Chapter2前編 デザイナーズチャイルド

君達に最初の任務を与える。

我が社の入社試験というべきかな…。

生き残れたら、我が部隊に歓迎しよう。

死んだら、そこでお別れさ…。

何もそんなに険しい顔をしなくていいさ。

簡単な作戦だよ。

あの地獄のような大祖国戦争やモスクワ内戦を生き延びたんだ。

君達ならできる筈だよ。


長いブロンドの髪をサラサラと踊らせながら、楽しそうにその少女は、言った。

その少女の名前は、エリカ・ブラックス。

20歳そこらの年にして、ホワイトウォーター・インダストリアル 国際 戦争請負企業PMCを起業。

ホワイトウォーター・インダストリアル社は、コーカサス地域、日本海、中国にそれぞれマザーベースを持ち、現在契約傭兵社員は正規非正規合わせ50万人に及ぶ、業界大手のPMCだ。


『堅苦しい話はここまでにして、腹ごしらえとしようか、腹が減っては、戦はできん。

ふふっ、この小籠包美味しそう。』

『エリカ。

まだ、毒味が終わってません。』

待ちきれないと言わんばかりのエリカを横にいた護衛兵と思わしき、黒髪背広姿の女性が制止した。

『そうだったそうだった。

エヴァ…よろしく。』

エリカ・ブラックスは、とても変わった人物だ。

普通、傭兵企業のCEOとなれば、屈強な男兵士を何十人とつけているものだが、このエリカ・ブラックスという人間は、たった一人横に女兵士をつけているだけである。

確かにここVIPルームは、窓一つない完全な密室だ。

だからそう簡単には、部外者など入れないだろう。

だが、VIPルームだってそう万能ではない。自走砲の爆撃や装甲車の突撃はもちろん、歩兵火器であっても擲弾や焼夷弾などを真正面から食らえばこの古臭い中華風建造物は、跡形もなく崩れ落ちるだろう。

