第10話 オレが勇者だ


 「はっーーーーー!」


 鋭い太刀筋で魔物を一閃する。

 魔物は悲鳴を上げることも出来ずに唯のむくろと化す。

 だが、魔物達は仲間がそうやって死ぬのを見ても、全くひるむこと無く次々と襲い掛かって来る。


 こいつら知能が低いのだろうか...... まあ、魔物だしな。


 こいつらは山に住み付く魔物で、里の村々を時折襲っている。

 家畜を襲い、それだけでは飽き足らず人々を喰らう。

 そんな魔物達にもそろそろ終焉が見えてきたようだ。

 オレは最後となった魔物を切り捨てると辺りを見渡した。


「ふむ、全て片付いたな」


 誰に話すでもなく、独り言を口にする。

 さて、里の村に向かうか。




 村に辿り着くと、見張りの者がオレに気付いて話し掛けてきた。


「勇者様、如何でしたか」


「うむ、ワーウルフとビッググリズリを殲滅してきた」


「おおおお~~~~~!!!それは村長に早く報告せねば」


 そう言って、その者は村の中に掛けて行った。


 う~む、見張りはどうするのだろうか......


 そう、何を隠そう、オレは勇者だ。

 ひょんな事から正義神の使徒から、そう告げられた。

 それからというもの、自分では意識していないのだが、周りからは勇者として担ぎ上げられている。

 オレとしては全く嬉しくないのだが、如何せん己の精神が不正を許せないと騒ぐので、致し方なく続けている。

 現状では魔王が暴れるといった事もないので、討伐依頼などは来ていないが、時折魔物の討伐依頼が入ってくるのだ。


「ゆ、勇者様~~~~、魔物を一掃したとは本当ですか」


 杖を突いた男の年寄りが、そう叫びながらオレに近付いてくる。

 この男はこの村の村長で、依頼を受けてここへ来た時に自己紹介が済んでいる。

 年寄りの割には、恐ろしく元気そうな爺様だ。


「ああ、恐らくはもう大丈夫だろう」


「おおお、有難うございます」


 村長はひざまずいて礼を述べて来るが、オレにとっては大した作業ではない。


「あ、そう言えば、王都からの使者が参ってます」


 忘れていたとばかりに、村長がそんな事を口にした。

 王都からの使者か、なんの用事だろう。

 きっとろくでも無い事に違いない。

 と言うのも、この国は腐っている。

 腐っていると言っても、国民が悪い訳ではない。

 全ては王族と貴族の所為で腐敗が進んでいるのだ。

 そんな王族からの依頼を受けなければならないなんて......


「しかし、勇者様も、勿体ない」


「何がだ?」


「こんなにお美しいのに戦いばかりとは......」


「そんな事を言っても何も始まらないからな」


 村長の話を軽く聞き流す。


 ん?もしかして、オレが男だと思っているのか?

 なんて失礼な。オレはれっきとした女だぞ。

 それも年頃の可憐な女だ。

 でも、自分で可憐だなんて言うのははばかられるな......


 その後、使者に会い、望まぬ思いでトランド王国の首都へと向かったのだった。







 相変わらず腐った臭いがする王宮だ。

 その臭いの要因は、擦れ違う侍女や衛兵を除いた者達、そう貴族達のことだ。

 きらびやかな服を着て、男の癖に指や首にキラキラと輝く大量の宝石を着け、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。

 恐らく、オレの豊かな二つの胸が気になるのだろう。

 チラチラとした視線が胸に突き刺さる。

 なんとも汚らわしい奴等だ。

 罪に問われなければ、全員をぶった切りたいところだ。

 そんな事を考えながら歩みを進めると、謁見の間に辿り着いた。


「勇者様のご来場~~~~!」


 謁見の間の入口に立っていた衛兵が、オレの事を確認すると、そう声を張り上げた。

 オレは手慣れた手順で謁見の間に入って行くが、周囲がオレを見る目は、まるで見世物でも見るかのような雰囲気だ。


「ちっ、糞ども、いつか成敗してやる」


 小声でそんな事を呟きながら王様の前まで行くと、仕方なくひざまずく。

 本当に嫌なのだが、こうしないと大変な事になるからな。

 そうして、顔を俯かせていると豚の、おっと失礼、王様の声がした。


「良くぞ参った。我が勇者よ」


 誰が、何時、お前の勇者になったんだよ! 死ねよコラ! ぶっ飛ばすぞ!

 声には出せないが、内心で悪態を吐く。

 更にいつか細切れにしてやると、己に言い聞かせる。


「今回、其方を呼び出したのは他でもない。この処、北地区で死神が暴れておるのじゃ」


 ほ~~~! 死神か!


「つい二か月前にはミルカの街が襲われて、全滅したのじゃ。流石に放置もできん。そこで、軍を差し向ける積りではおるのじゃが、相手は強大な力を持っておってのう。軍だけでは太刀打ち出来そうにないのじゃが、勇者も手助けしてくれぬか」


 ふむ、要は先陣に立てと言う事か...... 死ね! ボケっ! お前が先陣に立って死神に始末されてこい。

 弱者から甘い汁ばかり吸って生きている癖に、偶には自分の力で解決しろ!

