真偽のアリス~偽の彼らと真の君~

M.Maria

第1話 誰がアリスを救うのか



【誰がアリスを求めていたのか】

【誰がアリスを探していたのか】

【誰がアリスを知っているのか】

【誰がアリスを追い詰めたのか】

【誰がアリスを助け出すのか】

【誰がアリスを覚えているのか】

【誰がアリスを救い出すのか】

【それは君だけ】

【君以外にもいるかもしれない】

【でも君は選ばれた】

【その一人の中に選ばれた】

【本物のアリスはどこにいる】

【それは誰にもわからない】

【今こそ】

【今こそ迎えが来る時】

【早くここへおいでよ】

【おいでアリスを助けよう】

【ぼくらはわたしたちはずっと待ってる】

【君を待ってる】

【君たちをずっと待ってる】



 ここ数日眠るとこの歌が流れてくる。

 誰が歌っているのは分からない。

 その歌を歌っているのは一人では無い。

 複数の者達の歌声。

 男と女の混声合唱。

 それが誰かを探ろうと夢の中で少年は手をのばし、歩を進めても、まわりはずっと真っ暗な世界のまま。

 自分の夢の中なのだから、自由に環境を変化させれるかと思ったらそうでもなかった。

 はじめて聞こえてきた時は、真っ暗な世界だった。

三日目、遠くに光が見えた。

五日目、光が少しだけ大きく輝いた。

 そして、今日、七日目はその光から伸びた道筋が自分の足元まで到達した。

 その道以外は光は見えなくて、真っ暗なまま。

他に道は無いのだからその道をたどるしかない。

 しかし、歩いても歩いても光のもとにたどり着く事は無かった。

 連続して同じ歌が何度も何度も流れてくるのにいらだちを覚えたまま今日は目を覚ましたのだ。

 何の為の睡眠なのだろうかと思う。

 太陽も沈み、日も当たらなくなる夜になれば人間は自然と眠くなる。

 そして眠りにつくのだ。

 深い眠りに。

 そして、疲労した体は回復する。

 一日の疲労を癒す為の睡眠のはずが、こんな歌を聴かされてはせっかくの休息も休息にならない。

 ここ数日この夢のせいで睡眠をどれだけとっても回復できていない。

 少年は今まで夢を見た事は無い。

 ただ単に記憶に残るような印象的な夢を見た事が無いだけかもしれない。

 つまらない人生を生きてきたんだなと少年は思う。

 それも仕方無いだろうと思う。

 その道を選んでしまったのは自分自身。

 今更後悔しても遅いだろうと思うが、また眠ったらこの夢を見るのだと思うとげんなりくるのだ。


「一体誰を助けろってんだよ…」

 そう呟きながら目を覚ました少年は、すこぶる機嫌が悪かった。

 いつもどおりの朝だ。

 それも嫌いだった。

 金色の髪を揺らしながら上体を起こす。

 カーテンを開けると暖かい日差しが差し込んでくる。

 まぶしさに目をひそめながら、カーテンを開ききる。

 外に見える木々が、いつもどおりの日々が続くと告げていた。

 青く輝く目をまばたかせながら光のさすほうへと視線を向ける。

 今日も良い天気だった。

 毎晩夢の中で聞く言葉に少年は嫌気がさしていた。

「アリスは俺の一番嫌いな名前だ」

 少年は、『アリス』という名前が嫌いだった。

 少年の今の名前は「アリス」

 本名は「ジュウク」だけれど、理由があって今は「アリス」と名乗っていた。

 性別は男なのにアリスと呼ばれて良い思いはしない。

 だけれど、アリスを受け入れなければここにはいなかったのだ。

 ジュウクには両親がいない。

 物心ついた時には孤児院で生活していた。

 赤ん坊の時に孤児院が経営する教会の前に捨てられていたのだ。

 そこで特に何も不満無く生きてきたが、ここで暮らせるのは十五歳までと決まっていて、十五になれば追い出されるのだ。

