ちゃんとあわせてよ?」

 奈子は軽い口調で言ってその場をなごませようとする。

 ユメは、何を言おう。

 舞台袖から、観客を見た。

 たくさん入っている。

 この人達が笑顔になるには、私も笑顔にならないと。

「駄目でもいいじゃない!やりきろう!」

 気がつけば、この言葉が出ていた。

 すると、愛菜もリオも、奈子も、笑顔になった。

「そうだね!やりきろう」

 奈子は手を真ん中に出した。

 ユメも、愛菜も、リオも手を出した。

 四人の手は綺麗に重なっていく。

 ギュっと互いの肌の温度を感じながら、目をつぶる。

 これから、頑張る。

 それだけだ。


 そして、プチラブリーとしての新たなアイドル活動がはじまったのだ。


 ユメの歌声に合わせて愛菜が口を動かし、踊る。

 奈子の歌声に合わせてリオが口を動かし、踊る。

 その少し後ろで踊るユメと奈子。


 ユメはレッスンの時に気づいていなかったが、ダンスは経験が無いが、レッスンを積み重ねたらある程度は踊れるようになっていた。

 プチラブリーはそれほど激しいダンスはする予定は無いらしく、ユメは必死に練習し、どうにかダンスの形になるようにまでなっていた。

 数曲歌い終わり、少しだけトークをする。

 主に愛菜とリオがトークを盛り上げ、喋らない設定のユメと奈子はボードに文字を書いて返事をする。

 少し変わったアイドルの姿に現場で見ていた者は興味を示し、実際に見れて良かったと、反応を示す者が少しずつ出てきていた。

 翌日、朝になって食堂に来た山野プロデューサーはサングラスで相変わらず目がどうなっているのかは分からないが、口の端をあげ、笑った後、概ね評判が良かったらしい事を四人に伝えた。

次のライブの予定も、雑誌のインタビューの仕事も入ったと聞いて、ユメ達四人は安堵の表情になった。

最初はどうにかなった。

それが嬉しかったのだ。

これから先も頑張らないといけない。

そう思いながら学校へと向かうユメと愛菜。

学校へ到着すると、秋乃が怒った表情で二人を待ち構えていた。

「ちょっと…保健室行こう?」

 秋乃の怒っている理由が分からなくて、言われるままついて行く。

 保健室には誰もいない。

 鍵をかけていないだなんて、先生も無用心だなと思うが、これからする秋乃との話は、先生がいなくて良かったと思える内容だった。

 秋乃は保健室の中に本当に誰もいないのを確認すると、扉の鍵を閉め、窓をきっちり閉めて、カーテンも閉めきって、ユメと愛菜の方へと振り向いた。

「昨日のステージは何?ユメちゃんの歌声で愛菜ちゃんが歌ってたの何?」

 ユメと愛菜は驚きを隠せなかった。

 秋乃は気づいている。

 あの、昨日愛菜の歌声として発表したのが、実はユメの歌声だった事に。

 昨日一緒にデビューライブを見に行った同じクラスの子は気づいていないと秋乃は言ったので、ユメと愛菜はそこは安心したが、心臓が激しく鼓動するのが分かっていた。


「なんで…気づいたの?」

 愛菜は口元が震えながら、何も言えないユメのかわりになんとか声を出した。

「私、ユメちゃんが六歳の時に出てたドラマ見てたの!あのドラマ見て演技する世界に行こうって思ってユメちゃんの歌声何度も何度も繰り返し録画してたの見てたの…声が変化しても、歌い方が似てたから気づいたよ」

