交差事故
「ここは、何処だ」
そう口走ったのは私だったのか別の誰かだったのかわからないくらい同時だった。
「わからない……」
私は裏路地を逃げていたはずだった。
ようやく追っ手をまいて一息つけると思った時にそいつとぶつかった。甘い小麦のにおいをさせたそいつに。
散らばったパンを惜しいと思いつつそいつが声をあげないよう口をおさえた。
突き飛ばして囮にするには気がひけたのだが、結果巻き込んでしまったのだろう。
手首に巻いた座標計は計測を終えて土地も時間もズレていると答えを出していた。そして計測情報の不足を訴えていた。
わからないことは多い。わかったことはとりあえず私を攫った相手からは逃れたがどうにもこうにも情報がないということだろう。
「どうしよう。ぼく……」
巻き込んでしまったのであろうそいつの声が聞こえた。
巻き込んでしまったのは私だ。あんな場所にあのタイミングでいたのが悪いなんて突きつけるのはあまりに理不尽だろうから。
「大丈夫か?」
自分の吐く息が白い。
さっきまでいた路地のある町は薄手の上着で過ごせる気温だった。走って出た汗が冷えて体を冷やしていくのがわかる。
暗いが周囲の柔らかさは冷たく、生命の危機を感じてしまう。
「……寒い……」
「ああ。どこか火を使える場所を確保しないと」
どこかで獣の遠吠えが聞こえた。
武器は持っていない。
安全な場所に移動しなくてはならない。
巻き込んだ相手を……放置するのは最終手段だろう。
通りすがりの観光客が空きはあったはずと言って宿へ連れて行ってくれた。
酔っ払いの気の迷いで遭難者を救助しただけだとゲラゲラ笑われた。人格者でもあるまいし酔っていなければ不審者には関わらないが特別な旅先だからと一瞬だけ酔いの醒めた色を瞳にのせていた。
「私はイトべだ」
巻き込んで悪かったとそいつに謝罪する為に名乗った。
なぜか泣かせた。
そいつは何故かぼろぼろと涙をこぼしはじめたのだ。
「どうしよう。ごめんなさい。ぼく、ぼくの名前がわかりません。あの、名乗られたってことはあなたは、ぼくのことを知らないんですよね?」
転移事故でごく稀に記憶を落とす事例は知っていたが実際に目の当たりにするのはただただ裏切りにあった気がした。私以外事態を知る者はいないのだ。
無関係者を装うことは不可能ではない。少なくとも私の責任を隠す、いや、伏せることは可能なのだ。
「ああ、残念ながら私は君がパンを抱えていたこと以外知らない。そして、たぶん、私のせいで生活していたであろう町からずいぶん遠い場所にきてしまったのだと思う」
ぱちくりと瞬きしたそいつは、小さく笑った。
「よかった」
よかった?
「なにがだ?」
「いえ、あの、あな……イトべさんのような良い方と一緒で」
なにか眉間に力が入る。
「だって、いくらでもなんとでも言えるのにイトべさんは自分のせいだとおっしゃっているじゃないですか。何も知らないと放っとくことだってできたのに。自分のせいと言ってしまえば責任とってくださいって言われるのに」
困ったように笑うそいつに私は息を吐く。
「最終的に見捨てることはあると思うぞ。あと、意外と冷静だな」
「混乱してますよ。でも、わからないんですからしかたないじゃないですか」
その記憶すら私のせいかもしれないということを伏せているのにその無垢とも思える存在は眩しい。
「あ」
「ん?」
「パンを持っていない!」
「ああ、路地に落としてそのままだと思うよ」
それが私イトべとパーン・ブレナー(仮名)の出会いになった。
追加されたお題
ひょんなことから知り合った、記憶喪失のパン屋と、誘拐されたタイムトラベラーが、事故で見知らぬ地に飛ばされて、二人で協力してなんとか元の場所に帰ろうとする冒険物語
#こんな二人のファンタジー物語 #shindanmaker
shindanmaker.com/720702
お題は、
「裏切り」「遊色」「人格者」です。
#創作三題メーカー #shindanmaker
shindanmaker.com/1221155
お題短編集 金谷さとる @Tomcat
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