謎の美少女

 ひかるにはあらゆる優遇措置が取られた。望む物は何でも用意しようと院長は言った。

「助けてください」

「無理だね」

 最大の望みを口にしたが呆気なく一蹴された。当たり前である。

 この最大の望みを無視されたことで、優遇措置とやらが恐ろしく馬鹿馬鹿しく感じられるようになった。どうせ死ぬなら残りの人生を最大限楽しく生きよう――とはならず、ただ膨れ上がる絶望に押し潰されるだけだった。

 鬱々と己を憂い、一週間後には射出される。ただでさえ陰鬱な気分に、現実はこれでもかと拍車をかける。

 この部屋から外に出ることは禁じられていた。地球を破壊する爆弾を抱えた人間など危なっかしくて外には出せないのだろう。行動も全てカメラで監視され、自由はなかった。

 この白い部屋には窓も時計もなく、時間の概念を忘れてしまいそうだった。外が夜になると照明が抑えられるので辛うじて眠る時間はわかったが、それ以外の情報は何も得られない。

 目覚めたのは照明が強くなり、瞼の裏が白くなったのを感じたからだった。二日目の朝。あと六日でひかるは宇宙に放り出される。

 何も考えないように、ベッドの上で死んだように固まっていると、甲高いサイレンが響いた。さらに耳を済ませると、低い音が近付いてくる。

 爆発音が轟き、白い部屋の壁が粉々に吹き飛んだ。

「案外簡単に見つかるものね」

 白い煙の中、光を放つ束ねられた金髪。見た目は上品だが動きを邪魔しない服装。目には黒い頑丈そうなゴーグルをはめ、腰の辺りではなんだかよくわからない機械を両手で抱えている。空いた穴が前を向いているので、恐らくはこれが壁を粉砕した武器なのだろう。

 その人物はゴーグルを外し、髪を解き放った。

 ひかるはあっと息を呑む。ひかるを圧倒する程の美しさを彼女は放っていた。年齢自体はひかると大して変わらないのだろうが、その身体から溢れ出す気品はどう考えても同年代とは思えない。

「曽根川ひかるね?」

 頷く。

 少女はそれを見ると、すぐさまひかるの手を取った。そしてそのまま全速力で駆け出す。

 破壊された壁の向こうには、同様に破壊され壁をぶち抜かれた通路が広がっていた。

「ちょ、ちょっと待って! 何考えてるの?」

「黙って走りなさい。みすみす殺されたくなんてないでしょう?」

 それはその通りなのだが、少女の意図が全く掴めない。

 殆ど一直線に、二人は通路を駆け抜けた。本来は曲がっているらしかったが、少女が直線上の壁をことごとく破壊し尽くし、真っ直ぐな道が出来ていた。

 外に出ると、黒塗りの見るからに高級そうなセダンが滑り込んできた。後部座席のドアを開け、少女が無理矢理ひかるを中に押し込める。その後で少女が乗り込み、車は急発進した。

「一体何がどうなってるの!」

 ひかるは猛スピードで走っていく車の中、隣に悠然と座る少女に言った。

「君は誰なんだ。何が目的なんだ。僕をどうするつもりなんだ」

「私は上之宮玲菜。目的は地球を破壊すること。あなたの頭の中の爆弾を爆発させようとしている」

 これでいいかしら――と玲菜は平然と言ってのけた。

「よくない! 全くよくない! 僕を助けてくれた訳じゃないのか!」

「宇宙に飛ばされるのと、地球を破壊するの。後者の方がいいでしょう?」

「前者も後者も駄目だよ! どっちも僕は死ぬんじゃないか!」

 言い争っている内に、車は巨大な屋敷に入っていった。恐ろしく広い駐車場に止まると玲菜は車から降り、ひかるの手を取って外に連れ出した。

「ここは?」

 警戒しながらひかるが訊くと、玲菜は私の家だと答えた。

「中に入って。そしてその頭を爆発させるから」

「い、厭だ」

「物分かりが悪いのね。どの道あなたは死ぬ――いえ、政府の見解ではあなたはもう死んだものとして扱われている。なら死ぬのが少し早まっても、何も問題はないじゃない」

「まだ、助かる道はあるかもしれない」

 第一なんで君は地球を破壊するんだ――ひかるが叫ぶと、玲菜は強い意志のこもった目でひかるを射竦めた。たじろぎながらも、ひかるは続ける。

「僕が――本当に、どうしても――死ぬしかないなら、政府の作戦の方が筋が通ってる。君の考えは地球を文字通り滅ぼしてしまう。だったら、僕は――」

「自分が死ぬっていうのに、他の人間のことを考えるの? とんだお人よしね」

「それは――当たり前だろう。家族や友達がここには生きてるんだよ?」

「いないわ」

 沈んだ声だった。

「もう、そんなものはいない」

 唇を噛み締め、俯く玲菜。

「ご、ごめん」

 何かまずいことを言ってしまったということはよくわかったので、ひかるはとりあえず謝る。

「本当にお人よし」

 吐き捨てるように玲菜は言った。

「その頭を吹き飛ばせば爆発するわね?」

 携帯電話を取り出すと、短く二言三言話してポケットに納める。すぐさま先程のセダンの運転手が例のひかるが収容されていた施設を破壊した兵器を持って現れた。運転手はそれを玲菜に渡すと、一礼して下がっていった。

「上之宮重工業の開発した超小型レールガン。頭を吹き飛ばすくらい造作もないわよ」

「ま、待って――」

 絶対絶命と思われたその時、一匹のバッタが二人の間に割って入り、玲菜の服に止まった。

 玲菜は、絶叫した。レールガンとやらを放り出し、バッタを見ないようにしながらも必死に服をはためかせ、振り落とそうと暴れた。

「お願い! 助けて! 私、虫だけは!」

 泣き喚きながら言う玲菜を見兼ねて、ひかるは服についたバッタを手でつまんで取ってやった。

 玲菜は息を切らし、必死に呼吸を整える。

 ひかるはその目の前に、手に持ったままのバッタを突き出した。

「ヒイッ!」

 腰が抜けたらしく、へなへなと地面にへたり込む。ひかるはさらにバッタを玲菜の顔に近付けていく。玲菜は目に涙をいっぱいに溜め、激しく首を横に振っている。

「僕が助かる道を一緒に探してほしい。あと六日、全力を尽くしてその方法を探す。それで駄目なら、政府に僕を差し出すんだ。勿論僕には手を出さない。わかったね?」

 今度は縦に首を振る。ひかるはそれを見て、バッタを玲菜から遠ざけ、放してやった。

「――覚えてなさい」

 まだ腰が抜けたままなのか、玲菜は地面に尻を着けたままひかるを恨みがましげな目で見上げた。

「ごめん……。でもこれしかなかったんだ。立てる?」

 ひかるは手を差し出し、玲菜は少しの間逡巡したようだったがその手を取った。立ち上がらせ、まだ足元がおぼつかないようなので腕を回して支える。

「――いいわ。約束は守ってあげる。ただし、この約束はあなたを政府に引き渡すまで。それ以降は勝手にやらせてもらうわ」

「わかったよ」

 ひかるはそう言って、玲菜と一緒に豪奢な屋敷の中に入っていった。

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