第3話 そして、死神は


 そこは綺麗な湖のほとりだった。


 水は澄み、小魚の泳ぐ姿や鳥が水浴びをする光景が目に映る。

 周囲を見回すと、突先に雪の残る高い山が直ぐ近くにあり、湖の周りには緑の葉を生い茂らせた木々が立ち並んでいる。


「あ~~~~!心が洗われる。空気も美味しい」


 思わず、そんな感想を口にしながら、目に付いた岩の上に腰掛ける。


 どれくらいこの綺麗な光景を満喫していたのだろうか。


 時間を忘れて美しい光景を見入っていた処に、突然、丸い光が生まれた。

 その丸い光は楕円形で縦に二メートル、横に一メートル程の大きさになる。

 光が止むと、そこには美しい女性が立っていた。


 その女性は真っ白な貫頭衣で、その透き通るような白い肌を包み込んでいる。

 更に俺を見る双眸は青い光をかざしたかの様な碧眼で、顔立ちも驚く程に美しい。

 誰が如何見ても女神だと疑わぬ様相だった。


 う~ん。水の上に立っている......


「第六宇宙第十八惑星『トルテル』にようこそ。あなたが新しい死神さんね」


 姿を現した途端に、その女性が話し掛けてきた。どうも俺が死神だと知っているようだ。


「そういう君は?」


「私はエルマエル、神の使徒よ」


 うぎゃ~~~! 行き成り会っちまったよ。極力近寄らないって決めたのに。


「そう、驚く必要はないわ。だって、私としてはあなたと仲良くやって行きたいもの」


「そ、そうなんだ......」


 エルマエルは、驚愕に打ち震える俺を見て笑い出した。


「今度の死神さんは、気が弱そうね。ウフフ」


「新人なもので」


 すると、エルマエルは「今日は挨拶に来ただけよ。それに揉める積りはないもの」と言って手を振る。


「そう願えると嬉しいですね」


 俺が答えた途端に、再び光となって消えて行った。

 行き成りこれかよ。先が思いやられるな。

 そう思いながらも、これからの行動について考えるのだった。







 あれから、俺の位置は一センチと変わっていないだろう。


 何故なら、同じ場所でこれからの事をずっと考えていたから。と言うか、俺の死神の能力を使えば、特に動くことなく情報を得ることが出来るからだね。

 この能力は『遠見』と呼ばれ、目を瞑り自分の周囲、その先、更にその先へと意識を集中することで、遠くの事まで見えるのだ。

 ただ、現状の習得率だと、遠くの会話を聞き取ることは出来ない。


 そうして、周囲の事を確認していると、動物に襲われている女の子達を発見した。

 俺は、助けたいという感情が赴くままに行動に移す。


 全く、死神らしからぬ行動だ。


 俺が『瞬歩』と呼ばれる能力を使い、あっという間に現場に到着すると、今まさに少女達が六匹のオオカミのような魔物に喰いつかれそうな処だった。

 慌てた俺は右手を突き出し『瞬撃』を発動する。すると六匹の魔物が何かをぶつけられたように吹き飛んだ。

 起き上がった魔物は、俺の姿を確認すると震えながら後ずさる。

 どうも魔物には死神の神威を感じる力があるのだろう。


 俺が少女達の方に足を踏み出すと、魔物は一気に逃げ出して行った。

 うむ。これでいい。無意味な殺生をする必要もない。


「大丈夫か?」


「はい。有難う御座いました」


「ありがとう、おじちゃん」


「あ、ありがと」


 三人娘がお礼を言ってくるけど、「おじちゃん」はショックだよ。

 ただ、人間には死神の神威は伝わらないらしく、全く怯える様子がない。

 三人娘は姉妹なのか、上から十四歳、十歳、五歳といった感じだね。


「危ないから早く戻った方がいいよ」


「そうします。以前は魔物なんていなかったのに......」


 俺は一番近い村までの区間を『遠見』で確認する。うむ、害を為すような魔物は居ない。これなら襲われる事なく戻る事が出来るだろう。

 そう思ったのだけど、一番小さい娘から村まで一緒に付いて来てくれとお願いされてしまった。


「じゃ~木の実とキノコ採りでここまで来たのか」


「はい。それよりも、済みません。ルルカが......」


 お姉ちゃんらしき少女が申し訳なさそうにしている。と言うのも、ルルカと呼ばれた少女は俺の背中でスヤスヤと眠っている。

 さっきまでは、お姉ちゃんらしき少女から貰った焼き菓子を食べたり、俺に分けてくれたりしていた。その仕草や好意的な態度はとても可愛らしいものだった。


 俺は結婚することなく死んで、現在は死神となってしまったけど、娘を持つとこんな気持ちになるのだろうか。


 そんな事を考えている内に、三人娘達の村へと辿り着いた。


 その村はロト村と言い、ざっと見た処、百人も居ない程度の小さな村だったけど、鶏のような空を飛ばない鳥が行き交い、猫や犬がじゃれ合っている。

 また、その周りでは麦か何かの穀物の脱穀を行っていて、とても活気の溢れる村だった。


 娘達の母親が、俺を見ると慌ててやって来て、何かあったのかと尋ねてきた。


「本当に有難う御座います。このご恩をどうやって返したら良いやら」


