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特徴的な語尾をする声の主は、ソファで寝ていた人物だとすぐにわかった。被さっていたブランケットをバサっと跳ね除け中から現れたのは、声通りの幼い顔をした女だった。
寝癖でボサボサになった長い髪、ズレて片方の肩を露出してしまっているオーバーサイズのTシャツ、口元からは少量のよだれを垂らしていた。見ているこっちも気が抜けそうな、全体的にアンニュイ印象を受ける。
「あっ、ごめんなさい……私が大声出しちゃったから」
突如登場した女に、慌てて頭をさげるミストラル。
が、寝起きの女はミストラルが頭を下げるよりも先に脱兎のごとく船内の奥に走り去って、下へと続く階段を駆け下りて行ってしまった。
追い掛ける間はもちろん、声をかけて引き止める間すら与えない速さ。ミストラルは、置いてきぼりを食らったような切ない気持ちになった。
「あの……もしかして、怒って行っちゃったんですかね……」
油が切れたロボットのようにぎこちなく首を動かし、トウヤとアンバーの顔色を確認する。
ちょっと楽しく話をしていたからって、調子に乗ってしまい、結局こういう展開を生んでしまう。やっぱり自分は、人に嫌われる間の悪さがあるみたいだ。
激しく自己嫌悪するミストラルを見て、アンバーは何かを察して擁護する。
「大丈夫よ。そうね、あと十秒くらいかしら」
「ははは。ミストラル、
およそ仲間が怒ってこの場からいなくなってしまったような空気ではない二人。
アンバーのいう十秒とはなんなのだろうと考えていると、本当に十秒くらい経った辺りで、今度は階段を駆け上がるような音が聞こえてきた。
ユチが戻ってきたのである。
「さっきは、いきなりいなくなったりしてごめんなさい。初めまして。《時の旅団》所属、ユチです。あなたは、どこのギルドの人なのかな?」
透き通るように爽やかな声で、さっきとは打って変わって別人だった。見違える凛とした顔つきで、とても可愛らしい。ボサボサだっただけの髪が、今では少しパーマが掛かってお洒落とまで感じられた。
似たような色合いでありながら、トウヤともアンバーともまた少し違う造形なスチーパンクの服装に着替えてきたようだ。
「えっ、えっ、えっ……? よ、よろしくお願いします……」
見た目おろか、あまりに漂う雰囲気が違う姿に挙動不審な動きをしてしまう。
(なんか……頭身変わった?? 目の錯覚?)
寝起きは小学生のような印象だった相手が、今では自分の年上にしか見えない。大人びたアンバーよりも年上に思える。
答えづらい質問を投げかけられ、助けを求めるようにトウヤをチラリと一瞥する。
「ユチ、ミストラルは身内みたいなもんだ。だから外ヅラモードは意味ないぞ」
「……なーんだ、早く言ってほしきゅんなぁ。無駄に着替えたりし損きゅん」
トウヤが言うと、また人が変わったように口調と態度が急変する。急変というよりも、戻ったというべきか。
着ていた服の第二ボタンまで外して襟を緩め、気の抜けるような立ち姿になってからソファに倒れこむ。
ミストラルは、一連のやりとりでなんとなくユチという人物を理解した。
ユチは表裏の激しい性格なのだ。ギルドメンバー以外の人がいる時は、清楚で可憐な〝デキる女〟を演じているのだろう。
「ね、言ったでしょう? 大丈夫だって」
毛先をいじるアンバーが、優しく微笑みかけてくる。
「は、はい……面白い人がいっぱいいるんですね。時の旅団は」
「まともな奴は、俺とアイラさんくらいだからな!」
腰に手を当てて、胸を張ってみせるトウヤ。
打ち合わせをしたわけでもないが、ミストラルとアンバーは、それを何事もなかったように流した。
ちょうどその時、ソファにうつ伏せて沈んでいたユチが、仰向けになって誰にというわけでもなく語りかけてくる。
「そういえば、ユっきゅん気付いちゃったきゅんけども、もしかしてミストラルって、〝あの〟ミストラルじゃなきゅん?」
「「「そのくだりはもうやった(やりました)から!!」」」
三人の息が、ぴったりと合った。
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