第9話 ミルカの惨劇


 俺の前には、ずんぐりむっくりの嫌な笑みを顔に張り付けた男と、その後ろに四人の騎士らしき存在がいた。


 現在は死神城の謁見の間だ。

 初めて使うことになった謁見の間ではあるが、死神少女隊による清掃作業のお蔭でとても綺麗な状態を維持している。

 ただ気になるのは、俺が座る王者の席の隣にある席に、何故かエルマエルが当り前のように腰を下ろしている。


 なんでお前やねん。いつから俺の嫁になった?

 おっほん、気を取り直して、冷静に、冷静に、冷静になれるか~~~!


「あの~」


 俺の視界で平伏していたずんぐりむっくりの男が声を漏らした。


 おっ、おっと、忘れていた。


「確か、新しく赴任したマルクス公爵の使いの方でしたね。今日は何しに来たんですか?」


「本日は、主の命により死神様の意向を確認させて貰いに来ました」


「私の意向ですか?」


「はい。前任のドグルド辺境伯におきましては、死神様の逆鱗に触れて他界したと聞き及んでおります。ただ、我が国としても城を持っていかれるのは少々困るのです」


「ふむ、それはそうでしょうね」


「では、お返し頂けるのでしょうか」


「嫌です」


 俺の即答に、確かメルスルと言ったこの使者は驚愕きょうがくしている。


「では、如何すればお返し頂けるのでしょう」


「いえ、全くお返しする気はないので、諦めてください」


 死神の逆鱗に触れるのは嫌だけど、使命もあるのでおどろおどろするメルスル。

 遠目にも大粒の汗が出ているのが分かる。


「しかし、そうなると......」


「そうなると?」


 メルスルは切り札を切ろうか、切るまいかと悩んでいるようだ。


「いえ、それよりも、我が国で生贄いけにえを用意しますので、それでご勘弁を願えませんか」


 この男、態々逆鱗に触れる積りのようだ。

 想像はつくが、一応確認することにしよう。


「生贄とは?」


 メルスルは俺が好反応だと勘違いしたのか、ペラペラと話し始めた。


「我が国には罪を犯した民や不要な民が大勢います。ですから、その者達を裁いて頂ければと思うしだいです」


 ぶちっ! あ、俺の血管がキレた...... 責任とれよな~君達!


「いえ、あなたを召す事にしましょう」


「えええええええええっ!!!」


 あまりの驚愕に引っ繰り返るメルスル。

 そんな醜態しゅうたいなど気にもせず、俺は続けた。


「私はそんな哀れな民など欲してないのですよ。あなた達のような下種な思考の上流階級こそあの世に送りたいのです」


 俺の発言に、危機を感じた騎士達はメルスルの前に立ち塞がる。

 まあ、今直ぐこの人達をあの世に送る積りはないんだけど、かなり警戒させたようだな。

 しかし、そこで一人の騎士が剣を抜き、「偽物が!」と俺に斬り掛かろうとした。


 ターーーーーン!


 そこで、銃声が響いた。

 人生で初めて耳にしたので、銃声と気付くまでに少し時間を要したのだが、剣を抜いた男が倒れた処で、もしかしてそうなの? って感じで気付いた。


 俺の右手側をみると、メイド服を着たリリーがスカートを揺らした状態で、両手で拳銃を握っていた。勿論、銃口は倒れた騎士に向いたままだ。


 何処に隠し持ってたんだ? もしかして、スカートが揺れているのは太ももに装着していたから?


 いやいや、そんな事より彼女に人殺しなんてさせられない。

 だけど、ここで正気にもどる。

 あの武器を作ったのはどうせナーゴだろう。きっと死ぬことはない。


 すると、撃たれた騎士が体を起こして女座りになった。


「いや~ん、いたいじゃな~い」


 ぐあっ! 拳銃も女体化仕様かよ。


 ただ、その効果が中途半端だったようで、見た目は唯のおっさんだ。おえっ~~!