 その後は自力で仕事を探して生きていくしかない。

 十歳になった時に、あと五年しかないと思った時に、ある話が舞い込んできたのだ。

 孤児院に多額の寄付金が入るかわりに、ある少女のフリをする事。

 この条件を提示してきたのは、この孤児院の少し離れた場所に屋敷を構える貴族だった。

 その屋敷の持ち主である年老いた女性が、遥か昔に行方不明になった娘に会いたいと言ったのだ。

 娘は生きているから会わせろと言われたのだ。

 親戚の貴族の者たちはうろたえた。

 その女性の娘は行方不明になってからもう四十年が経過している。

 現在も行方は知れぬまま。

 娘は旅行に行ったと思い込んでいるのを利用して、似たような姿の子供を捜そうという話になり、この孤児院までやってきたのだ。

 そして、見つけられた。

 性別は男の子だったが、行方不明になった娘と同じ金色に輝く髪の毛、背丈がほぼ一緒のジュウクを見つけたのだ。

 条件を提示された時、ジュウクは性別が男なのだから、少女のフリをするなんて無理だとは思ったが、その仕事を受け入れれば、成人するまでの生活の保障と、成人してからの仕事も用意すると言われてしまい、気持ちがぐらついた。

 孤児院での生活は十五歳まで。

 十五歳になれば、一人で苦労する生活が待っている。

 それに比べたらと、十歳にして人生の岐路に立たされたジュウクが選ぶ道は決まっていた。

 行方不明になった少女の、アリスと呼ばれる少女の身代わりになるという道だった。

 

 あれから六年の月日が流れた。

 屋敷にいた年老いた貴族の女性、マリアの前に出された時、親戚の前で、ジュウクはアリスとして迎えられた。

 足も弱く、椅子に座っていた女性、マリアはジュウクをアリスと呼んで微笑んだ。

 上手い事騙されてくれたと喜んだ親戚が帰った後、マリアは言ったのだ。

「で、あんたは誰だい?」

 と、視線も急に厳しくなった。

 先ほどの穏やかな表情はどこへいったのだろうか。

「俺はジュウクで、本当はアリスじゃなくて、身代わりにここへ条件付きで…」

 これは孤児院に戻されるだろうと覚悟したジュウクは、ここへ来た理由を説明しようとすると、マリアに頭をなでられた。

「そうかい…私の我侭につき合わされて悪い事したね、親戚が来てる時はアリスのフリをしていてくれないかい?私はあの子達が嫌いでね、なるべく会話したくないんだよ」

 どうやら孤児院に戻されるわけでは無いらしい。

 それから、親戚がいない時はマリアおばさんと呼びなさいと言われ、二人の奇妙な生活がはじまったのだ。

 普段の服装は女性の服。

 十三歳まではそれでも問題は無かった。

 しだいに体が大きく、男らしくなってくる。

 マリアおばさんはその頃ジュウクに提案した。

 目が悪いフリをするから、服装を男性のものにしていいと言ったのだ。

 親戚たちも騙されて、目が悪いのならばと、女装から男性の服へと変化した。

 フリルのついたスカートは卒業できたが、貴族の男性の服装にも窮屈さを感じていた。

 自由に歩けるような服装ではない。

 孤児院にいた頃はゆったりとした服装で、どこへでも走って行けた。

 しかし今は、服の素材が全体的に硬く感じる。

 パリッとしたパンツのライン。

 足を曲げるだけで布がささりそうだ。

 そして、首を締め付けるようにある立てられた襟にため息が出る。

 上着の裾にはフリルが少し流れていた。

 貴族はどうしてこんなに堅苦しい物を着ているのだろうか。

 生きる為には苦労が必要だと知り、ジュウクはため息をつくばかりだった。

 服装は男性のそれにできたが、髪の長さは行方不明になった少女アリスと同じ髪の長さにしないといけなかったので、腰まで髪の毛をのばし、それを一つに束ねて上にあげていた。

