第4話 死神誕生


 だだっ広い草原の真ん中に一本の道があった。


 これは、ビビトの街に向かう街道だ。

 そんな街道を幌馬車がギッシギッシと木造の車体をきしませながら進んでいる。

 幌馬車の周りにはご丁寧に馬に乗った男達が、今回の収穫について話していた。そんな男達の数は全員で二十八人だ。


「おい、おめ~勿体ない事しやがって、あの母親は殺さなくても使いようがあっただろ」


 幌馬車の真上に転移した俺は、偶々その台詞を耳にしてしまった。


 それはミリアの事か? あの夜に可愛くお強請ねだりしてきた彼女の事なのか?

 殺す! 殺す! 殺す! 殺す! 絶対に生かしておかない。そんな気持ちを焚きつけるように、身体の内から憎悪の炎が噴き出してくる。


 怒りに打ち震える俺が、幌馬車の上から飛び降りた処で、男達が気付く。


「お前はだ、だ、だ、わ~~~!」


 俺を誰何すいかしようとした男の声が驚愕に変わる。


「し、し、し、しにが、死神だ~~~!」


 そう、現在の俺は死神の神威しんいを全開にしていた。その所為で髑髏どくろの面が顔を覆い隠し、右手には巨大な鎌が握られている。


 俺を見て死神と叫んだ男が逃げようとして走り出す。


「遅い」


 俺は『瞬歩』で逃げる男の前に回り込み、大鎌を一振りする。きっと、その男の目には、大鎌を振り切る俺の姿すら映される事は無かっただろう。


 その男の頭が落ちるのを確認することなく、次の男に向かう。


「た、たすけて、たすけてくれ」


 命乞いする男の頭を切り落とす。


「嫌です」


 切り落とすのが早過ぎて、拒絶の言葉が遅れた。まあ、構わないさ、どうせ全員があの世に召されるんだし。


「お、おれ、おれはやってね~」


「煩いです、死んで下さい」


 今更言い訳なんて聞く気もない。無条件に言い訳をする男の頭を斬り飛ばす。


「い、い、いやだ~」


 叫ぶのが遅いぞ。斬り飛ばした男の頭が空中で叫んでいた。


「こ、こうなったら全員で囲め」


 焼けを起こした奴隷狩り達が、残りの二十三人で俺と戦う積りらしい。


 奴隷狩り共を見回してみたが、どうもこの程度の集団では、魔法使いなんて雇えないのだろう。全員が槍や剣を構えている。


 まあ、魔法使いがいても大差はないけど、こっちの方がより簡単な作業になるだけだ。


 俺は大鎌を振り回しながら突撃する。すると、男達の頭がまとめて五つほど宙を舞う。

 頭を切り飛ばされた首からは噴水のように血が噴き出る。


 奴隷狩り共は驚愕きょうがくするが故に動きを止めてしまう。しかし、俺の流れるような動きは止まらない。

 遠慮なく次々と頭を切り飛ばしていく。


 残り十一人。


 この程度の者達に、これ以上の時間を掛けたら教官から叱責しっせきを受けそうだな。


「く、くそっ、な、何だってこんな処に死神が」


「死神が居ようと居まいと関係ないです。あなたには生きる価値が無い」


 無価値宣告と同時に、首を叩き斬り頭を飛ばす。


「お、俺達が、な、何をしたっていうんだ」


「あなた達は、何をしたんですか?」


 俺は振り向き、幌馬車の中から恐る恐る外の状況を見ている少女達を見遣った後に、奴隷狩りの男に問う。


「お、俺達は領主に頼まれて奴隷狩りをしただけだ」


 全くもって「しただけ」じゃないよね。多くの人を犯し、殺しているよね。


「ギルティ」


「そんな有罪なんてき、きいた......」


 その男の頭はそのタイミングで飛んだ。


「罪?私が罪と決めれば罪なんですよ」


 そう言ったところで、後ろから俺を突き刺そうとしている男がいる。恐らく、俺が気付いていないと思っているのだろうね。


 甘いですね。死神の力を以てすれば、そんな事はお見通しだよ。


「あ、あぶない」


 そんな事を知らないルルカが叫んでいる。


 本当に良い子だ。


 振り向きもせずに大鎌を振るうと、後ろから襲い掛かる男の頭が飛んだ。しかし、そこで異変が起きた。


 後ろから襲ってきた男の腹に光の槍が突き刺さっている。


 俺が振り向くと、俺の登場と同じように、幌馬車の上にエルマエルが立っていた。


「邪魔する気ですか?」


「邪魔なんてしないわよ」


「では、何用ですか?」


「少しはお客さんを分けてよ。元々は、私が目を付けていたお客さんなのよ」


 どうも、ノルマ消化が大変らしい。


「お好きにどうぞ」


「有難う。でも、あなた、たった二日で感じがガラリと変わったわね」


「そういう気分なんです」


「そう、でも、こっちの方が素敵よ。ウフフ」


「有難う御座います」


 こうして、何故か神の使徒が参戦することになった。


「お、お前は何だ」


 エルマエルを知らない男が叫んだ。


「あら、お前とは失礼ね。こう見えても神の使徒よ」


「し、使徒がなんで俺達を......なんで死神の味方をする」


「えっ?知らないの?本当に?使徒のお勤めは、悪の成敗よ?」


 そう言って、叫んでいた男を光の槍で串刺しにする。


「あんた達みたいな下種に死を与えるのが、私のシ・ゴ・ト。ウフフ」


 憶えておきなさい、なんて言いながら瞬殺している。瞬殺じゃ憶えようがないのでは?