 ヤバイ、吐き気をもよおしてきた。

 ある意味、物凄い破壊力だ。これは拙いぞ!

 リリー、その武器は封印決定だ!! あとでしかと申しつけよう。


 残った三人の騎士とメルスルがガタガタと震えている。


「ああ、使者殿、直ぐに戻ってマルクス公爵に伝えなさい。生き続けたいなら直ぐにミルカの街から退去しなさいと」


「あわあわ、は、は、はい」


「その際に、住民に不利益を与えた場合、公爵のみならずその臣下全ての者を召し上げます。宜しいですか?」


「は、は、はい」


 あ、この人、返事しちゃったよ。


「では、合意だと受け取りますので、期限は一カ月です。リリー、皆さんがお帰りです」


「はい、かしこまりました」


 こうして、ミルカに新しく来た公爵の使者を追い返したのだった。







 リリーの入れてくれたお茶が、とても美味しい。

 本当に田舎の村育ちとは思えない程に、洗練された少女になってきた。

 恐らくはエルマエルが色々と教育しているのではないかと推察しているのだが、中々その尻尾を掴ませて貰えない。


「もう一杯、如何ですか?」


「うむ、貰おう」


 現在はサロンでくつろいでいるところだ。

 そして、あの使者達が慌てふためいて帰ってから四週目に入った所でもある。


 テーブルを挟んだ向かいの席には、エルマエルが優雅に座っている。黙っていれば、とても綺麗で目の保養になる女なのだが、いかんせん中身がイケイケだ。


「ところで、君はこの国について詳しいのかい」


「まあ、ボチボチと言う処かしら」


「悪いけど、少し聞かせて貰えないだろうか」


「いいわよ」


 エルマエルは、俺のお願いを快く受けてくれたのだけど、後が怖いんだよな~、身体を求めて来るし......おまけに子供が出来ない同士だから始末が悪い。


 綺麗なティーカップを優雅に持ち一口飲んだところで、エルマエルは話を始めた。



「という訳なのよ」


 エルマエルの教えてくれたこの国は、ハッキリ言って最悪だった。


 まずは、この大陸には十五の国があって、このトランド王国はその中心に位置する大国だった。

 この国はこの大陸随一の領土と多くの国民を持ち、その戦力を背景に隣接する各国に戦争を仕掛けてばかりいる。

 隣接する国は全部で八カ国あるが、その内の四カ国と現在も臨戦状態だという。それ以外の四カ国に関しては、それなりの力を持っているが、不戦を唱え沈黙している状態だけど、いつこの国が襲い掛かるか分かったものではない。

 そして、この死神城がある場所は、トランド王国の最北の地であり、不戦を唱える内の二カ国と隣接した戦争の少ない地域になる。

 また、このトランド王国では奴隷や剣闘士などを推奨しており、罪も無い者達の多くが奴隷に落とされたりしている。当然ながら、戦争捕虜も奴隷落ちとなる。


「奴隷をかき集めますか~」


「奴隷ですか?」


 エルマエルから聞いた事を頭の中で整理した俺が発言すると、リリーが反応した。


「うむ。犯罪奴隷はちょっと嫌だけど、罪の無い人達も沢山奴隷になってるよね」


「そうですね......それは良い案かもしれません」


「そうね。とても善良な話なのだけど、死神様の口にする事ではないわよね」


 俺の意見にリリーは賛同してくれたが、エルマエルは一言多いぞ!


