第1話 新入社員研修

 再び目を覚ますと、再び灰色の世界だった。


 周囲を見回すと、山も川も建物のもない空間だった。但し、足元だけは赤茶けた地面で、足を動かすと土埃つちぼこりが舞う。


 ただ、風景とは別に、俺の近くには四人の人影があった。その内訳は、男性が三人、女性が一人。


 そんな中で一人だけ様相と立ち位置の違う男がいた。

 短髪の毛色が白い処を見ると歳は六十くらいだろうか。しかし、肉体はボディビルダーの様な筋肉の塊で、あまり似合っていないカーゼル髭が印象的だった。


 その男にそんな感想を持った処で、カーゼルさんが吠えた。


「今回はこの四人だな。よく来た!お前達は第六億六千六百六十六万六千六百六十六期の新入社員だ」


 いや、六が多過ぎだから。ダ○アンもぶっ魂消たまげるよ。


「死後は、いや、私語は慎め」


 この誤爆は、後々知る事になるが、職業病らしい。


 現在の状況を理解できない面々が、ここは何処だとか、これは一体何事だとかざわめいていると、ガーゼルさんが再び吠えた。

 それから親切な事に、現在の状況に付いての説明を始めてくれた。


「お前達はエリートだ。ワシら死神法人会社『鉄槌』の社員となったのだ」


 死神法人ってなんだよ。どんな法人だよ。


「お前達は、これから新人教育を受け、立派な死神として三千世界で貢献して貰う事になる」


 立派な死神ってどんなんやねん。てか、貢献していいの?


 そんな俺のツッコミが聞こえる訳も無く、話はどんどん進んでいく。

 横に並ぶ同期社員を見ると、皆訝みないぶかし気にしているけど、突然俺は吹っ飛ばされた。


 痛って~~、って痛くない...... なんで?


「ワシの話の最中に余所見をするな!」


 俺が同期達の様子を見たのを見咎みとがめられて殴り飛ばされたみたいだ。


「どうだ、痛かったか?」


 俺は正直に首を振ると、男は続けて言う。


「痛く無かっただろう」


 そう、この男が言う通り、確かに痛くなかった。


「お前達は、既に死んでいる。その死に方は様々だが、確実に死んでいる。しかし、お前達には魂と肉体がある。これは此処だけには限らないが、その者の役割によって与えられたものだ。だが、副作用として、人の身体とは全く異なった存在となっている。だから、痛く無い。お腹が空かない。排便排尿作用もない。女なら生理もないぞ。良かったな」


 何が良かったのか、皆目見当もつかないけど......


 俺の感想はさて置き、話は続く。


「だが、お前達の魂は人間の習慣、習性、感覚、倫理、道徳、etcが染みついている。それをこの研修で払拭ふっしょくしてもらう」


 これに関しては、何となく理解できる。さっきの『痛い』と思うのも人の神経が有ってこその産物だよね。


「よし、説明も終わったな。ワシはジョウショウという。しかし、研修期間中は教官と呼べ」


 結局、俺達の意思は全く聞かれる事なく、死神としての研修が始まるのだった。







 その研修は、地獄だった。


 この地獄については、比喩である。地獄は他の場所に存在するらしい。

 その研修は、まず社訓から始まる。


「「「「我思う悪こそ、真の悪なり。なれば、我ら真の悪を討ち滅ぼす力なり」」」」


「声が小さ~~~!」


「「「「我思う悪こそ、真の悪なり。なれば、我ら真の悪を討ち滅ぼす力なり!」」」」


「まだまだ!」


「「「「我思う悪こそ、真の悪なり。なれば、我ら真の悪を討ち滅ぼす力なり!!!!」」」」


 これは、倫理や道徳を払拭する為の社訓らしい。


「お前達の持っていた道徳や倫理なんて捨ててしまえ。これからはお前等の意思で善悪を判断するのだ。そう、お前達の行いこそ善悪の判定だ」


 教官が言うには、死神となった者が善良な者を殺めても罪に問われないらしい。しかし、そんな魂の持ち主はこの会社に入社することは無く、これまでにそんな問題が起こった事は無いと言う。

