氷雪の村の魔女
水汲みの魔女
吐く息が白く指先が赤くかじかむ。
じゃくりと音を立てて道の上に積もる雪を木靴が踏む。
村人の多くは寄り添うように建てられている家であたたかい時間を過ごしている時間だ。
貼り付きそうに冷えきった水瓶を抱いてそこに向かう。
慣れた重さであってもこう冷え込む朝の水汲みは辛い。
降り積もった雪の下で氷が砕ける音がする。
村の中央にある拝殿に毎朝泉の水を注ぎいれる。免除されるのは雨の日と吹雪の日だけ。
そうすることで前日に供えられた供物を下賜される。
時に村の子たちが摘んで遊んだ後の供物だ。
それでも朝の水汲みで得ることのできる食事は貴重でやめるには他の生活手段がなかったから。
拝殿の水瓶に汲んできた泉の水を注ぎいれる。跳ねる水が服に染みて体温を奪っていく。
一礼して後退。供物台の前で膝をつきその日はじめての声を神霊に捧げる。
「ホンジツモサチカテタマワリカンシャイタシマス」
意味もわからないまま紡ぐ音の羅列。
運ぶための水瓶に昨日捧げられた供物を入れるために顔を上げた。
土塊のような麦粉の焼き物。村の子が齧ったのかチーズのキレハシ。干した根菜の尻尾。
深雪の時期においては恵まれた食になるだろう。
観光客がいたように思ったがゆえの期待は無意味だとわかっていたはずなのに。
過去に数度、観光客が菓子や肉を供えてくれていたことが忘れられない。
僅かばかりの昨日の供物を水瓶になおしこみ、周囲をざっと掃き清める。
拝殿はかろうじての屋根はあるが四方に壁はない。吹き込んだ雪が床を埋めるのだ。
そのままにしておけば供物残りを得ることができなくなる。
村人が起き出す前に雪を掃き出して棲家へと足を動かした。
村の子に見つかって水瓶を取り上げられても困るのだ。
じゃくじゃくと歩くうちに夜が朝に追い立てられはじめる。
昔よりずっと早く動けるようになったといっても朝に追い立てられるのは苦手だった。
村はずれの棲家に駆け込む。
火を使うことの許されていない棲家は外と変わらず白い息がこぼれる。
水瓶を床に置いてから雪がしみじっとりした上着をかじかむ指で剥いでいく。
寒い。
水瓶を抱え込めばどうしても濡れてしまう。
夏から秋に集めて干した麦藁に水滴や泥がはねぬよう木靴を脱いだ。
誰かの食べかけとわかるチーズのカケラを口に入れ、濡れた上着を壁に吊るす。
「ばぁさまみたいに魔女だったらよかったのに」
すこし掘り下げられた凹みに詰められた麦藁に身を沈める。
ここだけはすこしあたたかいのだ。
「ふぁ」
あくびがこぼれれば、瞼も重くなる。
変な観光客が来さえしなければしっかり眠れるだろう。
お題
雪と氷で閉ざされた人口約五百人の村。
聖地として名高く巡礼者がそれなりに訪れる。霊能スポットとしても密かに有名であり一部のマニアが足繁く通うらしい。
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