「それはそうと、マルクス公爵の方はどうなりましたか?」


 おっ、忘れてた。ちょっと覗いてみよう。


 俺がミルカの街を覗き見ると、街はお通夜のような状態で、民衆は家に閉じこもっている。

 そして、そんな街中を二千人くらいの兵隊が突き進んでいる。

 その様子からすると、どうも逃げるのではなく、こちらを攻める為に出発しているような感じだな。


「どうやら、彼等はうちを攻める気らしい」


「えっ!?そんな無謀な......」


「あははは、人間って本当に愚かよね」


 リリーは驚いていたけど、エルマエルはその美しい面差を崩し、大爆笑している。


「で、どうするの?」


「ん~~~~、兵隊に犠牲者を出すのも可哀想だし、ナーゴの兵器だと女体化だろ?」


「そ、そうですね......」


 エルマエルの問いに言葉を返すと、リリーは頷きはするが言葉が続かない。


もとから絶つか~~~~」


「国王を御召しになる訳ね?」


「いやいや、現時点で国王を召しても兵隊は止まらないでしょう?」


「じゃ、公爵ね」


 エルマエルが正解を引き当てる。


「付いて行っても良いかしら?」


「好きにして下さい」


 こうして、ミルカの惨劇が起きるのだった。いや、起こすのだった。







 ミルカの門は、既に大きく開かれている状態だった。

 街の街道には兵隊が溢れ、今まさに門から出陣するぞといった感じだ。


 俺とエルマエルはそんな処に転移した。


「邪魔だ!退け!退け!」


 いざ、出陣といった様子の隊列の前に現れた俺とエルマエルに、馬に乗った偉そうな男が怒声を飛ばす。唾も飛んでる、きたね~~~。


 唾が着くと嫌なので、少し離れた処から声を掛けることにした。


「何処に行かれるんですか?」


「何者だ貴様!」


 俺の質問には答えず、こちらを誰何してくる。


「それより、何処へ?」


「偽死神退治だよ!あはは!それよりそこの綺麗なね~ちゃん、俺と遊ばねぇ」


「黙れ!」


 偉そうな男の横で、やはり馬に乗った、ちょっと軽そうな男が答えてくれたが、叱責されている。

 俺の斜め後方では、エルマエルが妖艶な笑みたたえている。


 ふむ、予想通りだな。そして、軽薄そうな男は南無さん。


「という事なら、ここを通す訳にはいきませんね」


「貴様~~~~!叩き斬ってやる」


 そう言って偉そうな男が馬上からハルバートを振り下ろしてくる。

 その攻撃は、大抵の者なら簡単に切り捨てられる程の勢いで襲い掛かってくるが、残念ながら空を切る事となった。


「な、な、なに~~~~~~!」


 柄だけとなったハルバートを見遣りながら、偉そうな男が驚愕に震える。

 そう、俺が大鎌で切り落としたのだ。


「な、な、何者だ!」


 驚愕をなんとか沈めたその男は、再び俺を誰何する。


 振り下ろした姿勢で、俯いた状態となっていた俺が顔を上げると、その男の驚愕は再び躍り出てきた。


「自己紹介が遅れてすみません。私があなた達の言う偽死神ですね」


 神威を解放している俺は、大鎌を一振りして兵士達を眺める。

 無論、髑髏面どくろめんは装着されている。


「し、し、死神だと~~!!」


 良く吠えるオジサンだな~。そんなに怒鳴らなくても良いものを。


「え~~~っと、偽物か本物かは、あなた達の判断に任せます。逃げる者は追いませんので、さっさと居なくなってください。でないと、この世から居なくなって貰います」


「だ、だ、騙されるな、唯の脅しだ!」


「そう思うのはご勝手に。では、あなたから召しますか」


 その偉そうな男がハルバートの柄を捨て、剣を抜こうとするがそれが抜かれる前に、俺の大鎌が一閃する。


 すると、その男は驚愕に瞳を見開いたままの頭を空に飛ばされる。


「さて、他の方はどうします?」


 俺がそう言った途端に、頭を飛ばされた男の後ろに居た兵隊が続々と逃げ出していく。


「これで兵隊は終わりですね」


「そうね、じゃ~『基』の所に行きましょう」