 と、悪態はここまでにして、断ると大変な事になりそうだな。

 さて、如何したものか。


「どうじゃろうか」


 くっ、しつこく催促してきやがった。

 まあ、死神と戦うのも面白いだろう。

 オレの力が何処まで通用するのかも確かめてみたい。

 なら、答えはコレだ。


「はっ、死神の討伐、お受けしましょう」


「おおお、流石は我が勇者じゃ」


 だから、お前の勇者じゃね~よ。


「ですが、軍の編成を待っては事が遅れましょう。その間にどんな被害が出るかも知れません。ですので、まずは私が一人で参りましょう」


「おお、そうしてくれるか?しかし、大丈夫なのか?相手は彼の死神じゃぞ?」


 お前が心配しているのは、オレの事ではなく勇者の名誉だろ!


「ご心配には及びません。何としてでも倒してみせましょう」


「おおお、流石は我が勇者じゃ」


 だから、お前の勇者じゃねって言ってるだろ! この豚が!


「して、褒美は何を望む?」


 褒美なんているか! 望むならお前達の死だ! それ有るのみだ!


「褒美はいりません。ただ、出来れば小型の物で構いませんので飛空艇をお借り出来ないでしょうか」


「飛空艇か......」


 渋りやがった。確かに高価なものだからな。


「何故に飛空艇が必要じゃ?」


「ここから北地区まで、馬車で二カ月半も掛かります。それでは近隣にどのような悪影響があることか、考えるだけでも恐ろしい事です」


 自分の事には湯水のように金を使う癖に、こういう処でケチるからゴミなんだよ。

 普通に考えれば、時間こそ命だろ。


「あい分かった。用意させよう」


 渋々ながらも何とか承諾させた。

 後は目的地に向かうだけだ。


 こうしてオレは豚小屋臭い王宮を後にするのだった。







 王宮を後にして、はや三週間。

 今、オレが立っている場所はミルカの街だ。

 流石は飛空艇、馬車で二カ月近くも掛かる処を三週間で辿り着いた。


 オレがミルカの街に入ると、誰もいないゴーストタウンだった。と言うのは誤りのようだ。


「ひひひ、女だぜ。久しぶりの女だ」


「うひょ~~~それも飛びっきりの上玉じゃね~か」


「兄貴~~さっさとっちまいましょうよ」


「慌てるな、傷物にすると楽しみが減るからな、てめ~らも気を付けて捕まえろよ」


 どうも、この街は野党の住み家に成り下がったようだ。

 それにしても、こいつらは下種だな。

 と言うか、女として認めて貰えるのは嬉しいが、オレもお前達のようなゴミを喜ばすために育った訳じゃない。


 オレが無言でいると、奴等は怖気づいたと感じたのだろう。

 今にも涎を垂らさんばかりに、てか、気の早い奴が腰の紐を解きやがった。


 てめ~らの汚いピーなんて、こんなとこで出すんじゃね~~!


「ちっ、切り落としてやる」


 こうして野党との戦闘が始まったのだが、口程にも無い奴等だ。

 初めは威勢よく、きゃほー!とか言いながら襲い掛かって来たのだが、頭と身体を分断してやった。

 次の男は胸に深々と穴を空けてやり、横から襲い掛かってきた男には喉を一突きしてやった。

 残るは腰の紐を解いた男だが、オレの戦闘力に驚いた所為でズボンが足元までずり落ちている。


 くそっ、汚いピーを晒しやがって!


 結局は、そのピーを見た所為で気が動転したオレは、何も考えずに剣を突き出してしまった。

 そして、その剣は見事に男の股間に炸裂してしまった。


 うぐっ、オレの剣が穢れた...... 洗わなきゃ...... ちくしょうーーーーーー!


 怒りと悲しみの心で満たされたオレは、そいつを兜割にして戦いを終わりにした。


「うっ、なんで涙が出て来るんだ......オレの剣が......うっ、早く洗おう......」


 そんな自暴自棄に近い状態で街の中を進むと大きな池があった。

 どう見ても街の中に大きな池とか不自然だ。

 悲しみに暮れながら色々と考えてみたが、恐らく此処には建物があったのだろう。

 それもかなりの大きさだと推測できる。

 多分、城だろうと当りを付けてみたが、それを知った処で何も得るものが無いと知ると、トボトボと来た道を戻るだけだった。



 何だかんだと色々あったが、街の井戸で剣を洗うと心まで洗われたような気分になり、先程よりも随分と気持ちを落ち着かす事ができた。

 気持ちが落ち着くと、先程目にした池の事が気になってきた。

 あそこに城があったとすれば、きっと死神が城ごと葬ったのだろう。

 その事を考えると、死神の力とは何と強大なものだろうか。


「オレじゃ勝てないような気がするな......」


 王様には建前上ああ言ったが、抑々が死神を倒す自信もなければ、倒したいと思っている訳でもない。

 ただ、自分の力を知りたかったと言うのが本音だな。

 それに、本当の悪ならば何とかする必要があるが、相手は死神。少なからず神の一員なのだ。

 そんな者の行いには、それなりの倫理があるはずだ。

 それが人のものとは違っていても、神の倫理に逆らうのは難しい事だろう。


 色々と考えてみたが、ウジウジ悩むのはオレの性に合わね~!

 行ってみて考えるさ。


 こうして、ミルカの街から飛空艇で更に北上し、無謀とは知りつつも死神城の門を叩くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る