死神の望む国

夢野天瀬

第0話 プロローグ

 行き成りだが、俺は死んだ。


 割と真面目なサラリーマンで、仕事に対して妥協は許さね~という性格の所為か、会社でも一目置かれる存在だった。


 そんな俺が、一日の仕事を終えビールでも飲んで、のんびりとした週末を過ごす為に家路に就いた時だった。突然、女性の甲高い悲鳴が聞こえてきた。


 そこは地下鉄の改札に近い構内なのだが、数人の男女が倒れている。どうも、血を流してりるようだった。


 混乱した俺の視界に、血塗れの姿をした男が映る。


 男はかなり興奮しているようで、返り血で体中を赤く染め上げているのにも関わらず、よだれを垂らして笑っている。


 そんな男が、俺の直ぐ横に居た女性に視線を向けた。そう、その女性はターゲットロックオンされてしまった。


 彼女は恐怖にすくみ逃げ出す事も出来ないみたいだ。


「やばい」と思うのが先か、俺は反射的に彼女を突き飛ばすけど、そんな俺の目前には、血塗れとなった出刃包丁が「だったらお前」だと言わんばかりに向かってくる。


 流石に、三十四歳の身体は伊達ではないのですよ。全く避けられる気がしない。


 結局、出刃包丁が「もっと遊ぼうよ。楽しいよ」とでもわめくように、俺の身体を何度もえぐった。


 こうして、俺は何ら抵抗することも出来ずに、無差別通り魔に殺害される事となった。

 そんな俺が最後に思った事は、突き飛ばした女性が助かっていれば良いのだけど、という事だけだった。







 目を覚ますと、そこには沢山の人がいた。

 ここは薄暗く、空も無く、唯々灰色の世界だった。


 ここが何所なのか全く理解できないのだが、後ろを振り返ると光の膜があり、そこから次々と人が現れてくる。


 確か、出刃包丁君が喜んで俺を滅多刺しにしたんだよね?


 自分の身体を確かめてみるが、何処にも刺し傷なるものは無かった。


 これは一体どうした事だろう。そんな疑念に捕らわれていたのだが、前方から声が聞こえてくる。どうも日本語のようだけど......


「ほらほら、並んだ、並んだ~。こっちも忙しいんだから、グズグズしてると地獄に落とすぞ」


 グズグズしているだけで地獄行きは嫌なんだけど......


 仕方なくその声に従い列へ並ぶと、前方で受付をしている事を知る。恐らくだけど、死んだ人間の行く先を決めているみたいだね。


 それを証明するかのように、確認の終わった人が次々に消えていく。


「よし、川谷玲子だな。ふむふむ、老衰か、生前の行いも良いようだな」


 フード付きロングローブを頭からすっぽりと被り、顔すら見えない四人の男が帳面を見ながら、その女性の情報を確認している。


 すると、突然灰色の空から光の筒が下りて来て、その女性を包み込む。


「おおお、久々の天国いきじゃね~か」


「二週間振りかな」


「まあ、この履歴なら相応だな」


 名前を聞いたローブ者以外の三人が、口々に感想を述べているけど、そんな会話とは関係なく、その女性はそのまま光の筒と共に消えて行った。


 ローブ者はそれを見終えると、再び作業を開始した。


「次、ん、お前は糞だな」


 ローブ者は、俺の直ぐ前に居た男の名前を聞くなり、遠慮なく罵った。それとほぼ同時に、地面から赤い鎖が飛び出し、男をグルグル巻きにする。


「な、なんだよ、これ」


 鎖芋虫となった男が驚いて喚きだすけど、ローブ者が「うるせ~」と言うと声を出せなくなったみたいだ。


「おっ、赤い鎖か!」


閻魔様えんまさまだな」


「うひょ~~~、こいつも可哀想に、五百年は甚振いたぶられるぞ」


「仕方ないさ、こいつの生前の記録を見たか?五人の幼女少女を弄んだ上に、バラバラにしやがった」


 確かに、そりゃ~閻魔様も怒るわな。


 そんな感想を抱いた処で、その鎖芋虫は地中に消えて行った。


 次は俺か、地獄に行くような事はしてないはずだけど、天国に行く自信もない......


「次~、御神輝人みかみてるとだな」


 ローブ者がそう言うと、突如、俺は黒いもやに包まれた。


 周囲が全く見えね~。


「お、おい。これって」


「ああ、強制スカウトだな」


「いやいや、強制就職だ」


「いいじゃね~か、二階級特進だぞ。羨ましい」


 真っ暗な中で、ローブ者達の会話だけが耳に入ったが、俺の意識は遠くなってくる。


 強制就職ってなんだよ。二階級特進って普通は殉職の場合だろ? 俺って既に死んでるじゃね~か。


 そんな感想を口にしたのを最後に、俺の意識は無くなっていった。



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