 俺の声に応えたエルマエルは、軽薄そうな男の首元を掴んで引き摺っていた。


「行先は、この子が教えてくれるわ」


「お、お、おし、おしえます。だ、だ、だから命だけは――」




 という事で、軽薄君にマルクス公爵の居場所まで案内して貰いました。


「ひ、ひ、ひぃ~~~~~!」


 行き成り悲鳴を上げているのは、使者として死神城に来たメルスルだが、既に腰を抜かしている。


「き、貴様は何者だ」


 う~ん、今日は誰何ばかりされているな。


「私は死神ですよ。それよりも、よくもこんな愚策を講じたものですね。発案は誰ですか?」


「......こ、こ、公爵様です」


「な、なにを言う......貴様が......」


 どうも、どちらもどっちのようだ。


「くそっ、出合え、出合え~~~!」


 公爵と呼ばれた中年の優男が声を張り上げると、部屋の入口には続々と騎士が現れる。

 えっ!? まだこんなに居たの?


 騎士達は俺達の姿を見ると、剣を抜き放つが直ぐには斬り掛かってこず、様子を伺っている。


「このゴミを切り捨てろ、ほ、褒美をと、とらすぞ」


 マルクス公爵が騎士達を焚き付けるが、俺も黙ってはいない。


「斬り掛かっくるのは良いですが、あの世に召される覚悟がある者だけにして下さいね。それと、あなた達の行き先は恐らく地獄です」


 俺が宣言すると、一人の騎士が「い、いや、いやだ~!」と言って逃げ出した。こうなると伝染するのは早いものだ。インフルエンザより感染力が高いようで、あっという間に騎士達は居なくなった。


「じゃ~地獄のツアーにご招待しますね」


「ひっ~~~!」


「やああああああ~~~!」


「あひっ、ぐはっ」


 こうして、マルクス公爵とメルスルが地獄ツアーに参加した。と思ったんだが、エルマエルが軽薄男も別のツアーに参加させたようだ。

 悲鳴が多いと思ったら、軽薄男を始末していた。成仏して下さい。


 さて、これで終わったと思ったんだが、そうでもなかった。

 建物の外に出ると、沢山の民衆が集まっており、皆が平伏ひれふしていた。


「これは何事ですか?」


「さあ?」


 俺が疑問を口にすると、エルマエルも頭をかしげている。

 すると、代表らしき者が話し掛けてきた。


「死神様でございますね」


「そうですが」


「この街の領主になって頂けませんか」


 なんと、行き成りこの街の領主に成れと言ってきた。

 少し考えみたが、おれの城はロト村の傍にあるし、そこを国の起点にしようと思っているのに、今更ここの領主をやるのも可笑しな話だ。


「悪いが、もう城も用意したし、建国する積りだから、領主はパスで」


「そ、そんな~~~~!」


「しかし、なんでまた私を選ぶんですか?」


 代表の男は逡巡したが、直ぐに決意したように言い放った。


「私達は、この国に愛想を尽かしております。出来れば死神様のような善良なお方の下で生活したいのです」


 死神が善良というのも、異常な話だと思うんだが......


「実はロト村の話は聞き及んでおります。我らも死神様と同じ想いで御座います」


 どこで聞いたのだか。エルマエルを見るとそっぽを向いているが、恐らく犯人はお前だ~~~~!!!


「この街にの領主にはなれないけど、現在ロト村の近くで国を興している最中です。街の方もかなり開発が進んだから、移民であれば受け入れる用意があります」


「おおおお~~」「直ぐに引っ越すぞ~~」「死神領に行くぞ~~」


 何故か一気に活気が溢れ出した。

 でも、この人達、死神をなんだと思ってるんだろう?


 そうした俺の疑問を余所に、こうして死神国の国民が出来上がる。


 この後、ミルカの民衆が死神領に大移動することで、この街が風化する事になる。そして、この事を知った者達が、この出来事をミルカの惨劇と呼ぶようになるのだった。



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