 経緯を説明すると、娘達の母親は縋り付かんばかりの勢いで礼を述べてきた。

 俺はそれをかわす事も叶わず、大人しく対応するしかなかった。

 最終的に、母親が進めてきた食事や宿泊を断ることが出来ず、一晩だけ厄介になる事になった。


 その晩、質素ながらも心温まる食事を頂きながら、彼女達の話を聞かせて貰った。

 彼女達から聞いた内容は、母親と娘三人暮で父親はルルカが生まれて直ぐに戦に駆り出されて戻って来なかったらしい。

 そんな彼女達は、母親が畑仕事をしながら農家の手伝い、娘達は森で山菜や木の実などを集めているという話だった。

 娘達は、長女がリリーで十三歳、次女がロロアで十歳、三女が五歳でルルカだ。また、現在は長女の嫁ぎ先を悩んでいるという。

 そんな母親はミリアと言い、三人の娘がいるとは思えない程に若々しく可愛らしかった。よくよく聞くと年もまだ三十一歳らしい。


 そんな世間話を聞いていると、ルルカが俺の膝枕で寝入ってしまった。


「済みません。ルルカは父親の記憶があまりなくて......どうもあなたに父親の面影を重ねたようですね。直ぐに布団で寝かせますから」


「いや、構わないですよ。このまま寝かせてあげてください」


 俺も娘達の事が可愛く思えて、ついつい甘やかしてしまった。

 もし、俺が死なずに、あの世界で生きていたらこんな家庭を持てたのだろうか。そう思うと、死神という今の立場が憂鬱ゆううつになってきた。


 結局、その夜はお礼と言われ断ることも出来ず、ミリアと寝屋を共にしてしまったのだけど、彼女も随分とご無沙汰だったらしく、俺の事を激しく求めてきた。

 詳細については恥ずかしいので割愛させてください。







 次の日は、朝早くから『遠見』により確認した街に当りを付け、四人の女性のすがる眼差しをやり過ごして転移した。

 四人の眼差しを見ると、心が痛む。完全な死神になるには、まだまだ精進する必要がありそうだ。


 この街で何をしたかったかと言うと、特に目的はない。

 ただ、死神として少しでもあちこちの街を確認したかったと言うのが本意なのだけど、心は何処かあの娘達に向いていた。


 無意識に首を振る。これじゃ、死神ではなく唯の間男だ。

 自分の行動を嫌悪しながら『透過』の能力で街の周囲に張り巡らされた障壁を何も無いが如く通り抜ける。


 この街はビビトと呼ばれる八千人規模の小さな街だけど、この辺りではあまり大きな街が存在しないことから、それなりに活気がある。

 ただ、俺としては日本の街並みしか知らないので、下町っぽいとしか感じられない。

 見たままを表現しろと言われれば、街並みは写真か何かで見た事のあるモロッコのような雰囲気だ。


 街に対してそんな感想を抱いていると、俺の『察知』の能力が悪意を拾ってきた。

 この『察知』の能力が、またイケてない事に悪意しか検出できず、善意や好意、親愛なんてものには全く反応しない。


 この能力も糞ゴミだよね。実は死神の能力ってこんなのばっかりで、人の役に立ちそうなものが全然ないんですよね。


 そんな愚痴を吐露しつつ、悪意の発生源に向かった。


 到着した先では、一人の女性が半裸の状態で、三人の男達も下半身を露出していた。

 あまり人の事は言えないけど、俺は同意の下だからね。


「何をしてるのですか?」


「た、助けて......」


「うるせ~」


「やっちまうぞ」


「俺が始末する」


 三人の男がそれぞれの意見を吐き捨て、最後の一人が大振りのナイフで襲い掛かってきた。


「素直に止めれば、命は頂きませんよ」


「うっせ~死ね」


 俺は右手を振る。その途端に右手には大鎌が姿を現す。


 男は一瞬怯ひるんだが、次の瞬間には首の無い姿となり果てた。と言うより、俺がそうした。

 残りの二人が、汚い物をぶら下げたまま「ひっ」という引き音を出すが、構わず同じ末路を辿らせる。


 女性はと言うと、助けて貰ったのは良いが、まさか三人の男が目の前で首なしの姿になるとは思ってもみなかったのだろう。

 引きった表情で地面に水溜りを作り出し、凍り付いたまま動く様子が無い。

 水溜りを見た俺はバツが悪くなって、女性の礼も聞かずその場を後にする。

 ただ、歩きかけた時に、微かに「ありがとうございます」という声が後ろから聞こえたような気がして、少しだけ嬉しく思った。


 結局、今日は彼方此方をブラブラとして、街で不評な面々の情報を収集して終わりにする積りだったのだけど、そこで三人の男から助けた女性に捕まってしまった。


「今日は、本当に失礼しました。それと、本当に有難う御座いました」


「気にする必要はなですよ」


「でも、きちんとお礼も言えなくて......」


「気が動転していたのですよ。だから已む無しですよ」


 襲われていた時とは打って変わって、簡素だけど清潔な服装をしている。こうして見ると中々の美人だと言える。


「あの......お礼に食事でも一緒にどうですか」


 昨夜もそうだけど、俺は食事を摂取しなくても死ぬことはない。

 また、食事を取っても排便排尿作用は起きない。体の中で完全分解される。

 

