Chapter2 後編 幸福のヴェル

『…1942年8月

ナチスドイツが二つの新型兵器を侵攻したスターリングラードに持ち込んだ。


それがすべての始まりだ。

何は、ともあれこの事から語らねばならない。


その二つの新型兵器…世界最初の核爆弾

『シュワルツェス』と『ウルフェン』は、ナチスの思惑とは異なり、スターリングラードの地で使用されることは、無かった。

それが不幸か幸いかその二つの核爆弾を積んだ爆撃機は、コムソモールの女子高生達による高射砲隊『第1077高射砲連隊』の放った徹甲弾にウィングを撃ち抜かれ、ドン川に不時着。

そしてその爆撃機をNKVDの督戦隊が鹵獲したのだ。

(第1077高射砲連隊は、スターリングラードに住む女子高生だけの防空部隊であり、ドイツ側ではコムソモールの少女達と呼ばれている。大祖国戦争のなかでも類をみない悲痛な運命を辿った部隊である。)


鹵獲されたシュワルツェスとウルフェンは、ソ連の原子力研究所『クルチャトフ研究所』に送られその内部構造を解析された。

そしてソ連は、それを元に世界で二番目の核爆弾『クレムリン』を製作。

そして、そのクレムリンの前線使用を皮切りに皆皆様ご存知の独ソ核大戦が始まったというわけだ。


そして、その中で核エネルギー技術を応用する形で生まれたのが新人類兵士創造計画デザイナーズソルジャープロジェクトであり、

その最終的なX試作品…それがヴェルだ。


そして元々ソ連のお家芸だったドーピングの技術を利用した肉体能力の薬剤増強とナチスドイツが研究していた試験管ベイビーの学術論文。

この二つが核戦争の終結である、1945年のベルリン陥落…(ソ連で言う所の勝利の日)に運命的な出会いを果たし計画は、突っ掛かっていた最終段階を終えた。


伝説の女性狙撃手 リュドミラ・パブリチェンコ、伝説の女性パルチザン ゾーヤ・コスモデミヤンスカヤ、彼女達の次の世代を担う広告塔プロパガンダ

強力な実力を持った女性英雄…そう計画された遺伝子を持ち、超能力を押し付けられ生まれた少女…ヴェロニカ・カラマゾーフ、コードネーム

幸福スチャースチイェのヴェル。


…これが彼女のすべてだ。』


私は、そこまで喋ったところで机の上に転がっていたクラッシュチョコレートの袋に手を付けた。

いつもの学校、いつもの生徒会室。

外は、すっかり闇に溶けきっていて、どこからが空でどこからが陸なのか、

その境は何処までも曖昧で、不鮮明だった。


すっかり復活を果たした元気一杯のエリカは、私の反対側のソファに大きく腕を広げてふんぞり返って座っていた。

エヴァはというと、エリカが首の後ろに手を回したため、完全に頭を抱擁ホールドされていて、エリカは時々思い出したかのように、

エヴァの頭を撫でていた。

まるでキャバレーの阿婆擦れ女を羽生らかす成金趣味のデブ親父みたいだ。

エヴァの方は、まんざらでもない様子だったが。

『しかし、君…酒飲んで敬語で話すのをやめたと思ったら…よく喋るようになったな。

いいのかい、国家秘密じゃないのか。』

エリカは、ニヤリと相変わらずのしたり顔で、私を目で舐めまわした。

いい加減鬱陶し奴だ。

私は、泥水めいたジンでクラッシュチョコレートを口に流し込んだ。

『…ソ連が滅んだって、新聞に書いてあるの見たことないのかしらボス・エリカ。』

私は、怪訝そうにエリカにいった。

『あいにくプラウダ紙を愛読しているもんでね。』

エリカは、そう返した。

『あら、あの本に真実プラウダなことは、一切書いてないですのよ。

別の新聞になさった方が得かと…例えばデイリー・テレグラフ紙とか。』

プラウダ紙は、コムソモールの発行しているソ連の愛国心ましまし新聞紙だ。

『…エリカ。

そろそろ、ふざけてないで真面目に話したら…。

どうせ、あなたは、全部知ってたんでしょう。』

エヴァがエリカのほっぺをつねって言った。

『そうだな失敬失敬。

…実はな、君達のことは、全部知っているんだ。

先程のヴェルの生い立ち…。

君とヴェルが、中央女子狙撃訓練学校で出会ったこと。

君が、孤児で白軍の元兵士に育てられたこと。

そして、モスクワ市民団に入り、モスクワ内戦を起こしたこと。

