頭の中に地球破壊爆弾

久佐馬野景

恐怖!こんなところ

「普通の」という表現程、的を射ていないものはない。

 普通とは何だと訊かれて、明確な返答が出来る者はいない。「普通は普通でしょ?」ではまず答えにすらなっていない。

 人間は誰しも異常であり、その異常と異常の間を苦心して埋めて生きている。普通という言葉は所詮幻想であり、普通の人間などいない。

 しかし、曽根川ひかるは断言したい。

 自分はどこにでもいる普通の高校生だった、のだと。

 こんなことを言う奴がまず普通であるはずはない。

 普通にイケメンで、普通に異性に好かれ、普通に特殊能力の中でも特殊な能力があって、普通に人間が出来ていて、挙げ句の果てには普通に異世界に転生し始めるのだ。

 ひかるも自分の考えの愚かさは承知している。だから「だった」と過去形なのだ。昔を懐かしむ時、「あァ、自分は普通だったなァ」くらいに思っても罰は当たらないだろう。

 現在のひかるはとても普通とは呼べない状況に追い込まれている。異常である。とんでもなく異常である。

 まず、昨日の夜のことを思い返したい。普通に学校の課題をやって、普通に眠くなって、普通に普通のベッドで眠った。

 それで、先程目覚めると全く見知らぬ部屋にいた。

 壁も床も天井も、全てが白一色。あまり広いとは言えない部屋の中央に置かれたひかるが眠っていたベッドも真っ白である。さらに言えばひかるの着ている服も男子高校生にしては少し可愛すぎるのではないかと少し恥ずかしくなるパジャマではなく、真っ白な羽織るだけの服である。入院患者のような格好だ。

 ひかるは普通に混乱した。至って普通の反応である。起きたら知らない場所にいたとなれば、戸惑うしかない。

 ドアがあったので外に出ようとノブを回したが、外から鍵がかかっているらしく開かない。仕方なくベッドに腰かけ、天井を見渡した。よく見ると監視カメラらしきものがあったのでそちらを見て何かを言おうとした。音声も伝わるのかはわからなかったが、ものは試しだ。

「あのー」

 結局、悩んだ末に出たのはそれだけだった。困っていますよ、というアピールにはなっただろうか。

 するとすぐにドアが開いた。ひかるは驚いて飛び上がりそうになりながらもそちらを向き、相手を見た。

 白髪頭と、顔を覆う白くなった髭が特徴的な男だった。

「おはよう、曽根川ひかる君。私は『院長』だ」

「ここはどこですか?」

 ひかるはすぐに訊ねた。院長はまあ落ち着きたまえと静かに言い、ひかるは大人しく従った。

「ここは政府の施設だが、それより前に話しておかなければならないことがある。驚かないで聞いてほしい」

 既に驚いています、と言うのはやめておいた。

「昨夜、日本上空に巨大な未確認飛行物体が現れた」

「それってUFOですか?」

「その通り。その未確認飛行物体はある住宅の上空に停滞し、その住宅から一人の人間を拉致した。そして未確認飛行物体を操る存在――地球外生命体はその人間を改造した。キャトルミューティレーションだ。その後その人間は解放され、元の家に戻った。政府はその後地球外生命体からあるメッセージを受け取り、その人間を回収した」

「あの、それってもしかして――」

「そう。君のことだよ、曽根川ひかる君。さて、君を精密検査したところ、地球外生命体からのメッセージは虚偽のないものだということが判明した。はっきり言おう。君の頭の中には、爆弾が仕掛けられている」

 ひかるは驚きの声を上げると共に頭に異状がないかと何度も触った。特に傷跡や違和感はない。

「爆弾は脳の奥深くに仕掛けられ、現代医学では摘出は不可能だ。さらには無理に取り出そうとすれば即爆発する仕組みになっている。そして地球外生命体からのメッセージによれば、その威力は地球が完全に消し飛ぶ程だという」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「まあ落ち着きたまえ」

「いや無茶言わないでください! 話が滅茶苦茶じゃないですか!」

「残念ながら全て事実なのだよ。その爆弾は時限式になっていて、爆発は今からおよそ百六十時間後――一週間だね。勿論、政府はこのまま地球が滅びるのを見過ごす訳にはいかない。そこで、爆発する直前に君をロケットに乗せ大気圏外に停滞している未確認飛行物体にぶつけるという作戦を考案した。これならば邪悪な地球外生命体も危険な爆弾も同時に処理出来る」

「それって――結局僕は死ぬんじゃないですか!」

「曽根川ひかる君、君は殺されたんだよ。その頭の中に爆弾を仕掛けられ、今の君は人間ロボットなんだ」

「そんな――そんな馬鹿な話があるか! 僕は今こうして生きてます! 院長、あなたは狂っているんだ!」

「これは政府の決定事項だ。君の命一つと、地球全体、どちらが重要か。少しでも考えれば、わかるだろう?」

 ひかるは愕然として、力なく崩れ落ちた。

 そして、ひかるが普通だったのは過去のこととなったのだ。

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