 これだけは便利だよな。


 結局、ここで俺の優柔不断さがまたまた炸裂して、彼女に誘われるままに付いていくとになる。


 彼女の家は中堅の商家だった。

 彼女の家族は話を聞くと、今日からは家族だと言わんばかりに歓迎してくれた。


「我が娘を助けて頂き、本当に有難う御座いました」


「いえ、偶々通り掛かっただけですので」


「いえいえ、ささ、こちらの料理もどうぞ」


 彼女の父親は、とても気さくで良い人だった。


 昼間は不逞な男と出会ったが、この世界も満更悪くないじゃん。

 そんな感想を持ちつつ、案内された客室で休むのだった。


 因みに、助けた女性は嫁行き前の年頃である。流石に昨夜のように体を求められることは無かった。







 翌朝、助けた娘の商家を出る時に、彼女の父親が小さな布袋を渡してきた。

 何かと思い中を見ると、金貨、銀貨、銅貨などがギッシリと詰まっていた。


「流石に、これは頂けません」


「いえいえ、ほんの気持ちですので、少ないですが受け取ってください」


「しかし......」


「テルト様、私の操はそんな端金はしたがねでは買えませんよ」


 彼女は笑ってそう言った。要するに自分の操を守ったのだから、これくらいの金品は貰っても構わないと言いたいのだろう。


「そこまで言われるなら......有り難く頂戴します」


「いえ、またこの街に来ることが御座いましたら、是非お越し下さい」


 こうして、金品を貰い意気揚々として街を歩く。


 気分が変わると街の見え方も変わるものだ。昨日はやや灰色がかって見えた街並みも、今日は明るいオレンジ色に見える。


 そんな軽い足取りで歩いていると、露店の様子が目に入り込む。そこでは手作りの髪飾りや櫛などが並べられている。

 気分が高揚していた所為か、つい、ルルカとその家族に何かを買ってあげようと思ったのが、フラグだったのかもしれない。


 ミリアには櫛を、他の娘達には髪飾りを買い、俺は胸を高鳴らせてロト村へと転移したのだった。


 因みに、転移は一度行った場所なら『遠見』で転移先を探る必要が無い。




 櫛や髪飾りの入った布袋を下げ、上気した気分を抑えつつロト村に着いた俺は愕然がくぜんとなる。


 そこには、焼けた民家が嫌な臭いをまき散らし、地面には死体が転がっている。


 慌ててミリアやルルカの住む家に入る。

 そこには無残にも一糸纏わぬミレアの姿があった。ミレアは床に転がった状態で血を流しており、既に事切れているのは一目瞭然だった。

 怨めしそうなミレアの瞼を下ろし、毛布を掛ける。その後で家の中に意識を向けたが誰も居ない事が解るだけだった。


 悔しい、憎い、そういった憎悪が俺の中でうごめき出したのはそんな時だった。


 毛布を掛けたミレアを見遣ると、娘達を頼みますと話し掛けられたような気がした。

 そうだ、三人娘がいない。

 慌てて屋外に出ると、死体の一つが動いていた。近寄って様子を確認すると、確かにまだ生きているが、長く無い事が解る。


 この男は、確か村長の息子でルカスと言ったよな。


「大丈夫か?」


「う、うぐっ」


 大丈夫な訳がない。致命傷ではないが、どうも一晩中このままだったようだ。生きていること自体か奇跡に近い。


「て、テルトさん、み、みんなは......」


 俺は首を横に振る。それを見たルスカは目を一瞬だけ見開き、震える声で一言だけ告げた。


「ど、ど、奴隷が、がり」


 奴隷狩り、そんなものは初めて知ったけど、それが何を意味するのかは分かる。

 その一言が最後の気力を絞ったものなのか、ルカスはそのまま息を引き取った。


 許せない。絶対に許せない。


 見開かれたルカスの瞼を下ろしてやり、俺は周囲に意識を飛ばし始めた。『遠見』の能力で奴隷狩りの存在の探索を行う。

 俺が居なかったのは、丸一日だから、それ程遠くに入ってないはず。

 何のことは無い、奴隷狩りを見付けるまでに、大した時間を使う事はなかった。


 燃え上がる怒りを抑えながら、俺は奴隷狩りが居る場所に転移をするのだった。

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