7話 灰色の過去

 純白の壁に大理石の床。そこには真っ赤な絨毯が道のように真っすぐ引かれており、辿ってくと玉座に鎮座する王とその前に並ぶ4人の少年少女へと続いていた。

「何としてでも、俺たちが魔王を倒し、世界を救って見せます」

 決意の色を持った双眸で王へと表明をした黒髪の少年の名は<シード>。

 細身の体に鋼の装備を纏い、腰には王国に伝わる聖剣が携えてある。

「女神より選ばれし勇敢なる者としてなんとしてでも魔王を倒せ……失敗は許されないぞ」

「はい」

 王から激励の言葉はない。ただただ、都合のいい駒に対する見栄えのいい社交辞令のようなものだけだ。

 17歳という幼い子供たちが、死と隣り合わせになる旅に出ることに対しての批判は全くなかった。それは、両親でさえもだ。

 女神からの恩恵、不死の加護、竜のあぜ――死ぬことがないのなら罪悪感など感じる必要はない。大人に従順な子供なら、大人は安全なところから命令を出していればいい。

 民の中でも、無意識のうちに勇者たちは魔王を倒すだけの駒、失敗はないという共通認識ができてしまっていたのだ。

 無情、この認識が、傲慢へと繋がり最悪な未来への引き金となっている。

「さぁ、竜のあざをみなに見せなさい」

 王の命令に従い、シードを初めとした4人の少年少女は、体に刻まれている竜のあざを見せ、歓声を合図に旅立っていった。


   ***


「僕が女神さまに選ばれただなんて光栄だな」

 手を合わせ、天へ目を閉じ幸福をつぶやく少年は、教会で女神を崇拝し、その身を捧げることを誓った僧侶<リリク>

 17歳にしては、幼い顔立ちに頼りない体だが、治癒魔法の使いとしては右に出る者はいない。

 リリクには、右手の甲に竜のあざが刻まれている。

「光栄も何も、元からウチらが選ばれるのは決まっていたこと。 そもそも、ウチの大剣みたら、魔王もビビるに決まってる」

 リリクの言葉に、乱暴な言葉づかいで返したのは傭兵として王都を魔族から守ってきた戦士少女<アテナ>

 ビキニアーマーという防御力が心配な装備だが、傭兵として培った戦闘の知識と引き締まった体が、防御力の低さなど感じさせていなかった。

 アテナの竜のあざは、左胸あたりに刻まれている。

「アテナ、その露出度が高い装備恥ずかしくなの?」

 元気いっぱいに声を上げるアテナとは正反対の冷静な声は、白を基調としたローブに大きめの帽子を被ったエリスだ。

 彼女の竜のあざは、右の鎖骨あたりに刻まれている。

「ウチは、あんたと違って胸があるからね! 恥ずかしいなんて感じないよ」

「なっ! 私だって、寄せればあるんだからね!」

 この2人が言い合いをするのが見慣れたものだ。だけど、なんだかんだ言ってこの4人の中で、一番仲がいいのは、この2人だ。

「旅立ちの日から喧嘩かよ。 まぁ、俺ららしいか」

 喧嘩をする2人とそれをなだめるリリクの先頭を歩きあくびをする少年はシード。

 女神から最初に選ばれ、4人の中で、唯一、聖剣を振るうことができる力を持つ勇者だ。

 彼の右肩には、竜のあざがしっかりと刻まれている。


 太陽が頭上から照り付ける晴天の今日。旅立ちの日にはぴったりの天気だが、この空を眺めることができる日は二度と来ないだろう――二度とだ。


   ***


 旅に出てから1年が経ったころ、シード達はついにあの場所へとたどり着いた。

「着いた……ここが、魔王城」

 シードと対峙する暗黒色の扉。その前には、魔王との決戦の余興でシードに切り捨てられた魔物の亡骸がある。

「シード休みましょ。 あなた、もう、ボロボロじゃない」

 エリスの目は、心配を通り越して憐れんでいた。

 頬は痩せこけ、目を血走らせるシードからは1年前の余裕と決意は感じ取れない。