 気が付くと奴隷狩りの男達は、最後の一人になっていた。


「ゆ、許してください」


 最後の男は土下座をしている。


「どうするの?」


 エルマエルが尋ねて来るが、答えなんて初めから決まっているんだよ。


「分かった。立て」


 そう言うと、最後の男はビクビクしながら立ち上がろうとした。そこで、その男が気付く間もなく大鎌を振り切る。


「死神がそんなに温いはずがないでしょう。さようなら。閻魔様によろしく」


 俺が物言わぬ死体に別れの言葉を告げる。


「あなた、良いわ。感じちゃうわ」


 使徒さん、勘弁して下さい。


「テルト?」


 戦いが終わったところで、後ろからルルカに声を掛けられた。


 俺がそのまま振り向くと、首を傾げて「それ、お面?」と聞いてきた。


「ああ、そうだよ」


 俺が神威を抑えると、お面がスッと消えた。


「あ、髑髏面の方が良いのに......」


 エルマエルが美的感覚を疑われるような事を言っている。


「たすけてくれたんだ。ありがと」


 この子は天使だな。エルマエルなんてサキュバスみたいなもんだよ。


「あの、テルトさん。お母さんは?」


 ルルカとロロアを伴ったリリーが、ミリアの事を聞いてきた。


 俺は黙って首を横に振る事しか出来ない。


「そうですか......」


 リリーは妹のルルカとロロアを抱きしめて泣き出した。リリーに抱かれた妹達も大きな声で泣いている。


 そんな光景を眺めていると、エルマエルが俺に尋ねてくる。


「これからどうするの?」


「一旦、ロト村に戻って死者の埋葬をしようと思います」


 正直に答えると、エルマエルが驚いていた。


「あなた、本当に死神?どちらかと言うと使徒の方が似合ってるわよ?」


「新人なので......」


「気に入ったわ」


 よし、この女性は放置しよう。変に纏わり付かれるのも困るからね。


 結局、盗賊狩りから助けた少女達は、全員で七人だった。そして、皆に村に戻る事を伝え、了承を貰った。


「みんな、手を繋いで欲しい」


 俺の言葉で、女の子全員が輪になるように手を繋ぐ。最後に俺が加わって完全に円状になると、『転移』を発動した。


 そこは、俺が『転移』で少女達を助けに向かう以前の状態だった。


 少女達は、泣き叫びながら親族を探す。見付けても物言わぬ存在となっていると知っているはずなのに、走り回って探している。


 俺は何も言わず、村外の空き地に向かうと、エルマエルが付いてきた。


「何故、君が私に付いてくるんですか?」


「だって、気に入ったんだもん」


 止してくれよ。使徒と徒党を組んでるなんて知れたら、自社でなんて言われるやら。


「ご遠慮願いたいんですが」


「無理よ。私、決めちゃったもの」


 はぁ~~~、諦めるしかないか。


 俺の溜息が気に入らなかったのだろう。エルマエルの物言いが入る。


「そんなに嫌がらなくてもいいじゃない。私は役に立つわよ。それに、あなたに使えない能力があるし、夜もOKよ」


 夜はどうでも良いのだけど、癒しや回復が使えると便利なのは確かだよね。


「それはそうと、こんな処に来てどうするの?」


 エルマエルの問いには答えず。俺は右の掌を地面に向ける。そして『掘削』の能力で人が入るくらいの穴を複数掘っていく。


 死神の能力って思ったより役立つみたいだ。これまでの考えを少し見直す必要があるようだね。


 穴を五十ほど掘った処で、村の中に戻る事にした。


 村の中では、未だに悲しみに暮れる姿が目に映る。


