第5話 手始めに


 少女達の前で建国を宣言した次の日。


 朝焼けの中でにぎやかにさえずる小鳥達の声で目を覚ますと、何故か少女塗しょうじょまみれれの状態だった。


 あ、先に申し開きをさせて貰うと、不実な行為はしておりません。


 俺が静かに上半身を起こすと、少し離れてた場所で横になっていたエルマエルが起き上がる。


「おはようございます」


「おはよう」


 エルマエルは少し眠そうな雰囲気で、その綺麗な双眸そうぼうを手で擦っている。

 実は、擦っているその双眸はブルーの光を射したような碧眼でとても綺麗なんだよね。

 それと、俺達人外にとって、本来は睡眠も必要ないと思うのだけど、この習慣が中々抜けないのだ。


 そんな事を考えながら、少女達を起こさないように立ち上がると、既にお亡くなりになった村長からお借りしている家の外に出ることにした。

 気配から察するに、何故かエルマエルも付いてくるみたいだね。何か言いたい事でもあるのだろうか。


 彼女の事を気に掛けながら屋外に出た訳だが、周囲の様子は小鳥の囀りのように心地よいものではなかった。

 その光景は、一言で述べるなら『凄惨』と表現するに値した。

 燦々さんさんたるものだ。多くの民家が焼け落ち、未だにくすぶっているのではないかと思う程に嫌な臭いを撒き散らしている。


 そんな光景と悪臭に心を捕らわれていると、エルマエルの声が俺を現実に引き戻す。


「国を興すなんて、とても面白い発想だわ。私の記憶にある死神では有り得ない行動よね。でも、どうやって実現するの?」


 使徒である彼女から、面白いと思われるのも心外だけど、これから如何どうすれば良いのだろうか。

 何処かの国を潰して乗っ取る? それはそれで死神らしい行動だけど、死神らしくない俺の心が否定するんだけど。

 では如何する、そんな事を考えていると、彼女が再び問い掛けてくる。


「あははは、ノープランなのね。それも面白いわ。あなたって生前は何をしていたの?何かのノウハウとか持ってるのかな?」


 正直言って、俺の持っているノウハウはこの世界で役に立つことは無いだろう。何故ならばと言う程の事も無い。生前の俺はITエンジニアだったのだから。


「無いですね。だから、正直言って是から如何するかを思案する処です」


「あはははは。良いわ!あなた最高よ!」


 何が最高なのか全くわからない。この使徒は頭のネジが飛んでるんじゃないのか。


「それなら、助言をするわ」


 散々に爆笑した彼女が、その美しい碧眼を俺に向けて続けた。


「使徒達を誑し込みなさい」


 行動内容も然る事ながら、『使徒達』という言葉に意識が惹かれた。


「使徒って君だけじゃないの?」


「あなたって何も知らないのね」


 新人だから仕方ないじゃん。そんな話は研修でも配属先でも聞いてないんだから。


 良いわ、教えてあげる。という言葉を微笑みながら口にした彼女が丁寧ていねいに教えてくれる事になった。


「私は神法人『愛撫』の社員で社名の通り『愛』を司っているわ」


 『愛撫』って、会社に何て名前を付けるんだ。商号ルールとかないのか? それよりも、俺の感想ではなく、彼女は本物のエロスの使徒だった。

 と言うか、何で愛を司る神の使徒が殺生をするんだ?


「このトルテルには、他にも豊穣ほうじょうの使徒や戦神の使徒も居るわ」


 彼女の話を整理すると、この世界には六社の使徒が派遣されているようで、各々が好き勝手にやっているらしく、その使徒たちを手籠てごめにすることで、この星に君臨しろと言う事だった。