 それに、髪も薬草の乱用で黒と白が混濁し始めている。

「駄目だ……こうしている間にも人は死に続けているんだ!」

 唾をまき散らしながら叫ばれる言葉に、エリスは言い返す言葉もない。

 旅を続けていて確かな違和感をシード達は感じていた。それは、先に進むにつれて戦闘があまりにも起きなすぎるのだ。

 スライムなどの野生で繁殖をし意思疎通ができな魔物との戦闘はあったとしても、ゴブリン、オーク、リザードマン……魔王の手下として動く魔物との戦闘が極めて少なかった。

 だが、その違和感は、魔王城の近くに来たとき綺麗に拭われた。

 魔王城に一番近い村であり、シード達にとって最後の休憩地点。

 そこへ到着する前、魔物たちの襲撃にあったのだ――数は、およそ100。

 しかし、所詮は、魔物。女神からの恩恵を受ける者達との力は歴然――ではなかった。着実に数は減らせども、それに比例して体には傷が増え、疲れがたまる。

 結果、体力と精神を擦切らせて戦いに勝ったものの、勇者たちは信頼を失った。

 疲れを癒すために訪れた最後の村は、死体と焼け焦げた家屋だけがある場所へと変わり、そこの生き残った村人からあることを言われた。

「どうして……どうして、救ってくれなかった! 救うのは王都だけなのか!」

 絶望だ――

 魔物たちは、着実に知識を蓄えていった。

 勇者を足止めして、最後の村を焼き払う。

 そうすれば、勇者は傷を負い、それを癒すこともせずに魔王城へと乗り込まなくていけない。

 その後も、魔王城に向かう途中、今までなかった戦闘が嘘かのように降り注いできた――それだけなら、使命感でどうにかなったかもしれない。

 シードをここまでにしたのは、リリクとアテナの死。

 あの2人は、女神の加護を受けたのではなかった――受けていることにされたのだ。

 アテナが所属していた傭兵団から、女神に選ばれた者が現れたらどうなる。

 無論、その傭兵団の信用性は上がり、仕事が舞い込む。

 リリクがいた修道院はどうだ。

 女神に身をささげている者には、幸福が訪れると民に言いふらすことができる。

 アテナとリリクは、小汚い大人たちに売られたのだ――名誉と金のために命を売られたのだ。

「俺が、奴を殺す!」

 シードが叫んだ言葉は、敵意、殺意、使命、命令――どれも当てはまらない。

 ただただ、シードは逃げたかった。この世界から這いつくばってでも逃げ出して、褒めてもらいたかったのだ。

 ならば、魔王を殺すしかない。

 擦り切れた精神と聖剣を握った少年は、魔王城の扉へ手をかけた。

 

   ***


「ついに来たか、勇敢なる者よ」

 鈍く光る壁に囲まれた部屋の中、どす黒い玉座に鎮座する男こそが、この世界の破壊と人類の絶滅を望む魔族の王<デペルデウス>

 余裕のある笑みを浮かべるその姿は、20代前後の青年だ。

 ただ、おびただしいほどの憎悪と魔を纏う姿が、青年であることを否定する。

「俺は、お前を殺す。 絶対にな!」

 魔王からの歓迎などシードは、聞きたくもなかった。

 直後、地面を踏み込み、聖剣を微笑みを浮かべる魔王へと突き立て、それが、決戦の合図となったのだ――


 シードとエリスは、確かにこの目で見たのだ。

 聖剣が魔王の胸を貫き、デペルデウスが死ぬ姿を――

 しかし、待っていた世界はどうだ。

 魔王は死なず、いまだに、世界を支配して、灰色の勇者は裏切り者の象徴とされている。

 真実は、どちらなのか。

 魔王は死んでいないのか。

 それとも――結論を見出す前、シードの過去の記憶は、水の中に溶けるインクのようにぼやけていった。 

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