 ユメと愛菜は言葉が出なかった。

 こんな形で、気づいてしまう人はいるのだ。

「本当に?」

「本当だよ…あのドラマ、演劇を目指す人は結構見てたから、人気がもっと出たら、私みたいに気づく人いるかもしれない…その時に、どうするかだよね」

 秋乃の言葉に、ユメも、愛菜の気持ちもぐらつきはじめた。

 あれから数年経過しているから、たった五分しかなかったユメの出番を覚えている人はほとんどいないと思っていたのだ。

 しかし、目の前にいたのだ。

 演技の勉強をし、女優として活動をしている田中秋乃は、覚えている。

 たった五分の、ユメが歌っていたのはその中でもいつも時間は一分くらいから短い時は十秒しか流れない時もあった。

 そんな短い時間を覚えていた人がいた。

 嬉しいはずなのに、今の、プチラブリーとしての活動を開始した今は、聞きたくない話だった。

「そんな言うほど、話題にならないと…思うよ?だって、問題起こして消えたんだし…」

「問題起こしたのはユメちゃんじゃないでしょ?あの時一緒にいた子達も問題を起こしてなかったから誰も悪くないんだよ?」

 ユメの言葉に、秋乃は反論した。


【誰も悪くない】


 秋乃のその言葉を聞いて、ユメは一粒涙をこぼした。

 あの時、一番言ってほしかったのはこの言葉だったのだ。

 この言葉を、言ってほしかったのだ。

 あの現場にいた、誰か、大人の人に。

 自分達よりも人生をたくさん歩んできた人達に。

 

 愛菜と秋乃は、ポロポロと大粒の涙を流していくユメの涙をとめようと、濡れたタオルで押さえたりしてその日は教室に戻らないまま授業は終わった。

 途中、保険医が帰ってきたが、ユメが泣いている理由は、昨日のデビューライブの緊張が今頃ぶりかえして気分が高揚して泣いてしまったのだと説明すると、保健室で勉強する事を許された。

 帰宅する頃、秋乃はユメと愛菜に言った。

「私は黙ってる…そっちの事務所の方針に口出ししちゃいけないと思うし…でも、一つだけ言わせてね、ユメちゃんの歌として聞きたかった」

 ユメは返す言葉が無かった。

 愛菜の震えた手は、ユメの上着の裾をつかんでいた。

「ユメちゃん…いつか…いや、やめとく」

 聞こえるか聞こえないかの声で、愛菜は何か言おうとしたが、思いとどまったらしく、その先を言う事は無かった。


 それから、プチラブリーの仕事は少しずつだが増えていった。

 メインでいる愛菜とリオの外見も評判を呼び、全く喋らない設定のユメと奈子の不思議さも興味をひかれ、そして、愛菜とリオの歌も良いと評判だった。

 本当はその歌声はユメと奈子の歌声なのだが。

 ユメは、いつか誰かにバラされるかもしれないという恐怖があった。

 秋乃みたいに気づいた人がいたらどうしようかと、不安な日々が続いている。

 今のところ、何も無いようだが、いつその歌声はユメのだと言われるのか、気になって仕方が無かったのだ。

 奈子に相談した事もあった。

 過去にテレビで歌声を披露していたから、それで気づいた人がいたと。

 それについて、奈子も奈子の歌声を知っている人にバレないかなど。

 奈子はそれを聞くと、わたしは大丈夫だといったのだ。

 理由は、ありきたりな歌声だったから、個性がなかったから、誰も気づかないだろうという話だった。

 地元でアイドルをしていた時も、コーラスだけで、ソロで人前で歌った事は無かったのだ。

 プロデューサーが奈子の歌声を知った理由は、プチラブリーのオーディションの時は、応募書類と一緒に自分だけが歌ったデモテープを一緒に送りつけたから、だった。

「だからさ、わたしは歌に関しては後悔してない」

 奈子はもう、ふっきれている様子だった。

 本当は、どうなのかはユメには分からない。

 奈子はプチラブリーのリーダーだから、リーダーらしく頑張って言っただけなのかもしれない。

 奈子の手は、少し震えていたのだ。

 ユメには見えない部分に置いている手が、震えている。

 そんな事には気づかなかったユメは、奈子のその強さが羨ましいと思っていた。



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