 こんな事が起きない世界...... どうすればこんな悲しみを減らせるのだろう。俺が死神として悪を滅ぼせば、こんな悲しみが無くなるのかな?


「無くならないわよ」


 俺の心を読んだようにエルマエルが、そう答えた。


 分かっているさ、俺だって現代日本、世界で一番安全と言われた国で死んだんだから。こんな混沌とした世界で、そう簡単に悲しみが無くなるはずがない。



 結局、残された少女達が落ち着くのを待って、その後に村人の亡骸を一体ずつ転移で墓穴に移し、全員を移し終えた処でエルマエルに頼み浄化して貰った。


 その際に「今晩は宜しくね」と言われてしまったが、トランプか何かだろう。


「みんな、お別れを告げてくれ」


 そういうと、娘達は思い思いの言葉を家族の亡骸に告げる。それが終わると俺が『掘削』で掘り起こした時に出た土砂を『瞬撃』で戻し、『重圧』で表面を固めた。



 こうして、村人を弔った後に、全員で村長の家に集まった。


「君たちは、これからどうやって暮らしていく?」


 少女達は沈黙したまま、悲しさの残る面差しで周りの少女達をお互いに見回す。


 彼女達は暫く見詰め合った後に、無言で頷く。


「死神様に付いて行きたいと思います」


 代表して年長のリリーが自分達の意思を伝えてきた。


「わたしも、わたしも~」


 何故かエルマエルが便乗してくる。


「君達は、俺の事が怖くないのですか。死神ですよ?」


「こわくないよ。テルト、やさしいもん」


 ルルカが胡坐あぐらを組んでいる俺の上に座る。


「死神様は、使徒を作る事が出来ると聞きました」


 リリーの話を引き継いで、別の少女が話を進める。


 確かに、死神という存在は少なからず神である。だから、使徒を持つことを許されている。しかし、使徒となった者はその代償として、その瞬間から人では無くなってしまう。


「使徒となると人では無くなるのですよ?」


「知っています」


「何故、使徒になりたいのですか?」


「こんな事が許されてはいけないと思うんです。私達と同じような思いをする人を増やすのは駄目だって。そう思うです。だから、それを何とかする力が欲しいんです」


「使徒なんて止めなさい。良い事なんて何にもないわよ」


 エルマエルも偶には良い事を言うよね。


「あたしは、死神様の役に立ちたいです。あたしを助けてくれたし、お父さんとお母さんを弔ってくれた。このご恩は必ずお返します」


「私も」「うちも」「ご一緒させてください」


 少女達は思い思いに願い出てきた。


「モテモテね。妬けるわ」


 この少女達は、恐らく俺と同じ想いなんですね。こんな悲しい出来事を無くしたいんですよね。


「分かりました。一緒に居る事を承諾します。ですが、使徒は無しです」


 了承の返事を貰った少女達は、大はしゃぎでキャッキャ言っている。そんな彼女達を再び沈黙させたのはエルマエルだった。


「それで、これからどうするの?」


 少女達全員が息を殺して俺を凝視する。そんな時間の止まった様な空気の中で、俺の構想を告げる事になる。


「俺は国を作る。どんなに小さくても良い。どんなに大変でも構わない。みんなが笑えて、安心して子供を育てられるような国を作ってみせる」



 こうして、俺にとっての本当の死神人生がここから始まるのだった。


 しかし、最後にエルマエルがケチを付けた。


「どこが死神なんだか」


 このエロ使徒は、嫌な事を言いやがる......

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