 これは俺が持った死神に対する第一印象と、全く懸離れたものだった。


 と言うのも、俺の先入観では、死神とは死を予期しその対象を連れ去る者、善悪の有無に関わらず人を死にいざなう者というイメージがあった。しかし、ここではどうせ殺すなら悪行を行った者を、という信念を持っているようだね。

 ただ、その善悪の判定は死神に任されている事や、死滅の方法は問われてないと言う点が尋常ではないと言わざる負えない。

 きっと、この考えも俺の中に倫理や道徳というものが残っている所為だと思う。


「走れ!走れ!遅いぞ!」


「うぐっ」「ふぅふぅ」「はぁはぁ」「うぇっ」


 新入社員である俺達は、大きな石を背負い走っている。


「辛いと思うのは、まだまだ人間の時の感覚が残っている証拠だ」


 全員がうめき声を漏らすと、透かさず教官の怒鳴り声が響く。


 教官のいう事も理解できるのだが、これが不思議な事に中々抜け切らない。


 こんな地味な訓練を一カ月続けることで、俺達全員が人間としての肉体的な制約から解放される事となった。




「輝人、これが上手くできないんだが」


 同期社員の純也じゅんやが俺に尋ねてくる。


 その内容は、結界の作り方。


「これはイメージが大切なんだよ。結界を張りたい範囲にエネルギーシールドを張る感じだ」


「それじゃ、わからん」


 俺のイメージでは純也に伝わらなかったらしい。しかし、横から一番若い同期社員が割って入った。


「ATフ○ールド」


「お、出来た!静明しずあき、サンクス」


「いいな~。輝人~、私に転移を教えて」


 純也が、静明の助言で『結界』を成功させると、紅一点のヒカルが俺に『転移』の要領を尋ねてきた。


「それにしても、輝人と静明は凄いよな。教官が教えてくれる能力をガンガン吸収してるもんな」


「それに比べて、私と純也は......」


「こら、お前と一緒にするな」


「いいじゃない。似たようなものでしょ」


「まあまあ」


 大騒ぎとなる前に俺がなだめる。


 研修も二カ月になると、同期入社という事もあって仲間意識も生まれ、ちょっとしたいさかいはあるものの、概ね仲の良い仲間となった。


 これには、少し安らぎを覚えるけど、これも人としての感覚が残っている証拠なのだろう。


 教官が言うには、完全に人の精神を払拭するには数千年の時が必要となるとのことだ。だから、俺達が人間的な精神を持つのも致し方ない。


 俺達同期生は、二カ月を終えた処で様々な能力を叩き込まれた。


 例えば、話に出てきた結界や空間転移もそうだ。それ以外にも亜空間収納や飛行術、衝撃術、変身術等々である。

 全てを話すとキリがないので、能力については追々の話とするけど、どうしても使えない能力もある。

 その能力とは『癒し』や『蘇生』などの人を癒す能力だね。


 まあ、死神だし、人を癒すのは確かに変な話だよね。



「それより、情報を貰って来たぞ」


 突然、純也が話を代えてきた。


「なになに?」


 好奇心旺盛なヒカルが喰い付く。


「実は、この研修が終わって配属が決まったら、異世界に転勤らしいぞ」


「マジで、マジで?」


「どのくらい?」


 自分達の立場を考えると中々に興味深い話だよね。

 喰い付きの良いヒカルだけではなく、大人しい性格の持ち主である静明も喰い付いた。


「最低五年だってよ」


「五年も?」


「長くはない。むしろ短いかも」


 五年は人間の感覚でいうと長いのだけど、俺達は既に死んでいる訳だから、永遠の命に等しいとも言える。

 静明の台詞はそれを考慮しての言葉だろう。


「おまけに、ノルマを果たせなかったら任期が伸びるらしいぞ」


「えええ~~~!それは勘弁して欲しいわ」


「ノルマはどれくらい?」


 皆が話を進めてくれるから、俺は何も言う事が無い......


