第2話 少女との出会い
「なんだここ?」
下へ下へと落ちていく。
ゆっくりなのかも、急速に落ちているのかもわからない。
ただ真っ暗な世界が続く。
どこか、つかむところはないかとジュウクは手を伸ばすが、そこには何もない。
どうしたらいいのかと思った時に、先ほどのシルクハットの男が隣に現れた。
「どうしたらここから抜け出せるか、簡単だよ…扉を探せばいい!自分だけの扉をね!」
「扉?真っ暗なのに扉なんて…」
真っ暗な世界だった。
あたりを見回せば、よく目を凝らして見れば、何かが見えた。
ドアノブがそこかしこに浮いている。
「分かったかい?君だけの扉を探すんだ!」
シルクハットの男はそう言うと、すぐそばに見かけたドアノブに手をかけた。
ドアノブだけだと思っていた黒い空間から光が差した。
扉があったのだ。
彼専用の扉が。
「俺だけの扉って!」
どういう意味だと叫ぶ前にシルクハットの男はドアの中へと消えていった。
そしてまた黒い世界。
自分以外誰もいない世界に戻ってしまった。
でも、さっきとは違うのは、意識して見ればドアノブがそこかしこに見える。
ためしに伸ばしてみたら、つかむことができなかった。
多分それは、シルクハットの男が言った、ジュウクの扉じゃなかったのだろう。
本当に自分専用の扉があるのだろうか。
騙されたのでは無かろうかとジュウクは疑問に思うが、今はそれにすがるしか無い。
数分ほど真っ暗な中を落下していたら、どこからか声が聞こえてきた。
【やっと来たね待ってたよ】
【違うよこっちに来たんでしょう?】
【彼は僕らの味方になるんだ】
【彼は私達の味方のはずよ】
【みんなの敵かもしれないよ?】
【そんな事をお言いで無いよ】
【さあおいでよこっちの扉から】
【いや、こっちの扉だよ】
【駄目だよこっちの扉だよ】
【そこは危険だ騙されるなよ】
何かが違うと、ジュウクは思った。
七日ほど続いた夢の中の歌声に似ていたが、それぞれが違う事を言うのだ。
四つの方向から聞こえてくるのだ。
それぞれの声のする方角を見ると、ドアノブが浮かんでいた。
四つのドアノブ全てに手を伸ばせば届いたので、順番に指先で軽く触れてみた。
今度は感触があった。
どちらも開けようと思えば開けれるのだ。
でもなんだか少し柔らかい感じがする。
ジュウクはドアノブに触れた手をそっと自分のもとに戻した。
本当に、これらの扉を開けていいのかどうか、不安になったのだ。
じっくりと眺めてみると、暗闇の中に浮かぶ四つのドアノブには色がついていた。
赤、青、緑、黒とそれぞれ色が違う。
ここから早く去りたいと、逃げ出したいと思ったジュウクはどれかを選ぶべきなのかどうかと近くに見えるドアノブを見ながら考え込んでいた。
【君が本当に必要なのは】
【アリスに会えるのは】
【そこの扉には存在しない】
ちょうど考え込みはじめた頃、別の声が聞こえた。
「どこにも存在しない…?どういう事だ」
声がした方を見ると、また新たなドアノブが存在していた。
金色に輝くドアノブ。
そっとジュウクが触れてみると、そのドアノブは先ほどさわったドアノブよりも硬くしっかりとしている。
これは大丈夫なのではなかろうかとジュウクは思う。
握っても、柔らかくはならない。
【そうだよ気づいたんだね】
【開けてごらんよアリスに会える】
金色のドアノブから聞こえる声にさそわれて、ジュウクがドアノブに手をかけようとした時、他のドアノブがある方角から声が聞こえてきた。
その者たちの声には何か必死なものを感じ、そちらへと向くと、ドアノブの色が全て黒ずんでいた。
「なんだこれ…」
【駄目だよそっちは危険だから】
【楽しくなんか無いんだから】
【こっちで一生楽しもう】
【こっちへおいでよ】
ドアノブはどんどん黒ずんでいく。
さすがにここまでおかしな様子を見ると、それらの扉の先には行ってはいけないとわかる。
金色のドアノブにこめる力が余計に強くなる。
なんなのだろうかこれは、この世界は。