ソ連崩壊後、傭兵企業を転々としていたこと、その全てをね…。

エヴァは、知らないけど。』


じゃあ、何故だ。

こんな訳ありの兵隊を何故、仲間に入れようとする。

『何故、私達を雇おうとした。』

私は、エリカを睨む。


するとエリカは、

『エヴァ…悪いけど、見せてくれるかい。』

と突然会話の矛先ををエヴァに変えた。


エヴァは、エリカがそう言うなり、ソファを立ち上がるなり、いきなり着ていたスラックスを脱いだ。


『…っ。』

私は、絶句した。

エヴァの下腹部に生えた、本来女性の下半身にあるはずないソレの存在に私は、同様を隠せなかった。

奇形…(最もこんな言葉使いたくないが。)

どう考えてもそれは普通では、なかった。


両性具有者アンドロジニー


無論私は、医者ではないため人間の身体のことなんてさっぱりわからない。

だが、それを見せることでエリカが何を言わんとしているのかは、なんとなくわかった。

『T-4…。

ヒトラー悪魔の政策。

ナチスは、健康であることを義務とした。

ヒトラーの思い描く理想のアーリア人である事を国民に強制した。

ユダヤ人、黄色人種、黒人、身体障害者、ありとあらゆる人々を社会悪パブリックエネミーとし、虐殺した…。

その政策の一つ、障害者安楽死命令。』

私は、強烈な吐き気に襲われた。

大戦の最中に脳味噌の奥底まで深く根を張った、アドルフ・ヒトラーへの強い憎悪が胃酸を逆流させる。

『その通りだ。

私は君の言う通り、軍人だった。

ヒトラーユーゲントで青春時代を過ごし、

親衛隊SSの督戦隊に配属され、第五回ナチ党大会では、勲章の付いた黒軍服を着ていた。

降下猟兵団を指揮した事もあったし、

普通科連隊に同行し、現地で敵に寝返った反乱分子の部隊を見つけ掃討した事もあった。

なのに…たった一回の身体検査で、私は非国民と呼ばれ、収容所の中に叩き込まれた。

私は、見世物にされ、実験とは名ばかりの性拷問を受けさせられた。』

エヴァは、そこまで表情一つ変えず言い放つとスラックスを履き、母に甘えるかのようにエリカの腕の中に戻った。

『ありがとう、エヴァ…。

すまない。

私の部隊にいるのは、な…みんな、被害者なんだ。』

エリカは、哀しそうに言った。


エリカ・ブラックスが私兵部隊を女性で固めていたこと、私達を部隊に勧誘したことそれらには、ちゃんとした意味があったのだ。


あの大戦の中、身体も心も支配され、血と涙と汗と胃酸と唾液と脳汁と愛液と精液と尿と膿の汚穢の中に生きなければならなかった女の子達…。

それは、私達だけに限ったことじゃなかった。

エヴァもまた、私達のようなもしくは、以上の被害者なのだ。


世界最大かつ、唯一無二の戦争被害者の会。

それなのに戦争でしか、生きかたを知らない兵士達の集まり。

一見、矛盾した立場のこの奇妙な組織でしか出来ないことがあるとすればそれは、一つ。

『戦争の支配。

一方では、各国の経済利益の調和が取れている平和な世界、

もう一方では、職業軍人達が普遍的に闘い続け、企業が特需の恩恵を得る世界。

大戦に発展しないよう制御された世界そのための経済行為としての戦争の支配…その実現。

世界には、君達のように居場所のない者達がごまんといる…私は、居場所を作りたい。

国を超えた戦争関係者グリーンカラー

達による理想卿。

それを実現するには、君とヴェルも私達の列に加わってもらわなくては、困るのだよ。』

エリカは、急に大声を上げてそう宣言した。


『まるで独立国家だな…。』


その時だった。

ゔぃーゔぃーというアラート音が、部屋に響渡った。

屋上の狙撃陣地にいたヴェルの声が無線を通して伝達される。

『敵襲敵襲。

三合会の残党だよ。

数にして、10人。


アリーナ、

いそいでグラウンドの照明を点けて機関銃用意。』










































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15少女終末漂浪記 りりりりりり @springfield

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