 あと、彼女が言うには、使徒は六人いるけど、神と呼ばれる者は死神である俺だけなので、一応は一番の上位階級らしい。


「死神と使徒って同列かと思ってたんですが」


「実は死神の方がエリートなのよね。敢えて比べるなら超一流会社の部長と一流会社の主任くらいの差があるわ」


 お、いつの間にかに部長クラスになったよ、母ちゃん。

 通りで三途で受付をしていた係員が羨ましがる訳だ。


「それで、君が司るのは『愛』だと言っていたけど、ノルマは如何なってるの?」


 俺の質問に、彼女はその美しい面差おもざしゆがめた。


「それは聞かないで......もう任期延長が六回にも上るわ。もう一生ここで窓際よ」


 余りにも可哀想なので、それ以上は追及しない事にした。


 結局は、エルマエルがどっぷりと落ち込んだ事で、何の方針も、実行案も、構想案も決まらずにその場はお開きとなった。







 本来は必要ないのだけど、少女達が頑張って作ってくれた朝食を彼女達と一緒に取っていた。

 彼女達は未だ心に悲しみを溜め込んだ表情をしていたけど、表面上は元気に振る舞っている。


 本当に健気だな~。


 そんな時にミリアの長女であるリリーがおずおずと口を開く。


「死神様、実は食料の事なのですが、あまり貯蓄がなくて......」


 自分が食べなくても平気なので、食料の必要性を失念していた。水は井戸から得られるので、食べ物が必要だという事だよね。

 大人全員が死んでしまって、少女だけなのだから働き手が不足しているのは当然の事だと言える。


「分かったよ。何とかしてみよう。あと、俺の事は『テルト』と呼んで欲しい」


 ホッと息を吐いた少女達が口々に『テルト様』と声に出して俺の名前を確かめていた。

 そんな事よりも、さて、如何しようか。

 俺の名前を口にしてキャッキャと騒いでいる少女達を見ていてある事を思い出した。そう言えば、奴隷狩り達が「領主が主犯だ」とか言っていたようだけど......


「リリー、この辺りの領主ってどんな人物なのかな」


 リリーは俺の問い掛けに快く返事をしたが、領主の話と聞いた途端にその可愛らしい顔を曇らせた。


「ここの領主様はドグルド辺境伯です。ここから馬車で半月掛かるミルカの街に住んでいます」


「方向は分かるか?」


「恐らくあっちです」


 リリーがここの領主の名前を教えてくれた後に、南の方向を指さす。


 範囲を絞る為にリリーから方向を聞いたのだけど、『遠見』で対象を認識するのも馬車で半月となると結構な時間が掛かりそうだよね。

 それでも、早々に朝食を済ませた俺は、意識を南方向に向けて広げる。


 その後一時間ほど意識を集中することで、ミルカの街を捕らえることが出来た。

 その街並みは、街と言うより大都市と言った方が的確かもしれない。それ程の規模と美しさを持った街だった。

 更に、街の中心地にはドグルド辺境伯の居城があり、その高く丈夫な障壁に囲まれた敷地に巨大な西洋城が存在した。そして、その西洋城は初めて見る俺ですら、立派な城だと唸る程の代物だった。