それらを防ぐには、最低でも歩兵、偵察兵、狙撃兵、擲弾砲などを装備した重武装兵、さらに戦車部隊を別個で用意などするヒトラー親衛隊SS一部隊並みの人員が必要だ。

なのに彼女は、たった一人しか護衛をつけていないのだ。

『私が、不思議でたまらない…そんな顔だな。』

エリカは、毒味を終えた小籠包を口に頬張りながら言った。

『先日、初めて戦闘地域でお会いした際は、13人の私兵部隊を引き連れていらしたのに…、今日は、一人しか護衛をつけていないのは、何故なのかと疑問に思いまして…。』

『何故、エヴァ…私の横にいる彼女が、護衛だと。

彼女は、秘書に見えてもおかしくない格好をしているが…。』

『一つは、立ち方です。

気をつけをしている時の手の位置が、ドイツ軍特有の腕を曲げた気をつけの姿勢のそれに似ているから。

もう一つは、肩から首にかけてのラインに若干の不自然な膨らみがあり、そこからショルダーホルスターをしていると想像したからです。』

私の言葉を一通り聞き終えるとエリカは、

『いい観察眼だ。

何故、私が護衛をつけなかったのか…その理由は、簡単さ。

重い鎧など現代の戦争では、必要ないからだ。核爆弾や滑空砲、毎年更新される新型爆薬などなど今や、どんなものでも壊せてしまう破壊兵器は、わんさか存在する。

街で護衛兵なんてたくさんつけたところで、何も意味がない、護衛なんてたくさんつけてたら…逆に狙われるだけだ。

あっ、もちろん、だからと言って戦闘地域に行く時に護衛兵が入らないとは、言ってないよ。』

と嬉しそうに話し、

エリカは、私達二人の方を向いてニヤリと笑みを浮かべた。

急に視線を送られたヴェルは、ビクッと体を震わせた。

彼女の視線には、人の心の奥を透視しているような独特の不気味さがあった。

その時だった。

ピーピー、

無線の受信音が突如、部屋に鳴り響いた。

すぐさまエヴァは、懐から小型のシーバーを取り出し交信ボタンを押す。

『こちら、タイフーン・アルファ。

無線は、感度良好。 オーヴァー。』

交信に答えるとエヴァは、エリカにシーバを渡した。

『本当は、食事の後に話す予定だったんだが…状況が変わったようだ。』

エリカは、私達に内容が伝わるようにシーバの音量を上げ、テーブルに置いた。

『こちら、アクティブ・ブラボー。

エネミーを殲滅した。

繰り返す、エネミーを殲滅した。オーヴァー。』

シーバから、雑音混じりに声が聞こえた。

詳しくはわからなかったが、声質からして相手が、女である気がした。

彼女の私兵部隊なのだろうか。

了解コピーした。

ご苦労様。直ちにベースに帰還しろ。

後は、こっちでやる。交信終了オーヴァーアンドアウト。』

今度は、エリカが、無線に答え、交信を切った。

『私の部隊は今、この中華街に派閥を広げている新興の香港三合会トライアド系列のマフィアの掃討業務を行っている。

中国共産党の連中が、暴走し始めてからというものヤクザは、首都を追われた。

かつて必要悪と呼ばれ戦後治安を支えたヤクザだったが…

今や、より効率的でかつ合法的な民間軍事会社PMCが、治安を守る時代だ。

彼等は、もはやただ邪魔なだけの遺物でしかない、消すのは当然の流れさ。』

ここでエリカは、喉が渇いたのか、烏龍茶を飲んだ。

『ここで一つ質問だ。

私の部隊は、今奴らのアジトに殴り込んで皆殺しにしたわけだが…どうなると思うかい。』

カップ一杯分飲み終えたエリカは、大好物の角煮まんをもぐもぐ食べているヴェルに質問を投げた。

『残党が…報復してくる。』

『そうだ正解だ。

アジトでふんぞり返ってる奴だけが、ヤクザではないからな。

三合会の連中は、血の気が多いからすぐ仕掛けてくるだろう。

そこで、君達の初任務ということだ。

三合会トライアド残党の殲滅と私の護衛…敵の規模は、15から20。

想定武器、装備はどちらも不明…。』

その時だ。

『伏せて。』ヴェルが、唐突に叫び声を上げた。

そのままヴェルがエリカに飛びつき彼女を抱き締め、床にエリカを押し倒した。

私とエヴァも何がなんだかわからなかったが、言われた通り体を床に伏せた。

直後、

耳を裂くような爆発音と共に埃の波が私達を襲い、包み込んだ。

ヴェルの座っていた席のその後ろ側の壁が、

崩れ落ちたのだ。

『何が起きたんだ。

ヴェル…。』

私は、灰色の埃が充満した右も左も分からない世界で、相棒に叫んだ。

が…すぐに埃が肺に入り込みひどく噎せてしまい継続的に声を出すことができなかった。


『アリーナ、今すぐ埃を払って。』

ヴェルは、そう言うなり、長い棒状のものを突き出した。

埃でよく見えなかったが、それがモシンナガンだということは、理解できた。

『わかった。』

私は、ルパシカを脱いで必死にそれを振り回し風を起こした。

どうやら天井も所々落ちたらしく埃は、空へと素直に昇っていった。

ヴェルは、モシンナガンを左右に振って索敵を開始した。

『いた。

10時の方向、角度上向き30度。

対戦車擲弾砲RPG-2エネミーは二人組、距離約300メートル。

委託射撃よろしく…。』

『了解。』

私は、モシンナガンのハンドガードを右肩に背負い腕で抑えた。

『もうちょっと、上…。』

私は、彼女の銃座になって射角を微調整する。

『そのままストップ。』

必要な角度に達したようだ。


ドンッ

そして鈍い発砲音が、耳を襲った。


『命中。

あと、もう一人…。』

ボルトを引き出して撃ち殻を排出し、すぐさまボルトを前方に押し込み第二弾を薬室チャンバーに送る。


ドン

ワンクッション時間が、空いてからヴェルは、

『命中。

敵殲滅エネミーダウン。』

と報告した。

私は、モシンナガンライフルを肩から下ろした。

『何が起きたの。ヴェル…。』

私は、改めてヴェルに聞いた。

部屋は、完全な密室だった。

なのにどうやってヴェルはロケット弾を察知したのだろう。

『三合会が、ロケット弾を撃ってきた…。』

『何故、それがわかったの。

あの一瞬、ヴェルの中で何が起きたの。』

『わからない…。』

ヴェルは、言葉を濁した。

『…薬を打ってたんだね。』

こくんとヴェルは、悲しそうに頷いた。

私達は、クルチャトフの連中の力に助けられたということか…。

苦虫を噛み潰したかのような、苦味が口の中に広がる。

余りの歯がゆさに涙が出そうになる。


『戦争は、終わった…、終わったのにね。


ヴェル…助けてくれてありがとう。』

私は、ヴェルの身体をぎゅっと抱き締めた。

華奢で小さな身体だった。


『エリカ…、エリカは。』

瓦礫の中から、エヴァが声を上げた。

私は、手を伸ばして、エヴァを瓦礫から引き出した。

『大丈夫。

気を失って倒れているけど、怪我はないよ。』

ヴェルが、エヴァに答え、床に倒れているエリカを指差した。

『エリカ…。』

エヴァは、先ほどまでのクールな雰囲気とは、一転して、母親に甘える子供のような声でエリカを抱き締めた。

一通りエリカの無事を確認するとエヴァは、エリカを椅子に座らせた。

乱れた背広を整え、私達に問うた。

『貴方達は、何者なのです。』

と。

















































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