8話 招かれざる者
昨日みた夢の影響だろうか、朝から襲う頭痛にシードは、苛立ちながら葉巻を吹かしていた。
「シード、二日酔い?」
木製のテーブルの上に置かれている2つのグラスと空の酒の瓶を片付けながらアシューが尋ねる。だが、シードは、眉間を手で押さえ、そっけない返事をした。
過去の仲間であり、今を生きる唯一の友エリスが、最後に残した言葉が、さらに追い打ちをかける。
――過去の罪滅ぼしならやめなさい。
シードが、勇者として旅立つ前は、魔族と戦いながらも人間は、今よりも裕福な暮らしを送ることができていた。
ならば、人間としての世界を壊してしまったのは魔王などではなく、人間自身なのかもしれない。
しかし――
「俺は、この目で、この手で……奴を殺したんだ」
聖剣を握り、奴の胸に突き付けた右手を天井に掲げ、強く握りしめる。
シードは、今でも鮮明に、デペルデウスが死ぬ光景を思い出すことができる。
「なにしてるの? おっかな」
過去との葛藤に追い込まれているシードとは違い、何も知らないアシューは、せっせとある準備に勤しんでいた。
いつもは、シードの葉巻くさい服装でことをすましていたが、今は、盗賊を連想させるあの服を着ている。
あらかた、準備を終えたアシューは、勢いよくバックを背負い、声を上げた。
「じゃ、僕、魔王都に行ってくるね!」
「あぁ……はぁ!? 行かせるわけねーだろ!」
「なんでよ!」
走りだそうとしていたアシューの前で手を広げ、行く手を阻むシード。
だが、そう、いつまでも家の中で家事ばかりしているアシューではない。
「いいじゃんか! 僕だって、女の子だ! 魔王都でショッピングを楽しみたい!」
「どの口が言う! お前が、ここに居る理由は、あの事件があったからだろ!」
「僕が、こうしなくちゃいけないのは、どっかの誰かが、お菓子を買ってこなかったからです……あと、服も!」
服については、完璧、後付けだが、お菓子については本当だ。
食べ物に対する子供の恨み――それが、お菓子ならば、2割増しだ。
一向に引こうとしないアシューと行く手を阻み続けるシード。
しかし、先に心が折れたのは……
「わぁったよ! でも、俺もついていく。 それに、長居はしねぇ。 いいな?」
「そうこなくっちゃ!」
ため息をつき、準備に取り掛かるシードとその準備を体を揺らしながらアシューは、待ちきれない態度で待っていた。
事件以降、初めての魔王都――
シードは、窓から見える曇天の空に、舌打ちをして、最悪な出来事が起こらないことを祈るばかりだった。
***
「ひっさびさの魔王都だな~」
少女視線では、天高くそびえ立つ魔王都の門。
引っ切り無しに荷物を運ぶ魔族が通る光景は、魔王都の繁栄を物語っていた。
「静かにしろ。 バレたらシャレにならねぇ」
上を見上げすぎてフードが取れてしまっているアシューを無理やり手で押さえつけて、魔王都に足を踏み入れた。
「シード! これ見てよ! かわいいでしょ!」
フードが取れるか取れないかの狭間で飛び跳ねるアシューの手には、深海のような青色のワンピースが握られている。
「あぁ……いいんじゃないか?」
女の子の買い物なんて興味がないシードは、隣に並ぶ雑貨を眺め、適当に返事をする。
「ほんと!? じゃ、僕、これ買おうかな……あ、でも、こっちも」
右手には服、左手にはアクセサリー、それらを目を輝かせて物色するアシューの姿は、乙女さながらだ。
シードは、その様子を見て、ため息をついてはいるが、内心、娘を見ているような気持ちになり嫌ではなかった。
「かわいい、娘さんですね?」
頭のウサギの耳をぴょこぴょことさせる獣族のかわいらしい店員さんが声をかける。
「そんなことないですよ。 ただの馬鹿です」
「ふふふ。 ごゆっくり」
小さな笑みを浮かべた店員さんは、ウサ耳を小さく震わせてお店の奥へと戻っていった。
「アシュー、欲しいもの持ってこい。 買ってやる」
「いいの!? じゃ、これとこれとこれ!」
シードは、店員からの”娘”という言葉を否定しなかった。もう、シードの中でアシューは助けてやった少女なんかじゃなく、大切な娘になっていた――罪滅ぼしなんかではない。
アシューの買い物は決して安くはなかったが、少女の笑顔を見たら値段なんてどうでもよかった。
***
「満足したか?」
「うん!」
ワンピースと手飾りを買ってもらったアシューはご機嫌だ。
買い物したものをしっかりと抱え、スキップをしながら足を進める。
「じゃ、そろそろ帰るとするか」
「えー。 もう少しいい――」
「駄目だ! 帰るぞ」
アシューが、言葉を言い切る前、シードは強い口調でそれを遮った。
浮かれていたアシューだが、冷静にシードの顔を見ると、眉を顰め、警戒するかのよう一点を見つめていた。
シードの視線の先、人ごみに紛れて立つ――1人の黒いローブの何者か。
「シード……」
「大丈夫だ。 安心しろ」
シードは、怯えるアシューの手をしっかりと握り、平然と道を進む。
ここは、魔王都――平然と歩いている魔族たちは、人間の死に全くの抵抗を持たない者たちなのだ。
もし、周りとは異なる動きなどすれば……繋がれた手は、無理やりに離されるだろう。
(くそ! 最悪だ!)
依然として、ついてくる黒いローブの者。
シード1人ならば、路地にでも誘い込んで戦って逃げればいいだろう。しかし、今日は、アシューがいる――ダークエルフのハーフだと奴らに知られてしまったら。
無意識のうちに、アシューの手を握る強さは強くなる。
(あと少し、魔王都から出てしまえば――)
魔王都から出てしまえば、絶対に逃げ切ることができる、それだけの自信があった。
だが、残酷にも世界は人類に傾かない。
肩に感じる違和感。黒いローブの何者かが手を置いたということはすぐにわかった。
アシューだけでも守らなくては――シードの頭に無意識によぎった言葉を行動に移す前に、アシューは。
「アシュー、覚えてる? 母さんよ」
母と名乗る者に抱きしめられ、涙を流していた。
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