「残念ながら、ノルマも任期延長期間も不明だった」


「『鉄槌』ってブラック企業じゃないでしょうね」


「望むところ」


 どうも、静明は前世で酷い目に遭ったようだ。死神の仕事に希望を見出している様子が伺える。


「さぁさぁ、あれこれ考えても何も変わらないぞ。鍛錬、鍛錬」


「うぃ~す」


「は~い」


 鍛錬の再開をうながすと、純也とヒカルが渋々返事をする。

 静明に関しては、目を輝かせてマイワールドの中へトリップ中なんだよね。

 何故、俺が促すのかって? それは俺が班長だからだ...... 何故かそうなってしまった。というか、四人だけの一班しかないけどね。







 何故か赤茶けた地面の上に椅子が並べられ、俺達の前面にはキャスター付きのホワイトボードが置かれている。


「だから、死神と言っても無敵ではない......」


 教官が死神について説明をしている。


 そう、現在は座学の時間なのです。

 我ら同期社員は簡素な椅子に座り、教官の教えを聞いている。


 現在話されている内容は、死神も死ぬ。いや、死なないんだけど、死ぬと事務所に強制送還された後に、こっぴどく怒られた上に反省文と再発防止書を書かされ、転勤先の世界へと送り返されるというお話なんよね。

 ただ、それにはオマケが付いてくるらしい。そのオマケとは任期延長だと言う。


 何故か静明がフフフッと微笑している。


 では、死神の死とはなにか。それは、その世界での消滅を意味しているらしい。

 その方法とは、完全浄化、完全討滅等々である。

 要は、細々とバラバラにされたり、燃やし尽くされたり、塵一つなく浄化されたりすると、死神の死と判定されるという事らしい。

 それ以外なら、大抵の傷は時間が経てば修復されるらしく、それに必要な時間は傷しだいだと、教官が教えてくれた。


「次に、討滅手段についてだが......」



 こうして、教官から座学を学んでいると、あるキーワードが気になった。


「教官、先程の使徒の件ですが」


「何が知りたい?」


「使徒は何を目的にして存在するのですか」


 先程の説明では、使徒は敵ではないけど、死神の障害となることが多々あるから気を付けろという話だった。


「使徒の目的は、悪の抹消と善への癒しだ」


「それは、一部が死神と被ってませんか?」


「そうだ。だからウザいのだよ」


 話をまとめると、死神と目的が被っているから、えものの取り合いになる事を障害と表現しているだけみたいだね。


「そんな奴、討滅してやる」


 説明を聞いた静明は、自分の獲物を横取りされる事を想像したらしい。


「それは拙いな」


「何故ですか?」


 教官の諫めに静明が喰い付く。


「奴等も始末書と再発防止書を提出したら直ぐに戻ってくるから、遣った遣られたのイタチごっこになるぞ。だから極力は接点を持たないのが暗黙のルールだ」


「ちっ」


 静明は、教官の話を理解できるけど、納得できないという表情だよね。

 俺としては、出来る限り近寄らない事にする。そう心に留める事で済ませたのだった。






 更にあれから一カ月が経ち、今日は念願の研修最終日となった。


「御神 輝人!」


「はい!」


 教官が大きな声で俺の名前を呼ぶ。

 ここで返事の声が小さいとぶっ飛ばされるので、思いっきり大きな声をだす。


「貴殿は、この死神法人『鉄槌』の研修を修了した事をここに証明する」


 教官が終了書を俺に渡してくるので、恭しく受け取る。

 続いて死神の証である大鎌を渡されるので、証書を脇に挟み両手でそれを受け取った。

「本日をもって、貴殿を第六宇宙課へ配属するものとする」


「はい。謹んで拝命はいめい致します」


 この後、純也、静明、ヒカルが同様に異なる部署へ配属となった処で、研修が完了となった。

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