ドアノブが生きているように見えるのだ。
そこから声が聞こえるのも本来ならばおかしいのだ。
でもおかしいと思っている場合では無いのもジュウク自身理解していた。
このままでは、いつまでたっても真っ暗闇の中落ちていくだけ。
いつまでもここにいてはいけない。
ならば、もう目の前にある金色に輝くドアノブに賭けるしかない。
何が起こっても、ここにずっといるよりましだとジュウクは思う。
願わくば、少しでもまともな環境であるようにと願うばかりだった。
ジュウクは金色のドアノブをゆっくりと回した。
【ぼくたちの敵になるの?】
【やめてよ嫌だよ】
【許さないよ】
【絶対に許さない】
黒ずんだドアノブの方向から恨みがましい言葉が聞こえるが、もうジュウクは気にしている場合では無かった。
【おいでよアリスを助けよう】
ジュウクが手をかけた金色のドアノブから声が聞こえる。
どことなく、聞いた事がある声色かもしれないと思った時、扉はゆっくりと開いた。
まばゆい光に包み込まれるような感じになって、ジュウクはまぶしさに瞳を閉じた。
そのまま扉の中へと吸い込まれる。
「うわっ」
扉の向こうに広がる世界は空。
広大な空。
下には広大な緑、緑。
湖。
ぽつぽつと小さな屋根が離れて見える。
「ちょっと待てよどこだここ!」
そう、ここは地面からはるか離れた上空。
ジュウクが開けた扉の前には地面は無く、広大な空が広がるだけ。
落下しているのだ。
さきほどの暗闇の世界とは全く違い、今度は本当に落下し続け地面に落ちたらどうなるかわからない。
ジュウクはあのシルクハットの男を思い出していた。
自分だけの扉を見つけたらあの暗闇の世界から出れるとは聞いたが、抜け出せたらこんな世界だった。
これは恨まずにはいられない。
「ど、どうやったら!」
この危機的状況から抜け出せるのかと考えるが、ただ落下しているだけのジュウクにはどうする事もできなかった。
その時だった。
ジュウクのすぐとなりで、扉を開ける音がした。
また、誰かがジュウクのようにあの暗闇の世界からやってきたのかと音のする方を見たら、そこにはまた金色に輝く扉が存在していた。
その扉はゆっくりと開いた。
そこから、金髪の少女が飛び出してきた。
「もう!なんなのこれは?昔と違うじゃないっ」
扉から飛び出した少女はそう叫ぶとジュウクの隣で一緒に落下しはじめた。
青いスカートがたなびくのを手で必死におさえながら落下する少女。
髪の長さは背中の真ん中くらいだろうか、ゆったりとしたウェーブの髪を揺らしながら、少女は文句を言っていた。
昔と違うとはどういう事だろうか。
以前にも、こういう状況があったのだろうか。
ジュウクは落下している恐怖を一瞬忘れ、少女に声をかけた。
「おまえも、あいつに会ったのか?」
少女に声をかけると、碧色に輝く瞳をまばたかせながらジュウクの方を見た。
「あいつって、エッグの事?」
「エッグ?卵?」
「そう、エッグは昔のあだ名の一つなんだけどっ黒いシルクハット被ってる奴の事!」
一緒に落下する少女はどうやらジュウクが出会った男に出会っていたらしい。
「そうだけど!」
ジュウクの返事に、少女は一旦大きく目を見開いた。
「あなたなの?マリーのかわりに来た人って」
「は?マリーって?」
マリーとは誰なのだろうかという新たな疑問がジュウクの頭の中をめぐる。
黒いシルクハットの男が目の前に現れてからわけのわからない出来事が起きすぎなのだ。
「だーかーらー!この世界を救うメンバーに選ばれた人って事ぉ!」
状況が把握できていないジュウクは、さらにわけがわからなくなった。
黒いシルクハットの男に言われた事はなんだったかと思いをめぐらせる。
あの男は何を言ったのか。
確か…
「アリスを救えばいいって聞いたけど、それが関係してるのか?」
彼に言われた事を思い出したジュウクは隣で一緒に落下している少女の方に大声で問いかけた。
すると少女は急に笑顔になった。
