第3話 真の君とは誰なのか


 どれくらいの時間がすぎたのだろうか。

 衝撃はあまりなかったらしく、外傷は無いなと自分の体を確認しながら、時計が無い不便さをジュウクは感じていた。

「何分たったのかわかんねぇ…」

 少し頭をふりながら、ジュウクは起き上がった。

 地面が割れて地下に落ちたのはわかったが、本当にここは地下なのかというくらいまぶしい世界だった。

 水晶みたいなものがたくさん壁についていて明るい。

 道はあるので、ジュウクは目の前にある道を進んでみる事にした。

 その時だった。

『…聞こえる?もしもーし!』

 ジュウクにネックレスを渡した少女の声が聞こえてきた。

「聞こえてるよ」

『良かった通じた!リィノが治してくれたの!』

 ここでまた、知らない名前が出てきたなとジュウクは思ったが、その疑問はすぐ解決された。

『リィノってのはね、シルクハットの人!覚えてるよね?』

 あのシルクハットの男はリィノという名前だったのだ。

「俺はさ…ア、じゃねえや、ジュウクってんだ」

『ジュウクなの?私はね…えっと、その、まだ名乗れないの』

「何だそれ?俺は名乗ったじゃないか」

『アリスの心のかけらを手に入れたら言うから!』

 そう言うと、少女は沈黙した。

 なぜ名乗れないか不思議で仕方なかったが、アリスの心のかけらを手にいれたら名乗ると言われたので、それ以上追求するのはジュウクはやめる事にした。

「わかったけどさ、ここどこなんだろうな?」

『何が見えるの?山の中の洞窟見えてる?』

 少女の言葉に、ジュウクは言葉を一瞬つまらせた。

 山じゃなくて、割れた地面の地下に落ちたのだから、ここがどこかわからないのだ。

「俺さっき炎の弓矢を使う奴に襲われて、地面が割れて地下に落ちたから正直ここがどこかわかんねぇんだけど…」

『…何が見えるの?』

「水晶みたいなでかいのがたくさん壁についててさ、ん?」

 よく見ると、一番大きな水晶に何かマークが刻まれていた。

『どうしたの?』

「いや、ハートの形と、何か文字が刻まれてて…心?あと、手形が2つ」

『そこよそこ!本当はね、山の中の洞窟から地下へ行ってもらおうと思ってたんだけど、手間がはぶけて良かったかも…世界は私達の味方だから、そこに行けたら…』

 少女がそう言った瞬間、あたりは大きな光につつまれた。

 あまりのまぶしさにジュウクは目を閉じた。

 光の衝撃がおさまった頃、目を開くとそこにあの少女がいた。

 金色の髪をなびかせ、碧の瞳がキラキラ輝き、青いスカートをはいたままの姿で、ジュウクの前に現れた。

「来れたみたい…あっちではそんなに時間経過してなかったんだけど、こっちでは二時間くらいすぎてたのかな…よくわかんないな」

 少女は頭をかきながら考え込んでいた。

「俺もちょっとさっき気を失っていたから時間なんてわか…ん?」

「どうしたの?」

 ジュウクは自分の服のポケットの中に違和感を感じ、中をさぐってみた。

 ポケットの中には何か冷たい感触がした。

 取り出してみると、丸い時計だった。

 形からして腕時計にできそうな代物だった。

「時計が入ってた」

「もしかしてこれ…この時計の時間が関係してるのかな?」

 少女はその時計を覗き込んで言った。

「じゃあ、早くここのアリスの心のかけら開放しちゃいましょう?私は三十分くらいしかいられないから」

「ああ、そうだな…で、どうするんだ?」

 ジュウクの問いかけに、少女は水晶の壁に刻まれている手形を指差した。

「右の手形と左の手形、私は右で、左はあなた、ジュウクがこの手形の上に手をそえるの…それだけでいいの」

「それだけでどうにかなるのか?」

「選ばれたのなら、いけるはず」

 少女の頷きに、ジュウクはそっと左の手形に自分の手をそえてみる事にした。

 そして、少女も右の手形に手をそえた。

 その瞬間、目の前の水晶はすうっと消えた。

 ピンクに光る丸い光がその場に残り、少女の手のひらの上にただよっている。

 上手く、アリスの心という物が開放できたのだろうか。

 ジュウクはそう思いながら手をかざした方を見た。

 手をかざした水晶の隣にあった、ハートの形が刻まれた水晶も一緒に消えていった。

「これでいいのか?」

「うん、ありがとう…」

 少女の手のひらの上にただよっているアリスの心のかけらは、少女が感謝の言葉を述べると彼女の中へと消えていった。

「は?」

 驚きの声が出たのも仕方が無い。

 ジュウクは、アリスの心のかけらを開放したはずで、その心のかけらであるピンクの光は目の前にいる少女の中へと吸い込まれていったのだから。

 その光が、本当にアリスという少女の心のかけらだとしたら、それを吸収した少女は、誰だというのか。

「あのさ、アリスを救うって、もしかして、お前がアリス?」

「…そうなる、かな?えへへ」

 少女の名前はアリスだった。

 アリスを救えと言われていたジュウクの目が大きく見開いた。

「えへへじゃねぇわ!なんで最初に言わねぇんだよ?」

「最初に私がアリスだって言ったらあなた信じた?信じないでしょう?」

 アリスの問いかけに、ジュウクは言葉がつまった。

 確かに、色々不思議な事が起きた後だから彼女がアリスだと信じたのだ。

 最初に言われたら信じなかったかもしれない。

「私だってねぇ、七歳の子供の頃にちょっと遊んだつもりの事がこの世界を救ってたなんて未だに信じられないんだから…そのせいで私の心の半分以上がどこかにいったとか…じゃあ私って何なのかなって思うじゃない」