耳の横にのびる髪の毛の人束を三つ編みにするのはマリアの指示だった。

こうすれば、間違われないよと言われたが、それが誰かわからなかったし、知る気も無かった。

マリアの親戚達との契約はこの国での成人年齢十八歳がくるまで。

マリアとの契約は何歳までかは知らないが、多分十八歳までだろうとジュウクは思う。

気がつけば、ジュウクの年齢は十六歳になろうとしていた。

孤児院で暮らしていたらもう独り立ちしている年齢だったのだから、ここで安定した生活ができるのはありがたいものだった。

それでも。

普段の生活をアリスと呼ばれて暮らすのはつらいものがあった。

学校へも通わされたのだが、親戚たちが言うには、マリアおばさんが学校に来て授業中のジュウクを見に来るかもしれないのでアリスという名で過ごすようにと言われた。

学校でなぜ女性の名前なのかと何度も聞かれ、説明してはいけないので言葉につまり、気がつけば喧嘩しているのだ。

負けた事は無いが、名前でからかわれるのがつらかった。

アリスという少女が、四十年前に行方不明になったのだから、もう大人の女性だろうが、なぜ行方不明のままなのだろうかと、いつまでこの茶番が続く生活をしなくてはならないのかとジュウクは苦しんでいた。

軽い気持ちで請け負った仕事。

十歳の時はこの道しか選べなかった。

毎日ちゃんと美味しいご飯が食べれる。

孤児院にいた頃は、ちゃんと毎食お腹いっぱい食べれるわけではなかったのだ。

幼き頃からの夢は、お腹いっぱい食べる事。

夢は叶ったのだから、不満を表に出してはいけない。

それでも、つらいものはつらかった。


そんな日々が続く中、あの夢を見るようになったのだ。

アリスを助けろと夢の中の者たちは歌う。

ジュウクはそれに選ばれたのだという。

何日も続く夢の歌に、嫌気がさしていた、そんな時だった。

学校でいつもどおりに授業を受けていた時、窓の外に大きな黒い帽子を被った男が立っているのが見えた。

おかしいと、思った。

ここは三階なのだ。

人が窓の外に立てるはずがない。

木もその付近にないから木の枝の上に立つという事はできない。

授業中なので、隣の席の者にたずねることもできない。

そこでふと気がついた。

教室にいる者たちの誰もが、窓の外にいる大きな黒いシルクハットを被った黒いスーツ姿の男に反応を示していないのだ。

教師も、クラスメイトの誰も反応していない。

普通にいつもどおりの授業をこなしているのだ。

もしかして、見えているのは自分だけなのかという不安がよぎる。

一度、目を閉じた。

数秒そうしていると、教師に声をかけられた。

「アリス君、眠いのかね?」

「いえ、違います…窓の外の光がまぶしくて」

 ジュウクがそう言うと、教師は窓の方を見た。

 黒いシルクハットの男は、前から開いていてた教室の後ろの方の窓の縁に座っていた。

 教師はその方向を見たが反応は無いので、どうやら見えているのは自分だけかと思うと、嫌な汗が背中をつたい、教師の方を見た。

「すみません」

 ジュウクの反省の言葉に満足した教師は授業を再開し、黒板に文字を書き出した。

 授業が再開されて、ジュウクは再び窓の方を見た。

 そこには誰も、いなかった。

 先ほどまで開いていた窓もきっちり閉められていて、夢だったのか、見間違いをしたのか、確認する術はもうなかった。


 その後は何もおかしなことはおきず、授業は普段通りに進められた。

 次の授業をする場所へと移動する時、普段と違う事が起きた。

 ロッカーに入れている教科書を取りに行った時に、そいつはいた。

 教室の窓の縁に腰掛けていた時のままの黒いシルクハットに黒のスーツ。

 ジュウクの立つ廊下の数メートル先に立っていたのだ。

 廊下には、他にもクラスメイトはいて、今度こそこの男の姿を皆が認識するだろうと周りを見回したら、皆の動きは止まってる。

 誰も、動いていない。

 まばたきすらしてない。

 おかしすぎる。

 どうして、自分は動けるのかと、ジュウクは周囲を見回しながら思っていた。


「それは君が選ばれた子だからさ」

 数メートル前に立っていたと思っていたシルクハットを被った男は、一瞬でジュウクの後ろに移動していた。