 何時までも感嘆している訳にもいかないので、再度意識を集中してその立派な城の中にまで入り込む。

 暫く城の中を探索するように意識を張り巡らすと、謁見の間と呼ぶのだろうか。そんな雰囲気を持った部屋に辿り着いた。


「……、…………」


 やはり、現時点の習得率では音声までは聞き取れない。

 謁見の間らしき場所で、複数の男達が話をしていたが、その内容を知る事が出来ず、一旦は意識をロトの村へと戻した。


 俺が『遠見』の能力に集中していた事で、エルマエルが長い黙考と勘違いしたのかもしれない。彼女は俺がまぶたを上げると、心配そうに近寄ってきた。


「あなたの好きなようにすれば良いのよ。なんたって神なんだから、あなたが決めた事がこの世界のルールになるわ」


 彼女はきっと俺を励ます積りで口にした言葉なのだろうが、逆にプレッシャーとなって襲い掛かってくるから止めて欲しい。


 抑々が、国を興すなんて言ったけど、死神の能力って生産系のスキルが全くないんだよね。


 取り敢えず、国興しの手法については先送りになるけど、まずは悪徳辺境伯を何とかすることにしよう。







 という事で、ミルカにある辺境伯の居城に来てみた。

 『転移』で到着した時に、衛兵に見つかり誰何される事となったが、直ぐに『不可視』の能力で姿を消したので事無きを得た。

 現在は『不可視』で姿を隠したまま辺境伯の近くにたたずんでいる。


「ここ最近の税収はどうなっておる?」


「それが芳しくありません」


 豪華な椅子に座った、偉そうでブヨブヨと太った中年男が尋ねると、神経質を体現したような面構えの痩せてギスギスした男が報告した。

 恐らくは太った方がドルグド辺境伯なのだろう。報告した方は臣下かもしれない。


「それなら、貧乏村の女達を売り捌いて不足分に充てるのはどうかしら」


 今度は豚辺境伯の隣に座る、やはり太って二重顎となった中年の女が碌でも無い事を口にする。


「そうだな。そっちの成果はどうなっておる?」


「はい。そちらはまずまずの利益を上げております」


 くは~っ、こいつ等は救いようがないな。

 そんな事を考えている最中に、一つの案が生まれた。

 よし、これでいこう。思い立ったが吉日だ。早速取り掛かろう。


 こうして、俺は姿を現すことになった。


「お前は何者だ」


「曲者だ!出合え出合え!」


 豚辺境伯が俺を誰何し、痩せこけ男が笛を鳴らす。


 直ぐに謁見の間の扉が開き、外から衛兵が入り込もうとするが、俺が手を一振りすると、全員が外に投げ出され、入口の扉が閉まる。


 ここで俺は初めて口を開き自己紹介を始める。


「こんにちは、私は死神です。あなた達は許され難き者なので、あの世に旅立って貰う事にしました」


「な、何をバカな事を!!」


 やや腰が引けた豚辺境伯が怒鳴ると、痩せこけ男が後を続ける。


「戯けた事を申すな。死神がいたのは彼此五百年前の話だ」


「なんて不躾な男でしょう。直ぐに始末なさい」


 メス豚もブヒブヒと鳴いているけど、相手をすると俺の品位も下がるので遠慮する。

 ただ、現在の俺の容姿から死神発言が虚言と思われているようなので、神威を解放する事にした。


 神威を解放すると、俺の周囲を風が巻き上げ、顔には髑髏の面が装着される。更には右手に大鎌が現れて変身完了なのです。

 右手に現れた大鎌の持ち手には『悪霊退散』と刻み込まれており、これを教官から貰った時には、死神は悪霊ではないんだな~、なんて考えたものだった。


「これでお分かりですか?」


「ひっ」


「えっ!」


「あう、あう、あう、あひっ」


 どうも豚辺境伯はヒキツケを起こしたようだ。


 まあ、この三人は置いといて、次の作業に取り掛かろう。


「えっと、私は死神です。ここにいる辺境伯は許されざる者だと判断しました。そこで、辺境伯およびその他二名をあの世に召し上げます。次に、この居城及び財産、敷地、障壁に至るまで没収することにしました。という訳で、この居城に現在おられる方々は早々に退去願います。時間は十分ほど差し上げますので、それまでに敷地外へと移動をお願いします。また、退去の際に財産の持ち出し等を行った者に関しましてもあの世へ旅立って貰いますので悪しからず。最後に、私の邪魔立てする者におきましても同様となります。それではこれから十分間となります。それでは失礼します」


 俺は城全体に響き渡るように『拡声』の能力で通達を行うのだった。


「それでは、あなた達のやったことの反省は地獄でお願いします」


 こうして、大変申し訳ないのだけど、三人の者はノルマの糧となってもらい、それ以外の物は死神国のいしずえとして頂くのでした。







 結局、俺が障壁のみならず、その周りに張り巡らされたほり及びそこに張られた水に至るまで持ち去ったのだが、俺の忠告を虚偽だと疑う者は居なかったようだ。

 『転移』で城を移動させる時に確認してみたが、人っ子一人いなかった。


「凄いわね~。これが死神国の居城になるのね」


 エルマエルが感嘆の声を漏らしているが、村の娘達は口と目を開いたまま唖然としていた。

 その気持ちも分かる気がする。ほんの二時間前までは唯の空き地だった村の東側に巨大なお城が建っているのだから、驚くなと言う方が無理だと思う。


 その後、この城は死神国の居城として有名になるのだが、周囲から『簒奪城さんだつじょう』と呼ばれる事になる。


 そして、俺はと言えば次の課題に頭を悩ますのだった。


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