 困ったような表情でアリスはそう言うと、少しだけ苦笑した。

 アリスとは、不思議な世界を救った少女だとシルクハットの男、リィノは言っていた。

 でも、今、目の前にいる少女、アリスは、当時はその自覚が無かったのだ。

 その世界を救った代償が、己の心を奪われる事。

 なんでそんな事になったのだろうか。

 そして、どうして自分はアリスを救う者として選ばれたのか。

 それを導こうとしたリィノの思惑は何なのだろうか。

 ジュウクには分からない事だらけだった。

「アリスは何歳なんだ?俺は十六だけど」

「…私も十六」

「なんだタメかよ」

 それはこっちの台詞だと、アリスはジュウクの腰をこづいた。

 その時だった。

 ハートの形が刻まれた水晶の付近から物音がした。

「なんだろう今の音?」

 水晶が無くなって、少し空間が広がっている場所を覗き込むと、そこに一人の少女が眠っていた。

 真っ赤な髪の毛で、髪の長さはちょうど首にかかるくらいで、全身真っ赤な服につつまれた少女が眠っていた。

 首筋にはハートのマークが刻まれていた。

「なんだろこの子…リィノに聞いたほうがいいかな?」

 アリスがそうつぶやいた瞬間、ジュウクのネックレスの宝石が点滅した。

「その子はアリスと同じ状態になってる子で、多分…仲間だから連れて行っておやりよ」

「多分って何だよ…でもここで一人で眠ってたらやばいから連れてくからな」

 リィノの無責任な言葉を聞いて少しあきれた様子のジュウクはそう言うと、赤毛の少女を背負う事にした。

 どう考えても、アリスはこの少女を背負うのは無理だから、体力のある自分の方が背負って運ぶべきだと思ったのだ。

 背中に何か感触が当たるがそれは気にしないでおこうとジュウクは思った。

 今はそれどころではないのだ。

「ありがとうジュウク!私ね、ここの心のかけら手に入れた事によって、あなたも一緒にここから、今いる私の世界へ行けるようになったみたい!」

 アリスは笑顔で答えた。

「それで?」

 その笑顔の意味が理解できず、適当に返事するジュウクに少しだけむっとしながら、アリスは言葉を続けた。

「だから、あなた達も一緒に休憩できるの!私のいる元の世界へ戻ったら減った体力も回復できるんだから!」

「マジなのか?」

「本当なの!でもあなたの暮らした家には帰れないけど、私が今暮らしてる場所へなら帰れるから、一緒に行こう?」

 アリスはそう言うと、ジュウクをと、ジュウクが背負ってる少女の手をつかんだ。

 それと同時に光につつまれ、気がつけば見知らぬ建物の中にいた。

「ここ、どこだ?」

「私の今の家…」

 アリスはそう言うと、冷蔵庫から飲み物を取り出した。

「のど渇いてるよね、飲みましょう」

 ジュースを用意され、飲んでみると、懐かしい味がした。

 これは、リンゴジュースだ。

 マリアがよく用意してくれた。

「マリアが作ったジュースと同じ味だな…」

「マリアって、あなたのお母さん?私のお母さんと同じ名前ね」

 アリスがそう言うと、ジュウクは首を横にふった。

「俺の母親じゃないよ、マリアさんてのはさ、四十年前に行方不明になったアリスの身代わりでそのおばさんの話し相手になっててさ…もしかして行方不明になったのって」