その笑顔が意味がわからないジュウクは少し動揺した。
「そう、アリスを助けるの!」
「なんで?」
金色の髪をたなびかせながら、少女は笑顔のまま。
「なんでって!それは簡単よ!ここが世界のはじまりだから!全てはここから変化するの!できるの!するの!」
本当に何を言っているのかジュウクには理解できなかった。
この少女の言葉には、どこか自信に満ち溢れていた。
「どうやってだよ?」
「アリスの心を取り戻すの!この世界に散らばったアリスの心を!」
アリスの心を取り戻すとはどういう事なのだろうか、わからない事だらけだった。
「それよりも、どうやったらこれ助かんの?」
落下の速度はどんどん上がっている。
先ほどより地面が近くなったような気がする。
この状況からどう助かるか、ジュウクには分からなかった。
すると、金色の髪を揺らしながら、碧色の瞳を輝かせ、少女は言った。
「簡単よ!願うの!たとえば、下にあるのは地面じゃなくて、もっと柔らかいものがあるって願うの!出て来いって願うの!アリスを助ける為に選ばれた子だけができる事なの!」
さあ、願ってと言われてすぐ願えるわけがなかった。
横で一緒に落下している少女はなれているのか、目をつぶって願っている様子だった。
ジュウクも、何か願おうと考えてみた。
もう地面が近いのだ。
隣で一緒に落下している少女のように何か願った方がいいのではと思い、ジュウクも目をつぶった。
地面に衝突するのは嫌だから、何か、衝撃が和らぐのが地面にあったら…水の中に落ちたらどうだろうかと思った瞬間、ジュウクは水の中にいた。
なんだろうこれはと、沈む自分の体の一部を見る。
水の中に落ちたら地面じゃないから痛くは無いと思った。
そうしたらさっきまでジュウクの落下する先には茶色の地面が広がっていたのに、水の中に落ちたのだ。
願いが叶ったのだろうか。
でも、このままでは息ができない。
ジュウクはあわてて水面から顔を出した。
「うっ…ゲホッゴホッ」
少しだけ水を飲んでしまった。
苦しさに咳き込みながら、一緒に落下していた少女はどうしたのだろうかとあたりを見回した。
少女は、とても巨大なクッションの上にいた。
落下からの衝撃がまだ抜けてないらしくクッションの上で少女はスカートをおさえながらはずんでいた。
「…なんで?」
ジュウクの疑問に、少女はクッションにはずみながら笑顔で答えた。
「ちゃんとイメージをしっかり持ってたら、願いは叶うの!」
しばらくして巨大なクッションから飛び降りた少女は、笑顔のままジュウクの元にかけより、どこからか出したのか分からないが、ドライヤーを取り出した。
濡れた服はそのドライヤーのおかげかすぐ乾いてしまう。
「乾くの早すぎじゃないのか?」
「いいの、これも願いの産物だから性能がとびきりいいだけよ!」
目の前にいる少女は一体何者なのだろうかとジュウクは思う。
この世界の性質を知っている。
自分は何も知らない。
あの黒いシルクハットの男は、自分に何をさせたいのかとジュウクは疑問に思う。
「アリスを救うってどういう事なんだ?アリスの心を取り戻すって?」
この少女なら、何か知っているのかもしれないと思ったジュウクは疑問に思っていた事を聞く事にした。
少女は、近くにあった大きな石の上に座って、一呼吸置いた。
「アリスはね、この世界の危機を救った女の子なんだけど、少しだけ失敗して、心がバラバラに散っちゃって、困ってる子なの。だから助けなきゃ」
胸に手を置いて悲しみをおびた表情で少女は語る。
「じゃあ、マリーって人は?」
「マリーは、あなたが来る前にこの世界に散ったアリスの心を取り戻そうと努力してくれた人だけど…最後まで集める前に怪我をしてリタイアした人」
少女は寂しそうに言った。
だから自分が、ジュウクが選ばれたのだ。
なぜ、選ばれたのか。
どういう基準で選ばれたのか。
「あなたが男の子なのは、マリーが怪我したからだと思うの…この世界はわ…アリスを救う為に動いてるから」