 背後から声をかけられ、危機を感じたジュウクは振り向きざまに拳を飛ばす。

 たいていの者はジュウクの攻撃を受ければ吹き飛ばされるのだが、シルクハットの男は腕で軽く受け止めていた。

「強いね君は…マリアが認めただけあるね」

 シルクハットの男はそう言うと、左足を勢い良くジュークの方へと飛ばす。

 滑らかに綺麗な曲線を描く相手の足をスローモーションのように見ていたジュウクは意識を取り戻し、軽やかによけて後ずさった。

「なんだよお前は…マリアおばさんと知り合いなのかよ?」

 すんでの所で避け、攻撃が届かないであろう距離を空けながらジュウクはシルクハットの男に問いかける。

 シルクハットの男は微笑する。

「知り合いといえば知り合いになるし、知らない人だと言えば知らないと言える…それは自由だからねぇ…彼女の気持ちしだいなんだ」

「…なんだそれ意味わかんねぇ」

 知り合いかもしれないが違うかもしれない。

 この男は何を言っているのだろうかとジュウクは耳を疑った。

「分からなくていいんだよ…君は知らなくて当たり前」

 そう言われた時、シルクハットの男の背後に大きな、丸い形の時計が見えた。

 銀色に輝く時計は支えるものが無くともその場に浮いていた。

 シルクハットの男は、その大きな時計に右手で触れた。

「この時計が気になる?」

 ジュウクは首を横に振った。

 なぜだかわからないが、気になるかという問いかけに賛同したくなかったのだ。

 この男は自分の、ジュウクの知らない何かを知っている。

 それは何かは分からないが、今は知りたくないとジュウクの本能が心の中で叫んでいた。

 知ってしまうとどうなるのか。

 今の生活環境が崩れてしまうのではないのかという不安がよぎっていたのだ。

「嘘は良くないね…知りたいのだろう?」

 そんなジュウクの心の中を見透かしたような言葉を発しながら、目の前にいたはずのシルクハットの男の姿が消えた。

 消えたと思った。

 どこだと探そうとした瞬間、今度は右側から声が聞こえてきた。

 シルクハットの男は今度は右側に立っていたのだ。

 そして、時計をジュウクの目の前にかざし、口の端をあげて微笑する。

「時の止まったこの時計…動き出したら君の本来の世界が動く…動かしてみようか?」

 その丸い時計の裏側にシルクハットの男は手をまわした。

 裏側にネジがついているらしく、ネジをまわす音がする。

 ジーコ、ジーコと。

「な、何を?世界が動くって何だよ!」

「動くんだ世界が、君の夢が叶う時が来る」

 シルクハットの男に言われた意味が理解できなかった。

 世界が動いて、夢が叶う。

 ジュウクの子供の頃からの夢は、お腹いっぱい食べる事だった。

 その夢は叶ったのだ。

 だから、もう叶える夢なんてないはずなのだ。

 それなのに、目の前にいる男はまだジュウクには叶えていない夢があるというのだ。

 それが何か、ジュウクには分からなかった。

「はぁ!?夢って?俺の夢はもうとうの昔に叶ったんだけど!」

 シルクハットの男が時計のネジを巻く手を止めようとジュウクは手を伸ばしたが、もうすでに遅く、時計の針は動きだした。

 カチコチと音を鳴らして時計の針は進んでいく。

「ほら、君の世界が動く…アリスを救えば君の夢は叶うから」

 シルクハットの男はそう言うと、ジュウクの胸を手で軽く押した。

 軽く胸を押されただけなのだから、後ろは廊下の壁で、壁に当たるだけだと思ったのだが、その期待は外れてしまった。

 壁が、あるはずの壁がなかったのだ。

 そのままジュウクは支える壁が無い為、背後の、何も無い世界へと吸い込まれていく。

 床に倒れるのかと思ったがそうでもなく。

 気がつけば、真っ暗な世界に放り出されていた。

 これは、夢の中で見た真っ暗な世界だと、なぜかジュウクは気づいていた。

 夢の世界と現実が繋がったのだ。

 ただ、夢で見た世界と違ったのは、光が無かった。

 真っ暗なだけだった。


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