「多分私の事だ…お母さんのフルネームは、マリア・M・グレイスなんだけど…あってる?」

「あってるな…確かそんな名前で…あ、もしかして四十年も時間経過してたからもう帰れないのか?」

 ジェイクの予想は当たっていたらしく、アリスは暗い表情になった。

「うん、帰ってきたら時間が違いすぎて、家に帰れなくなったの。ママにも会えない」

「そうかな…」

「そうなの」

 マリアおばさんの事をジェイクは思い出していた。

 彼女は、ずっと、今も待っている。

 なんとなくそう思ったのだが、今のアリスには伝えても信じないだろうと思い、それ以上は言うのをやめる事にした。

「それでこれからどうするんだ?」

「どうするって、あなたの夢は何?」

 アリスの唐突な問いかけに、ジュウクは言葉がつまった。

 自分の夢は、もう叶ったと思っていた。

 お腹いっぱい食べる事が夢だと思っていた。

 しかし、リィノはそれでは無く、別に夢があると言った。

 ジュウクの心の奥底にある夢。

 本当の願い。

 思い浮かばないのだ。

 もしかしたら、あるのかもしれないが、思い浮かばない。

「いや、今はわからねぇ…」

 うつむいた表情で言うジュウクに、アリスは少し考え込んだが、また口を開いた。

「じゃあ、思い出すまで、私の心のかけらを一緒に開放するの手伝ってくれない?開放していくうちにどんな夢だったのかわかるかもしれないし!」

 アリスの提案に、ジュウクはぼんやりと頷いた。

 自分の本当の夢など、叶ったと思っていたから考えた事が無かったのだ。

 今、無理して言わなくていいと言われ、ジュウクの心は安心した。

「じゃあ、明日は月曜日で平日だから、今度の日曜日に行こう!」

 言われるがままに頷くジュウク。

 連れてきた赤毛の少女もじきに目を覚ますだろうとアリスは言う。

 この、アリスが生活しているこの地域の環境はまだどんな状況なのかは知らない。

 アリスはシルクハットの男、リィノの家に世話になっているらしい。

 彼が帰宅した時に聞けばいいとジュウクは思った。

 今日は彼のジュウクの理解を超える事が多すぎた。

 ふと、視界がだんだん狭くなる。

 疲れが出たのだろう。

 ジュウクはそのまま床に倒れてしまった。

 遠のく意識の中、またあの歌が聞こえてくる。


【ありがとう】

【これでアリスは救われる】

【早く助けて世界も助けて】

【他にも仲間はいるからね】

【それを探して協力してね】

【全ては君にかかってるんだ】


 金色のドアノブから聞こえてきた声だった。

 今度は歌声は聞こえるが、真っ暗な世界では無かった。

 夢の中でも、ジュウクは緑の生い茂った場所で眠っていた。

 眠ったのにまた眠っているとはおかしな事をしていると自分でも思う。

 でも、今はそれが気持ち良い。

 目覚めたら、もっとあの世界の事を教えてもらおう。

 正直言うと、選ばれた子だなんてまだ自覚は無い。

 夢も、思い出せるかどうかなんてまだわからない。

 世界は謎だらけで不思議につつまれている。


 謎が全て解ける日をジュウクは願いながら、さらに深い眠りについた。




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