「なんでそんなにアリスが大事なんだこの世界は?」
「それは私にも分からないよ」
ジュウクの疑問にちゃんと答えられなかった少女はそう言うと、座っていた大きな石から離れた。
「私、ずっとここにいられないの…無理して来たから…これをあなたにあげるから」
少女はそう言うと、自分の首にかけていた青い宝石のネックレスをはずして、ジュウクの首にかけた。
「なんだこれ」
「これがあれば、私と通信できるから!あのね、シルクハットの人が作ってくれ…」
少女は最後まで言い切る前に姿を消した。
かわりに、ネックレスから声が聞こえてきた。
ネックレスについている青い宝石が輝き点滅する。
『聞こえる?私はまだ一定時間の間の三十分くらいしかそこに戻れないの!通信も電波が悪い時あるから通信できなかったらごめんね?』
どういうシステムなのかわからないが、ネックレスの宝石部分からさきほどまでここにいた少女の声が聞こえてきた。
「…この世界は何なんだよ?俺にどうしろっての?」
ジュウクがこんな気持ちになるのも仕方がなかった。
いきなり選ばれただのアリスを救えだの意味がわからなかった。
『あなたは選ばれたの…巻き込んでごめんなさい!誰が選ばれるかまでは私は知らなかったから…あのね、そこの場所から小さな山が見えない?』
「見えるけど」
『そこにアリスの心のかけらがあるの!それだけでも、協力して欲しいの』
少女の声は必死だった。
あまりにも必死だったので、ジュウクは行動に移そうと思った。
この世界から脱出する方法は分からないのだから、何か目的があったほうが気がまぎれるかもしれないとも思っていた。
「そこへ行けばいいんだな?」
『そうよ、そこにあるの!あと二時間たったらまた私そっちへ行けるようになるから!』
よし、行こうと思いジュウクは歩き出した。
ネックレスの通信は、その瞬間途切れた。
「おーい?何も聞こえないな…」
電波が悪い時があると先ほど少女が言っていたのを思い出した。
「そういえば、名前聞いてないし、俺も言ってねぇな…」
一番最初にすべき事をすっかり忘れていた事にジュウクは気づいた。
いつ回復するか分からないが、通信機能が治った時に聞こうとジュウクが思った瞬間、背後から何かがきた。
すごい殺気を感じ、横にそれた瞬間、ジュウクの肩をかすりそうなくらい近くを炎のかけらが走っていった。
一体これは何なのか。
地面にささった物体を見ると、弓矢だった。
弓矢の先に炎をつけていたのだ。
誰がこんな事をと思い、弓矢が飛んできた方角を見ると、一人の男が立っていた。
髪の色は白っぽく、瞳は赤い。
黒いコートをまとった男が立っていた。
「貴様はアリスの仲間か?」
男はそう言うと、弓を構えた。
弓矢の先にはさきほどと同じ炎がゆらめいていた。
本当に殺す気だと気づいた瞬間、あの少女が言っていた言葉を思い出した。
【イメージすれば、願いは叶う】
その言葉を思い出したのと、黒いコートをまとった男が弓をはなったのはほぼ同時だった。
ジュウクは必死になって、弓をはねのける盾をイメージした。
地面にささるくらいの大きな盾を。
今度はちゃんとイメージできたらしく、自分の身長より大きく、地面にささるくらいの大きな盾がジュウクの目の前に現れた。
飛んできた弓矢はその盾によってはばまれた。
「貴様…どこでそれを教わった?上手く扱う方法を知っているのは…」
黒いコートの男の言葉を最後まではジュウクは聞く事は無かった。
大きな盾を地面に刺したせいで、ジュウクの足元の地面はひび割れてしまったのだ。
「う…わっ!」
その割れ目の中に、ジュウクは吸い込まれてしまった。
「また落ちんのかよぉっ!」
ジュウクを飲み込んだ地面は、再び元の姿に戻った。
そのおかげで、黒いコートの男が追いかけてくる事は無かったのだが、そんな事は今のジュウクには理解できることでは無かった。
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